第十七話 だから今日も『おやすみ』を

 ――それは、いつもと違った、ぼんやりとした目覚めだった。


「う、ううん……?」


 視界にまず映ったのは、真っ白な光景。白一色でなにもない。フワフワしていて、どこか暖かくて。どことなく、揺り籠を思わせる。『どうぞこのままお眠りください』と言わんばかりの快適空間。


 ……ちょっと待てよ。

 俺って、たしか城にいたよな?


「……どこだ、ここは?」


 思わず、呟く。まさか、死後の世界じゃあないよな……?


 最後に憶えているのは、立派な髭を生やした機石人形グランディールに身体をぶった切られたことぐらいだ。焼けるように熱くて、身体がもう動かせないぐらいに痛くて――。


 ……そういやぁ、切られた痛みが全くないぞ。やっぱり俺……死んじまったんじゃないか。そりゃそうだよなぁ。あんなことされて、生きている方がおかしいんだ。


 そう思いながらも、やっぱり切られた傷は気になるもんだ。実際に触れて確認しようとしたところで、膝の上にあった違和感の正体に気づいた。


 ――白一色の世界の中でも、銀色に輝くもの。

 サラサラとして、重さを感じさせない。細くて長い彼女の髪の毛。


「リ、リーリス……?」


 そこには、仰向けに横たわっているリーリスがいた。

 俺の膝の上に頭を乗せる形で、静かに目を閉じたまま身動きも無い。


「なんてこった……!」


 二人揃って死んじまったのか。なんて情けねぇ……。

 護るべきものも護れないで、何が騎士だって話だ。


 それにしても……穏やかな死に顔だった。とても安らかで、まるで一輪の花のように美しい。今まで見ることのできなかった寝顔を、こんな形で眺めることになるなんて。……って、あれ。


 なんだか、目元が動いてやしないか……?

 赤い瞳がこちらを見て――って、あでっ!?


「……何をジロジロと覗き込んでいるんだ」


 ――喋った。

 寝転がったまま、ジトっとした目つきでこちらを睨みつけたりして。

 彼女の左手が、こちらの脇腹を叩いたのだ。


「リーリス……うぐ……ごめんよぉ……」

「なぜ泣くっ!?」


 泣くさ。泣くに決まってるだろう。

 こんな悲しいことがあるものか。


「俺の力が足りなかったばっかりに……二人とも殺されちまった……! 俺と……リーリスで……世界中を旅するんだって、約束したのに……!」


「はぁ……。呆れてものも言えん」


 ボロボロと涙を流す自分を見ながら、リーリスは大きく溜息を吐いた。


「大丈夫だ。あの機石人形グランディールは私が破壊した。お前も私も死んではいない。……代償として、お前はヒトではなくなったがな」


 そう言って、リーリスはそっと首筋へと手を伸ばした。自分も触ってみて確認したが、そこには傷もなにも無い。だけれど――どことなく、『血を吸われたんだな』というのは理解できた。


「それじゃあ、ここは――」


「私が何度も眠っていた白い蕾の中だよ。皮肉なことに、一度経験したからかな。黒い茨を出さないでも眠ることができるようになった。……このように目覚めていても、自分の意志で開かないようにできる」


 あのバカでかい蕾の中……。今までは、外側から見守ることしかできなかったのに。まさか自分まで中で眠ることになるだなんて。完全になのか一部だけなのかは分からないが、吸血鬼ヴァンパイアの身体を治癒するには良いようだ。


「でも、大丈夫なのか? ……ほら、目立つだろ? この蕾だけでもさ」


 城の中の広間の中心でだって、ひときわ存在感を出していた蕾だ。下手な場所だと、こうやって眠っている間にも、誰かに見つかってしまうんじゃないだろうか。……そもそも、俺ってどれぐらいの間眠っていたんだ?


「誰も知らない、誰の手も触れることのない場所に移動した。あの城からは遠く離れた場所だ。お前が完全に回復するまで、まだ数日はかかるだろうが――少なくとも、機石人形グランディールたちが襲ってくるようなことはない。何度だろうと、この中で眠ることができる」


『もう怖くはないからな』と、リーリスが微笑む。


 ――あぁ。この表情だ。

 ようやく、俺の見たかった表情を見ることができた。


「この蕾から出たら。そうしたら、新しい人生の始まりだ」

「旅をしよう。俺たち二人で、世界中を」


 二人でだったら、なんでも乗り越えられるさ。

 呪いに苛まれるリーリスを支えながら、世界中を回ってやる。

 いつかこの呪いを解いて、もっと自由に旅ができるようにしてやる。


「それには、傷を完全に癒さないとな」

「……あぁ。それじゃあ、もう少し眠ってもいいか?」


 ――――。


 この蕾の中にいると、気を抜くとすぐに微睡まどろんでしまう。でも、それがまた心地好ここちよい。誰かの隣で眠るだなんて、どれぐらい振りのことだろうか。


 ――これから先、何度だって繰り返そう。

 二人の朝を。二人の夜を。その度に、決まった言葉を交わそう。

 一人ではないこの幸せを、二人で確認するために。


 だから、今日も『おやすみ』を――。






( 了 )

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夜咲睡蓮~薄命の吸血鬼と黒茨の騎士~ Win-CL @Win-CL

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