36.対立と亀裂
今や、国は二分されていた。
最有力貴族ブラウエン率いる青派。反乱勢力シュヴァルツ率いる黒派。そして両者ともアルト国王を擁していると主張し始めたので、国内には戸惑いの風が吹き荒んだ。
ブラウエンは、黒い森の手にかかって国王が誘拐もしくは殺害されたと主張していた。一貫してそれを否定していたシュヴァルツが、先日一転して、国王が我らに味方していると主張し始めた。
それ見たことかとブラウエンは自らの国王への立候補を取り下げ、「国王奪還」を掲げた。これは説得力のある話だったので多くの貴族はこれに追随した。
しかしいくつかの領地は微かな矛盾を感じ取っていた。まず、国王と縁のあるネイヴァルドが黒い森を支持すると表明し、海外からの援助を得てまで多額の資金を手配してきた。続いてこれまた有力諸侯のカルツェが急速に黒い森に接近した。
さらに、黒い森についた貴族たちがみな国王直筆のサインが入った書類を持っていることが明らかになった。
ブラウエン邸は騒然となっていた。
「我がネイヴァルド家は、あなたとの契約を打ち切ると、当主からの連絡がありました」
サムエルは緊張した様子でヴァシリー・ブラウエンに書類を差し出した。
「俺はここで騎士見習いとして仕えるのをやめて実家に帰ります。ここに署名を」
ヴァシリーは怖い顔をしてみせた。
「サムエル君と言ったかな。君はアルト様の居所を知っているのかね」
「アルト様は、黒い森の元にいらっしゃると、姉さ……当主が申してます」
「君のもとに妖精が来ていたのを、私の家臣が見ているよ」
「え? い、いつ?」
用事があるふりをして部屋の前で立ち聞きをしていたシュロットは、呼吸を止めて様子を伺った。見事にカマをかけられている。
「いつ、も何も、頻繁にやりとりしているようじゃないか」
「そんなはずないですよ。俺の元に妖精が来たのはアルト様がいなくなった日だけですもん」
「なるほど。そんなに早くから君はアルト様と通じていたのだな」
ヴァシリーが立ち上がった。
「これではっきりした。そこで聞き耳を立てているシュロットも、私を裏切るつもりだろう。早くからアルト様の居場所を把握していながら、私に隠していたとは……。二人とも来い。牢にぶちこんでやる」
シュロットははっと左右を見渡した。複数の衛兵が剣を握ってこちらを見ていた。
「何でですか?」
サムエルの呑気な声が一際大きく聞こえた。
「何で俺が罪人なんです?」
「白々しい。今しがた白状しただろう。伝書鳥を使ってアルト様と通じ、私を欺いていたと」
「そんなこと言ってないですよ」
「ふん。馬鹿も休み休み言い給え」
「俺の元に、あなたの妖精のルーティがお菓子を運んできた日の夜に、アルト様はいなくなりました。それと伝書鳥と何の関係があるんですか?」
ブラウエンは絶句した。
「それと、仮に俺がアルト様と通じていたとして、それが罪になるのは何でですかね? 問答無用で投獄ってどういうことです?」
「それは……」
ヴァシリーは急にしどろもどろになった。だがこちらの分が悪い、とシュロットは思った。衛兵はヴァシリーの手のものだ。その気になれば理屈抜きでサムエルを投獄できる。
だが、衛兵たちは、戸惑いがちに剣を下ろしていた。
(……そうか)
今この屋敷にいる衛兵たちは戦争帰りだ。戦場へと厄介払いされた者たち──つまり、ヴァシリーの企みを知らされていない。知らされたとて、賛同するとは限らない者たちだ。
そこへサムエルが追い討ちをかける。
「おかしいですね。まるでアルト様の味方を排除しようとしてるみたいだ。……もしかして」
チャッと、サムエルが鯉口を切る音がした。
「アルト様を裏切ったのはあなたですか?」
猪突猛進な少年に見えたのだが、とシュロットは考えた。
血は争えないな……。
「わ、私がアルト様を裏切るなどありえない。餓鬼が生意気を言うな!」
ヴァシリーは少年を怒鳴りつけたが、常日頃から先輩騎士に怒鳴られ慣れているサムエルには通じなかった。
「いやぁ、勘違いならいいんです。生意気言ってすみませんでした。さ、書類にサインをお願いします」
戸惑う衛兵たちに見守られ、サムエルは意気揚々と屋敷を後にした。シュロットも事なきを得た。
サムエルは去り際に、とんでもない一撃を食らわせて行ったのだった。
噂の種は撒かれた。ブラウエン陣営の内部崩壊は免れない。
数日以内に意見をまとめて会議を開こう、とシュロットは決意した。
サムエルに負けてはいられない。この波紋を次に繋げて見せよう。
そして、アルト達の側が事を起こすのに、数日もあれば充分だった。
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