異世界系というと昨今のブームのせいで浮ついたジャンルと誤解されがちですが、実は古くから存在する伝統的なものであったりします。
今作は異世界に召喚された地球人が経済政策などで作品の舞台となる魔物の国に多大な影響を与えていく、という内政チート系の作品を土台にしているものの、語り部が現地の青年であることも含め、往年の(つまり流行りの源流たる)異世界ファンタジーの色合いが濃いように思います。
内容としては非常にストイックで、この手の題材を扱っていると堅苦しさを感じそうなものの、専門知識などが驚くほど簡潔かつわかりやすく説明されるため、金融や経済に詳しくなくとも、読んでいてストレスを覚えることはありません。
主人公のふたりは感情移入しやすい好人物、脇を固めるキャラクターもバリエーションに富み、ひとりひとりにドラマが用意されているため、エンタメ作品としても申し分のない出来。とにかく隅まで丁寧です。
とくにラストは文句のつけようがない美しさで、最後まで読んでよかったと満足すること請け合い。
カクヨムでも評価されつつありますが、作品のポテンシャルを考えるともっともっと評価されるべき作品です。ぜひご一読を。
『こちら魔物の国、中央銀行総裁室でございます。』を知ったきっかけは、twitterのフォロワーさんからの宣伝でした。煽り文にある「内政チート」の文字列と、内容紹介にある文言を見比べて、果たしてチートになるやならざるや……と思ったのが、読もうとしたきっかけでした。
これからこの物語を読もうとする皆さんは、内政ものという漠然としたくくりの中、主人公の三人――。魔術師のエル。最高指導者の女吸血鬼魔王さま。そして私たちが住むこの世界から経済を学んだ転移者、クリオ。彼らがさまざまな状況のなかでどんな反応を見せてくれるのかを楽しみにすることでしょう。
僕は自分でも冒険小説などを書いていますが、この経済術(あえてこう書こうと思います)を存分に活用した大きいうねりを成す金と意志の殴り合いは、剣術で敵と対峙する剣士のそれと似ています。察知しての後の先の数々、見事な立ち回りで物語を楽しませてもらいました。
物語の折り返しで物語そのものを大きく動かす邂逅があり、それを軸に登場人物たちの運命が加速し始めます。そこからまとめ上げるのは、すべての負債を取り戻すべく奔走する戦士たちの戦いです。どうかみなさんも、三人の決着のみならず、まわりを囲むユニークで魅力的なキャラクターたちの決着をその目で見て頂けると幸いです。
語り口は主要な点を重視し、状況や方法などのレポートになっているような冗長さがなく、ここまで自分に書けない、分からない経済術で楽しまされ、一本取られたと唸ります。うーん、ずるい! そういう意味ではチートでしょうか(笑)。
読了後、きっとあの二人と同じような穏やかな気分になると思います。
おもしろかった! おすすめです。