第48話 にゃーん!

「……ということがあったんだ」


 実家に帰った週の金曜日、俺と中島かすみはプレかじの収録を終え、すばるの部屋に集まっていた。

 鰍に聞かれるがままに、先日の一真さんとの事や優司や優奈との出来事をざっくりと説明する。


「将晴的には弟君や妹ちゃんは恋愛対象にはならないのかにゃ?」

 終始、興味深そうに俺の実家での話を聞いていた中島かすみは、純粋に気になるという様子で俺に尋ねて来た。


「二人の事は好きだし、幸せになってもらいたいとは思うけど、なんていうか、もう家族だしそういうのは無いな。あいつ等も俺自身に対してそういうのはないと思うし」


 血が繋がっていないといっても、既に二人は俺にとっては完全に家族のような位置づけなので、恋愛対象には見れない。

 もちろん二人が困っていれば助けたいと思うし、大切には思っているけれど。


「将晴の所は随分と兄弟で仲良さそうだにゃ……鰍には未知の世界にゃん」

 唸るように言いながらテーブルに身体を投げ出す中島かすみに、俺はチクリと胸が痛んだ。


 こいつが一人っ子だというなら特にそれも気にしないのだが、こいつには一人、兄がいたはずだ。

 家族との仲が良くないとは聞いていたが、今の言いようだと、まるで仲が良かった時がないみたいだ。


 といっても、中島かすみは自分の家族の事を全く話さないので、実際の所どうなのかは全くわからないけれど、なんだかとても悲しい気分になった。


「……なあ鰍、今度どっか二人で出かけないか?」

「にゃにゃ、デートのお誘いかにゃ?」

 テーブルの上に投げ出された中島かすみの左手に自分の右手を重ねる。


「ああ、どっか行きたい所はあるか?」

 付き合ったはいいものの、俺と中島かすみが外でデートするような事なんて、ほとんど無い。

 大体いつもちょっとその辺をぶらついてみたりしても、結局はどちらかの家だ。


 別にそれに不満がある訳では全く無いのだけれど、たまにはどこでもいいから二人で普段行かないような所に行ってみたい。

 そして、中島かすみにはなんだかんだで頼りっぱなしなので、俺からも彼女に何かしたい。


「うーん、色々と行ってみたい所はあるけど、鰍とすばるだとけっこう目立っちゃうから付き合ってるとは思われないまでも、人の集まる所は色々大変そうだにゃ」


 テーブルから顔を上げた中島かすみは少し考えるような素振りを見せた後、億劫そうに再びテーブルに顔を伏せた。


「じゃ、じゃあ、前やったみたいに、服装からウィッグまで、二人で普段絶対しないような格好して出かけるっていうのはどうだ?」


 以前、夜道は危ないから送る送らないで揉めた時の事を思い出しながら俺が提案すると、中島かすみの興味を引いたらしく、彼女はテーブルから身体を起こすと、目を輝かせた。


「なんだか、それだけで面白そうにゃん」

「ウィッグだけなら俺のコスプレ用のが色々あるから、金髪や茶髪のナチュラルなやつだったら普通に使えるとおもう」

「なんだかワクワクしてきたにゃん」


 この期を逃すものかと俺はその気になれば今からでも試着できるぞと話せば、中島かすみはどんなのがあるのか見てみたいと席から立ち上がった。

 想像以上の反応にちょっと嬉しくなりつつ、俺は鰍を衣裳部屋も兼ねた寝室へと案内した。


 備え付けの収納スペースとは別にウォークインクローゼットまであるので、住み始めた当初はスッキリしまえて便利だと喜んでいたが、最近ではすっかり衣装が溢れてしまっている。


 主な原因はシーズン毎に送られてくるメルティードールのアイテムだが、これらの服を使ったコーディネートを毎日SNSに載せるのが仕事なので、捨てるに捨てられず、部屋には衣装が溢れるばかりである。


「鰍の場合、金髪のボブカットのウィッグに、メルティードールの服を合わせて、ロリータ風にすると、それだけで誰だかわからなくなりそうだな」


 コーディネート写真用に一回着ただけの胸元のリボンが印象的なブラウスと、お気に入りのコルセットスカートを姿見の前で宛てがいながら話せば、中島かすみは感心したように頷いた。


「買わなくても既に大抵のアイテムが一通り揃っている辺り、さすがだにゃん。それにこの服も可愛いにゃん」


 鏡の前で上機嫌に鰍が笑う。

 その楽しそうな笑顔に、胸の奥が締め付けられるような、甘い気持ちになる。


 俺は自分の理想の女の子を再現するつもりで、すばるの格好なんかも考えていたが、こうやって見ると、やっぱり本物の女の子は違うなと思う。


 ……いや、きっとそれも違う。

 きっと、中島かすみだから、俺の胸はこんなにも高鳴るのだろう。


 中島かすみはプライベートではカジュアルな服が多いので、その分新鮮な感じもする。

「……似合うかにゃ?」

 少し照れながら俺に尋ねてくる姿も可愛らしい。


「よく似合うよ。せっかくだから着てみないか? そこのウォークインクローゼットの中で着替えればいいから」

「じゃあ、せっかくだからちょっと着てみるにゃん」


 そわそわした様子で中島かすみはクローゼットの中に入っていく。

 なんであんなに可愛いのだろうと考えてみれば、基本的にすばるの服は全て俺の趣味で、更にコーディネートしたのは俺なのだから、俺の好みでないはずが無かった。


 あんまり可愛くって忘れていたが、考えてみれば、今中島かすみが着ようとしているのは俺が過去に一回だけコーディネート撮影で着て、それだけだから洗濯するまでもないとしまっておいた物だ。


 そう考えると、また別の恥ずかしさと高揚感が混じる。

 そういえば、これは彼シャツという事になるのだろうか?


 世間一般で考えられているものとはなんだか違う気はするけれど、俺としてはとてもテンションが上がる。

 しばらくそんなくだらない事を考えていると、クローゼットのドアが開いて、中から先程渡した服を着た中島かすみが出て来た。


 膝丈のスカートから覗く、元から履いていた透け感のある黒いストッキングがなんとも色っぽい。

「ど、どうかにゃ?」

 期待と不安が混じったような顔で中島かすみが聞いてくる。


「可愛い! ものすごく可愛い!」

 思わず俺が元気良く答えれば、中島かすみが頬を染めて笑う。


「そ、それじゃあ、ウィッグも付けてみるにゃん」

「あ、ああ……」


 中島かすみは金髪のウィッグを装着し、鏡を見て、確かにコレでいつもの猫目メイクを垂れ目メイクにしたりしたらもうぱっと見は誰だかわからないだろうとご満悦だった。


 俺としては、確かにこの金髪も可愛かったが、黒髪の方が好みなので、今度黒髪でショートのウィッグを買っておこうと思う。

「じゃあ、鰍のはこんな感じにするとして、今度は鰍が将晴の格好を見立てるにゃん」

 鏡から振り返りながら中島かすみがニヤリと笑う。


「髪は……だいぶ髪伸びできたし、いっそ地毛でやってみるにゃん」

 結んでいた俺の髪を解いて、俺の髪を手で梳きながら中島かすみが言う。


「目は、裸眼の方がすばるから離れてちょうどいいにゃん。それで、猫目っぽくして、服は鰍のを貸すにゃん」

 髪から頬、首、鎖骨、と撫でるように俺の体に右手を滑らせながら中島かすみが囁く。


 中島かすみがどんどん俺の方に寄ってくるので、俺はそれに押されてどんどん後ろに下がってしまう。

 やがて膝の裏に何かが当たったかと思うと、そのまま中島かすみに肩を押され、俺はベッドに倒れこんでしまった。


「にゃーん!」

 直後、中島かすみが俺の身体の上に元気良く倒れこんできた。


「なんだか、普段の服やメイクを交換するのって、お互いにマーキングしてるみたいでドキドキするにゃん」


 突然の展開に俺が目を白黒させていると、俺の上に寝転んだ中島かすみが笑いながら言った。

 中島かすみの言わんとしている事を理解した俺は、どうしようもない幸福感と恥ずかしさに包まれた。


「将晴、今日は鰍泊まってくにゃん。今日は鰍を甘やかすにゃん」

 俺の胸に顔を埋めながら中島かすみが言う。

 偽乳に顔を埋めているので、かなり声がくぐもっている。


 願っても無い中島かすみの申し出に、俺は二つ返事で了承したが、さっきから心臓がずっとドキドキしていて、こんなにくっつかれると音を聞かれているのではないかと恥ずかしくなってくる。


 こんなに幸せでいいのだろうか。


 いっそコレが夢でもしばらくは思い出して幸せに浸れる自信がある。

 そして、中島かすみはさっきから俺の胸元から全く動かない。


 これからどうしたらいいんだろう、なんて思いながらも中島かすみの頭を撫でようと手を伸ばせば、触れた中島かすみの耳や頬が予想以上に熱くてびっくりした。


「鰍、もしかして、自分で言って照れてる?」

 中島かすみの頭を撫でながら尋ねてみる。


「うるさいにゃん。将晴はしばらく鰍をなでなでしてるにゃん」

 言いながら、更に中島かすみは俺の胸元にくっついてきた。

 それがどうしようもなく可愛くて、嬉しくて、結局俺はその後しばらく彼女の頭を撫でていた。


 趣味で女装コスプレなんてやっていたのが運のつきで、気がつけば俺の周りは問題だらけで、前途多難だ。

 それでも、その趣味のおかげで今こんなにも幸せなのだから、人生何が起こるかわからない。


 きっとこれからも何が起こるかわからないのだけれど、それでも今は、この幸せを噛み締めていようと思う。



―――■ お知らせ ■―――


次は

おめでとう、鰍はアイドルに進化したにゃん!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881705004

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続々・おめでとう、俺は美少女に進化した。 和久井 透夏 @WakuiToka

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