即席討伐隊の一行は、すでに山の中腹をこえていた。


 頂上に近づいたからといって、植生が変化するわけでも、森が深くなるわけでもないところが、この山の規模をあらわしている。道が急に頼りなくなることもなく、十分な道幅を確保した勾配が、延々と続く。


 くだんの凶獣はおろか、こちらに敵対心をむきだしにするような者は、いまのところ一切姿をみせない。あいかわらず数の多い大型動物も、武器を携えた登山者を不思議そうに見つめることはあっても、積極的に追い返してやろうという意志まではないようだった。


「それらしきものは、見あたりませんね」

「登山ルートから外れた場所にさがったか。だとすると、やや面倒だな」


 淡墨髪の討伐隊長はいったが、確率的にいえば、その可能性のほうが高い。五人がいま歩いている道は、人間が人間のために整備したものである。ほかの生物が、人のさだめた動線に、すなおにしたがう義理はないのだ。


 士気を空回りさせられたまま、一行はひらけた場所にでた。山の八合目にあたり、休日には家族連れがレジャー・シートをひろげて、ひとときの野外生活を楽しむ場所でもあって、申し訳程度ながら、幼児用の遊具が設置されていた。


「こんなときでなければ、弁当でも持ってきて、というのもよかっただろうな」


 という討伐隊長にメイ・ファン・ミューとミレイ・イェンが失笑を返したのは、敬愛する上官が、そんなではないことを知っていたからだろう。ふだんは書斎にこもって歴史や戦略の研究をするか、そうでなければ白兵戦の訓練に没頭するような人物である。ふたりの異邦人もそのことはなんとなくわかっていて、笑わなかったのは、そこまでの信頼関係をまだ築けていないという判断をしたからだった。


 和やかな雰囲気が、山腹の広場をつつみかけた。


 その空気を一挙に入れ替えたのは、シュウの低い声だった。


「……何かいる」


 ことばは短かったが、その裏にある指示を理解できない愚鈍な人間は、その場にはいなかった。アイリィが槍を構え、他の三人は銃を取り出して、上官の視線の方向にむける。


 緊張が一瞬にしてその場を占拠した。


「よし、頼む」


 小声の号令から半瞬、二条の光が、木々のあいだに潜む巨大な影に吸い込まれた。数発の弾丸がその後につづく。命中させる、という点にかぎっては容易な課題であり、発射されたそれらのすべてが、標的をはずさなかった。


 だが、衝突によって生じた音は、五名の予想したものと異なっていた。金属同士を打ちつけあったような甲高い音が、静寂をつきぬけて、五名の討伐隊員のもとに届いた。


「なんだ?」


 その疑問にこたえる、というわけではないだろうが、突然の飛来物に気分を害されたらしい巨大な影は、樹草のなかにかくした身体を、陽光のもとへはこんだ。


「これは……?」


 眼前にあらわれたそれは、巨大なのようにも見える。体高は人間をすこし超える程度だが、体長がその四倍はある。なにより、両腕をまわしてなお余りそうな巨大な八本の牙が、見る者に恐怖を与える。それは、彼らが惑星において生存競争の覇者となるために、生命の神から授けられた凶器であるようだった。


 二名の異邦人ははじめてみる姿形だったが、人生の全てを連邦の宇宙で過ごしてきたがわの生物事典には、記載があった。


「アマデウスドラゴンだと!?」


 おおぎような名前であるが、龍、というわけではない。アマデウス星系に生息する肉食動物で、旧地球型分類でいえばちゆうるいに近い。もっとも、その凶悪さは決して名前負けしておらず、アマデウス星系の惑星探査事業では、正規装備で上陸した陸戦隊員が命を落とす事故も発生している。ただ、その光沢が美しいこうりんは装飾品等に用いられて価値が高く、危険を冒してでも乱獲する者が相次いだため、取引を規制されたいきさつをもつ。


 その体格に比して寸法の小さい目は、しかし、五名の敵対者を睨みつけてはなさなかった。食事の順番を吟味しているようで、きびすを返して立ち去っていくのを、快く見送ってくれそうにはない。


 銃よりも弓の腕に自信を持つメイ・ファン・ミューは、他星系の名を冠するその生物を見すえながら、銃をおさめて洋弓にもちかえた。


「どうして、こんなところにいるのでしょうか」

「まさか空間跳躍ワープしてきたわけでもないだろう。密輸くさいな。もしくは研究用に特別許可を得て輸送してきたか。いずれにせよ、自然界にはなってしまっては、惑星生態系保護法違反だ」

「どうします? いったん退きますか」


 一筋縄ではいきませんが、と表情でミューはいったが、対獣戦にも連邦有数のりようを有する討伐隊長は、首を縦に振らなかった。


「背中を見せて、わざわざ猟友会のてつを踏むこともない。一般市民に被害が出るまえに、仕留めてしまおう」

「重火器がほしいところですね」

「無茶をいうな。あったところで、土砂崩れや山火事を引き起こして、市街地に被害を出しては本末転倒だ」

「では、槍剣をもって刑死して頂くほかありませんね」


 流麗かつ上品な口調と、ことばの内容のギヤツプは、笑いをひきおこすものかもしれなかった。その発作が討伐隊員たちに起こらなかったのは、時間があたえられなかったからである。


「来るぞ」


 と討伐隊長はいったが、相手の初動は、隊員の予想したものと違った。巨大なとかげは、顔の位置をすこし下げたかと思うと、突如、その寸法にふさわしい肺活量で、空気の塊を送り出したのだ。


 大きな身体をもつほうは、息を軽くふきかけたつもりかもしれないが、人間のがわにとっては、そうではなかった。突風をうけたシュティとミューの小柄な身体は、半秒ほど宙を舞い、ミューは受け身をとって立ち上がったものの、シュティが派手に転倒してしまった。


 見知らぬ惑星に連れてこられたらしい肉食動物は、食事を彼の口に合う大きさに調理すべく、寝転がった獲物にむけて、巨牙を振りおろした。だが、に見えた獲物は、巨獣の思うほどではなかった。


 シュティが小さな身体を起こして後方に跳びつつ、迫り来る牙を、盾代わりのハンド・ボウガンで受け止める。自慢のナイフを防がれて機嫌を損ねた巨大爬虫類は、さらに踏み込んで二撃目をはなったが、獲物のいた場所を正確にねらったはずの凶器は、空気を地面と垂直に切り裂いた。瞬後、ボウガンの矢が、一本、二本と、太い白牙の隙間を通過して巨獣の口中に突き刺さる。だが巨大蜥蜴とかげは動じる様子もなく、天恵の武器でさらなる斬撃を加えようとはかった。


 数秒続いた一対一の攻防は、しかし、一人の乱入者によって中断された。ふたりの中間で濃茶色の髪がひるがえり、直後、両者の視界は闘槍の乱舞によって独占された。


「ごめん、動くのが遅れた」


 声を聴いて、シュティは、つい先刻まで嫉妬心に似た感情を抱いていたことを恥じた。目の前にいるアイリィは、間違いなく、シュティにとってのアイリィであった。


 とはいえ、情宜の厚さが光年の単位を越えようとも、それをもって物理法則を超越することはできない。衝、斬、打と闘槍がなしうる攻撃が、比類なき速度で演じられたものの、役者の技量が結果に反映されることは、まったくなかった。


「硬いね。どうしたもんかな」


 槍術の名手の声は、内容に反して、スキップのような歩調をしている。シュティは以前、親友が語るのを聞いたことがあった。対人白兵戦は、記憶インプツトした教科書をそのままアウトプツトするだけだからつまらない。対応力、判断力、思考力をいやというほど試される対獣戦にこそ、槍術の真価があるものだ、と。


 その発言者は、今まさに、対応力、判断力、思考力を試されていた。


「こういう動物は、鱗の継ぎ目はもろいものだけどな……」


 つぶやいたアイリィが、ふたりの弓術士に敵から距離を取る時間をあたえるべく奮戦しながら脳内回路をはしらせているところへ、加勢したシュウが、剣をふるいながら応える。


「そう、こいつは硬鱗の隙間が弱い。だが、ピンポイントに攻撃を当てるのは難事業だな。どうする」


 討伐隊長のことばに、どうも試験を課されているような気がしてならないアイリィである。すぐに正答を導き出せそうにない。相手の攻撃を凌ぎながら、なんとか名案をひらめかせたいところだが、体力面ではこちらが不利である。時間をかけすぎるわけにもいかない。


 防戦するふたりの背後から、緑色の小鳥が空中に躍り出して、電撃をはしらせる。だが、不時着した未開惑星でのときとは違い、効果は限定的だった。それは小鳥の飼い主にしても想定内のことで、とりあえずやってみた、という程度のものである。


 ミューが洋弓で矢を放ち、イェンは銃を撃つが、こちらも成果はあまり上がらない。アイリィが驚いたのは、実弾銃よりも、矢の方が相手に与える打撃が強かったことである。重量でいえば矢がまさっているから、理論上は不思議ではないのだが、アイリィは前時代の武器というレツテルを貼りつけていた評価をあらためた。もっとも、その評価は扱う者のに高度な技術が備わっていることが前提であって、弓がふたたび遠射武器として主要な地位を獲得できるとは思えなかったが。


「やれやれ、これはちょっと手間取りそうだね」


 緒戦の経過をふまえて、槍術の名手がいったそのことばは、この戦場の最終的な勝者は自分である、という自信を口にしたものであった。

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