第6話 河童の正体

 「バケツは100円均一で買えるような、ありふれたもの。他に気になるようなものは落ちていない。相当警戒しているのか、砂地を避けて、足跡が残り難い草地を移動している」

 「屈んでいたんだろうけど、背は小さく見えたな。灯りがないせいで、容姿は全くだったが」

 「私の夜目よめがもっとけばよかったのだけれど、身長は160から165cm、短髪で、眼鏡その他の装飾は身に着けていない。長袖長ズボンで、靴は履いていた。利き腕は右で、止まっている時も走る時もやや猫背。性別は恐らく男性。どの位置が歩道から見え難いのか、どこを移動すれば繁みに身を隠しながら移動できるのかを把握していたことから、この辺りの地理に明るいか、綿密な計画を立てた上で行動を起こしている……」

 梨沙は目を見開いて呆然ぼうぜんと冬子の説示を聞いていたが、我に返ると急いでペンを走らせた。

 「自宅の灯りは一切点けないんだったか。訓練の賜物たまものってわけだ……」

 玲子は半笑いで、黙考する冬子の横顔を眺めた。

 「かく、少なくともさっきの件については、カワラベの仕業じゃあないってことだな」

 「そうね。溺死事件の方についても、現場に残された足跡が犯人のものであるとすれば、最初からカワラベの祟りなどではなく、人為的なものだったということになるわ。それは、実に悲しむべきことだけれど」

 「これからどうしましょう?」

 「調べたいことが一つ、準備しなければならないものが一つ、あとは、明日の調査次第でカワラベの正体を暴けると思うわ」

 「本当ですか!?」

 「スピード解決を都市研の売りにしていけそうだな。まぁ、便利屋ではないんだが」

 「ホンモノの都市伝説に巡り合うためであれば、便利屋にでも何にでもなるわ。大事なのはその試行回数を最大化すること。そのためには、限りある時間を有効に使わなくてはならないわ」

 「なるほど、なるほど……」

 「遅くなってしまったから、りさぽんは車でご自宅まで送るわね」

 「えっ、車ですか?」

 「あと3分以内に着くはず。予め連絡はしておいたわ」

 「1秒でも遅れたら減給だからなあ。トーコは身内には厳しいんだよな」

 「心外だわ、レイレイ。約束を守れなければ、制裁が下るのは当然の摂理よ」

 梨沙は二人の話についていけずに、右往左往していた。

 「おお、減給回避か」

 川沿いで立ち往生していた冬子たちのもとに、一台の車が停車した。

 「さあ、乗って、りさぽん」

 「は、はい……」

 しどろもどろになりながら、梨沙は玲子と共に後部座席に乗り込んだ。

 「お疲れ様です、冬子様」

 「ご苦労様。今日は先に梨沙さんをご自宅までお送りするわ」

 「かしこまりました」

 冬子は助手席から後ろを振り返り、梨沙の住所を訊きとると、すぐさま車は発進した。

 「あの、運転手の方はどのような……」

 梨沙は、隣で居眠りをしかけていた玲子に話しかけた。

 「ん? あぁ、トーコのところの執事で、神園かみぞのさんって人だ。まだ若いんだけど、武術の腕はホンモノなんだよなあ」

 「そうね、レイレイと神園の二人に武術で敵う相手は、おそらく日本にはいないでしょうね」

 「冬子様、あの者は?」

 神園は数100m先の異変に気がつき、冬子に意見を求めた。

 「減速しなさい、神園。嫌な予感がするわ」

 「畏まりました」

 神園は、遥か遠くの人影に接近する前に停車できるよう、速度を調整した。

 「しつこいやつだな……」

 「えぇ。どうやら、カワラベの仕業のようね。りさぽんはこの目隠しをして、いいと言うまで外さないこと。いいわね?」

 「は、はい……?」

 車を一度停止させ、梨沙を除く三人は下車して、道路上のを見た。

 草陰から現れた人影は既になく、道路上のそれを放置したのがその人影であることは明らかだった。

 「河童の正体について、諸説あるけれど、そのうちの一つは、人間の水死体を見間違えたものではないかと言われているわ」

 神園は警察への通報を済ませると、不審人物が未だ潜んでいないかと、警戒態勢に入っていた。

 車のヘッドライトに照らされ、道路上に転がっていたそれは、精巧な河童の人形でも、動物の死骸しがいの類でもなく……まぎれもない、だった。

 皮膚は緑色に変色し、頭髪はまばらでほとんどが抜け落ち、水を吸ったのか体は膨張ぼうちょうしていた。

 「リサが見たら卒倒そっとうしちまうな」

 「えぇ。これで、ますます迅速じんそくな解決が求められることになったわ。長引かせれば長引かせるほど、おそらくあのカワラベは執拗しつように危害を加えてくる」

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