37.再び巡り会えた


 シュロットは、サムエルとヴァシリーのやりとりを聞いていた兵たちを一人一人説得して、お屋敷に噂を流した。


 ヴァシリー公が、アルト国王を敵視している可能性があると。


 国王奪還を掲げて黒い森を敵視していたはずのブラウエンの家臣たちは混乱した。


 そんな中、シュロットはとんでもない報せを手に入れた。伝書鳥はシュロットの返事を待たずして飛び去ってしまった。


 翌日の朝、ヴァシリー・ブラウエンは会議の席を設けた。


「近頃私に不満を持つ不貞な家臣がいると聞き及んだが」

 ヴァシリーは憤然として言った。

「そのような不届き者は即刻認識を改めよ。私は……」


「失礼します」


 子供の声が、ヴァシリーの言葉を遮った。

 次の瞬間、会議室の真ん中に、五人ばかりの人間が忽然と現れた。


「!?」


 一同が驚愕する中で、一人の子供が前に進み出た。


「久しぶりだね、みんな」

「アルト……」


 ヴァシリーは顔色を青くし、それからぎこちなく笑顔を作った。


「無事に戻ってきてくれてよかった。心配したんだよ。急に現れたようだが、一体どんな手品かな」


「口の利き方がなってないね」

 アルトは冷たく言った。

「僕を暗殺しようとしたくせに、馴れ馴れしく話しかけないでもらえるかな?」


 ブラウエンの家臣たちは戦慄した。


「どういうことだ」

「誠でございますか」

「おいシュロット、どうなんだ」


 静かに、とシュロットは周囲を無言で促した。


「殺そうとした? それは黒い森の連中の話だろう。アルト、君は黒い森に誘拐されて……」

「手短に話そう」


 またしてもアルトは話をぶった切った。


「僕は黒い森に協力して、妖精を貴族の手から解放し、黒い森の税を軽くするよ。邪魔する奴がいるなら戦争になるね。そこんとこどう? 青い泉の公」

「な……何を馬鹿な。妖精を解放だと?」


 ふん、とアルトは笑った。


「忠告したにもかかわらず無礼な口を利く、不敬罪。僕の政策に反対する、反逆罪。僕を殺そうとした、これも反逆罪。よって僕は青い泉を反乱分子とみなし討伐するよ」

「は……? そんなことができるはずが……。待ちなさい、アルトや。こんなことをしたらお父上はお怒りになるよ。亡くなった母上も悲しむだろう」

「僕の父上を眠らせることに加担した男がよくそんなことを言えたものだね」

「なっ」

「罪状を追加しようか。黒い森を言いくるめて、皇帝の一家を全員眠らせようとした。これは重大な反逆罪だよ」


 ヴァシリーはいきりたち、立ち上がった。


「デタラメだ! フェイクだ! 馬鹿も休み休み言いなさい!」

「あはは、あんなことを言っているよ。おじさんを捕らえてくれる? ──デニサ、ダリア」


 はい、と返事があり、二人の魔女がアルトの前に出た。

 彼女らが杖でトンと床を叩くと、ヴァシリーが机の前から消えて、アルトたちの前に転がった。すかさずフリックがその後ろ手を捕らえる。


「何が……」

「デニサとダリアは妖精の血が混じった魔女でね、短距離間での瞬間移動の魔法が使えるんだよ。二人はあることを条件にシュヴァルツ家に協力しているんだ。……ねえ、おじさん」

「な、何だ。この茶番を今すぐやめなさい。子供の遊びじゃないんだぞ」

「僕はおじさんを反逆罪で処刑して、おじさんの領地をヴァイスフリューク領に編入するよ。それでいいよね?」

「いっ、いいわけがあるか! 誰ぞ、この子供を捕らえなさい! 少し頭を冷まさせる必要がある」


 だが、誰も動かない。


 サムエルとシュロットの言動によって当主ヴァシリーへの不信感が強まった屋敷内では、皆が皆、どう動くべきか迷っていた。


「決まりだね」


 アルトはヴァシリーの顔の前に屈み込んで言った。


「君を今から牢に投獄するよ。それから宣戦布告する。たった今より、青い泉の領地に攻め入るからね。──さあ」


 アルトの合図で、デニサとダリアは再び杖を使った。ヴァシリーの姿が会議室から消えた。

 と同時に、外で待機していた妖精の軍勢が屋敷内に一斉に瞬間移動し、ブラウエンの家臣たちを蹂躙し始めた。


「さあ、陛下はこちらへ」


 ダリアがにこやかに手をのべる。


「ここから退避しましょうね」

「待って、今、シュロットが」


 フリックは、混乱の中、シュロットの手を引いてアルトのもとに駆け寄ってきた。


「シュロット、無事でよかった」

「こちらの台詞です。アルト様、よくぞご無事で」

「さあ、ここは危険だ。ダリア殿、よろしく頼む」

「ええ」


 こうして、ダリアの手によって、アルトとシュロットとフリックは、乳母とロイヤーの待つ、屋敷のそばの駐屯地に移動した。


 長かった。


 ようやく、五人が揃った。


 ロイヤーはシュロットに目配せをした。


「言ったでしょう。アルト様がいらっしゃる限り、私達はまた巡り会えると」

「……そうだな」


 シュロットは破顔した。


「また一緒になれて、本当に良かった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百年の隔絶 白里りこ @Tomaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ