第7話 カワラベの末路

 翌日の放課後。

 冬子は一人、御逆川の川辺、草地の上にたたずんでいた。

 「君は……昨日会った柳國高校の生徒さんか」

 「こんにちは。またお会いしましたね、菊池さん」

 昨日と同じ場所、同じ時刻に二人は遭遇した。

 「また、民俗学の勉強かい?」

 「えぇ、そうです。カワラベが好む環境とは何か、そんなことを考えていたところです」

 冬子は後ろで手を組むと、ふらふらと川辺を歩いた。菊池は黙ってそれに追従する。

 「今日も見回りですか、菊池さん」

 「あぁ、そうだ。この時間帯はいつもそうなんだ」

 「何か異常はありませんでしたか、菊池さん」

 「そうだな、今のところは、何もないよ」

 「ところで、菊池さん……」

 不意に振り返ると、冬子はスマートフォンを目の前の男に向かって突きつけた。

 「これは、あなたですか?」

 「…………」

 冬子の示した画像には、白髪交じりの50代くらいの男性が、作業服を着て微笑んでいた。

 「確かに、御逆川河川事務所に、菊池さんという方は勤務されていました。しかし、実際にお会いした菊池さんは、随分とお年を召されていました」

 「…………」

 「次の画像ですが……これは、女子大生溺死事件の現場に残されていた足跡です。そして……」

 冬子は膝を抱えるように屈み、砂地にできたばかりの足跡を示した。

 「これが、あなたがたった今残した足跡です」

 「…………」

 「実によく似ていると思いませんか?」

 「…………」

 冬子はゆっくりと立ち上がると、スマートフォンを持った手を後ろにして語り始めた。

 「カワラベは、本当にのでしょうか? 彼女が亡くなったのは、本当にカワラベの祟りだったのでしょうか?」

 「…………」

 「事件現場には、往復する足跡が無数に残されていました。彼女が警察によって発見されるまでの約一週間、のではないですか?」

 遠くから、数台のパトカーのサイレンが近づいてくる。

 「私のことも、?」

 冬子の問いに対し、男は笑って言った。

 「

 男は繁みの中を猛スピードで駆け出した。

 「観念しやがれ。それから、次、トーコにその薄汚い殺気を向けやがったら、そのときは、覚悟しろよ」

 男の前に立ちふさがった玲子は、スマートフォンをポケットに仕舞うと、ゆっくりと構えをとった。

 「なんだい、急にそんな恐い顔をして……」

 男はゆっくりと歩み寄りながら、後ろのポケットから、何かを取り出そうとした。

 しかし、瞬時に玲子の左足が男の右手を捉え、その手からナイフが落ちた。

 「いっ……。拾わなくては……」

 「やってみろ」

 玲子の目をじっと見据えていた男が、わずかに屈みかけた瞬間、玲子の右足が今度は男のあごを蹴り上げ、一瞬体が宙に浮いたかと思うと、後方へと仰向けに倒れた。

 「レイレイ、無事のようね」

 冬子が玲子のもとへと駆けつけ、その背後には梨沙の姿もあった。

 「トーコの連絡通りだ。後ろの右ポケットにナイフを隠してやがった」

 「あの……気絶しているんですか?」

 「あぁ、当分目を覚まさないくらいには力を込めておいた」

 「後は警察の仕事ね。このナイフも押収してもらいましょう」

 「部長と玲子さんは、いつもこんな危険なことを?」

 「いつもではないけれど、たまには危険に飛び込まなくてはならないときもあるわね」

 「まぁ、トーコの判断力と、アタシの拳があれば、大抵何とかなるもんだ」

 「わ、私も精進します!」

 夕焼けは川に反射してその橙色とうしょくきらめかせ、川辺の三人の少女を優しく照らしていた。

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