第三巻 塗籠の睦言
式部大輔が帰ってから、乳母に叱られた。
「姫君なんですか、あの慎みのない、お言葉は……高貴な姫君が自分から『お越しください』などと、殿御に云うものではありませぬ」
いつも無愛想だと怒るくせに『お越しください』と云ったら、もっと怒られた。乳母なんか嫌いじゃあ。ぷくっと脹れて、姫君は几帳の影で拗ねていた。だけど、今日お逢いした兼通様とは、また逢いたいと思っていた。乳母が云うように、慎みのないことを口走ってしまったなら、きっと愛想を尽かされて……もう来てはくれまい。
……そう思っていたら、翌日、兼通から昨夜のお礼の文が来た。それには近々訪問しますと書いてあった。乳母の湖都夜は大喜びだった。――そして、瑠璃姫も嬉しかった。
それから、五日も経たない内に兼通は再び通って来られた。今度は二度目ということで、先日の堅苦しい挨拶だけではなく、御膳も振舞い、侍女たちが和琴などを奏でて、和やか雰囲気になっていた。兼通からも姫君へ絹の反物がお土産に持参された。
――いよいよ夜も更けて、屋敷の灯火がひとつ、またひとつと消されてゆく。
乳母と侍女たちはしずしずと退出していく。兼通はそっと、瑠璃姫の几帳の中に入って来られた。恥かしそうに扇でお顔を隠しておられる姫君の手を取って、優しく抱きしめて、美しい
「あなたの髪は瑠璃鳥の羽根のように、艶やかで美しい」
兼通の声に姫君の頬は紅潮し、身体が熱く火照ってきて、胸が脈打つ……さらに強く包み込むように抱きしめられた。
そして、ふたりは抱き合ったまま、
塗籠の中では姫君は、兼通に身体を預けた。
なさるように帯を解き、香をたきつけた
「姫の肌は白くたおやかで、内裏の池に舞い降りる
そして、優しく丹念に愛撫して、姫君の秘所を熱く濡れさせた。耳元に熱い男の吐息がかかった時に、
「あっ……あぁ……」
思わず、お声を漏らしてしまわれた。恥かしげにお口に手をあてられた姫君に、
「わたしが触れると、姫が美しい声で囀られる。もっと、
と、兼通がもうされたので、姫君も大胆になられた。
後は、なすがまま身体を開き、心地よい小舟に揺られながら夢心地だった。今までの男たちは何だったのかと思うほどに、兼通とのまぐあいは姫君を夢中にさせた。かつて達したことのない領域まで、幾度も
翌朝、ふたりは昼近くまで塗籠の中で眠っていた。
塗籠の外から、遠慮がちな乳母の咳払いを耳にして、ようやく起き上がった。目が覚めた時、愛しい男の顔が側にあって、この方の妻になれて幸せだと瑠璃姫は思った。
身支度を整えると、侍女が膳を運んできた。契りを結んだ、お祝いの紅白餅を兼通とふたりで食べた。
「兼通様はどうして、こんな片田舎に通ってこようと思われたでしょう」
思い切って、気になっていたことを訊いた。
「先日、方違えで瀬田の長者の家に逗留した折に、わたしは長者の家の者に付いて、瑠璃姫の屋敷をこっそり訪れました。田舎の割には立派な造りの館だと見ていたら、丁度、姫君が
見知らぬ殿御に顔を見られたことを……恥ずかしいと姫君は思われたが、昨夜、契ったふたりはもう夫婦だから、恥ずかしがることもないのである。
「わたくしは都育ちではないので、
姫君がそう申されると、
「そんなことは気になさるな。わたしが
兼通は悲しそうな顔で瞳を伏せられた。その乳母に今でも後悔の念を抱いているのだろうか。たぶん、その乳母が若い兼通に
その後、牛車でお帰りになられる兼通のお姿を、名残惜しげに姫君は屋敷の廊下でいつまでも見送っていた。
お戻りになられてから、ほどなく瀬田の姫君の元へ、
それからは、五日、六日おきに、遠方にも関わらず、兼通は姫の元へ通って来られた。
来る度に姫君や乳母、侍女たちにまで、都の珍しい品物を持参してくださる。誠に気の利く殿御で「今宵参られます」と、先まわりの者が告げたならば、屋敷中がぱっ活気づいて、姫君は化粧をして、衣装を調える。長い下げ髪に、瑠璃の
お迎えの支度をする度に、こんな片田舎の屋敷が女主人と共に輝きを取り戻してゆくようだった。
夜も更ければ、塗籠の中から……時おり漏れくる姫君のあられもないお声に、乳母の湖都夜が赤面するほどであったが、今まで、どの殿御とも深く心を通わすことがなかった姫君だったのに、兼通とは仲睦まじく、ほんとうに良かったと乳母は涙ぐんで喜んだ。
――瑠璃姫は、兼通という男を身も心も深く愛し始めていた。
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ふつう、11~16歳の間に行われ、髪を結い、服を 改め、堂上家以上は冠、
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男女が共寝をして過ごした翌朝。また、その朝の別れ。
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