第5話 水神祭り

 事件現場を離れ、冬子たちはある石祠せきしの前まで来ていた。

 「これが、御逆川の水神様を祀る石祠よ」

 玲子は腰をかがめ、梨沙は前傾となって眼鏡に右手を掛けた。

 冬子たちの背後では、水神祭りのための特設ステージでもよおし物が行われていた。

 「御逆川水神様……そのまんまだな」

 「この辺りにはかつて、広大な水田があって、農家の人たちが干害や水不足に悩まされないよう、この石祠を建てたのが起こりよ。当時の水神祭りは、雨乞あまごいの儀式に近かったのだけれど、時代が変遷へんせんして、水田の数が減ってくると、水難防止や子どもの健康を祈る祭りに変わっていったそうね」

 「なるほど、勉強になります!」

 梨沙は手帳にメモをとりながら相槌あいづちを打った。

 「ちょうどいい頃合いね。もう一度、御逆川をのぞいてみましょうか」

 冬子たちは、川の方へとなだらかな坂を下った。

 「なんだ、舟か?」

 「そう。水神祭りでは、わらで作った小舟を上流から流す風習があるの。小舟には米や麦を乗せて、水神様への御供物おそなえものとするそうよ」

 「こんな風習が身近にあったなんて知りませんでした。驚きです!」

 「さて、民俗学の勉強はこのくらいにして、私たちもお祭りを楽しみましょう」

 「そうこなくっちゃな。ん、ラムネとたこ焼きと焼きそばとフランクフルトと……」

 玲子は出店に目をり、指を折った。

 「全部は持ちきれないな。トーコ、リサ」

 「えぇ、持つのを手伝うわ。フフ」

 「玲子さん、全部食べ切れるんですか?」

 梨沙は、玲子から6個入りのたこ焼きを二箱受け取りながらたずねた。

 「当たり前だろ? このくらい、夕飯前のおやつみたいなもんさ。小父おじさん、フランクフルト2つ頂戴」

 玲子はフランクフルトを頬張ほおばり、左手に持ったラムネを一気に飲み干した。

 「たこ焼き一つ貰ってもいいかしら?」

 「いいぜ。ほら、リサも食べていいぞ」

 「あっ、すみません。いただきます」

 「私は綿あめが食べたいわ」

 「あそこの屋台で売ってますよ!」

 「綿あめは食べ応えがないんだよなあ」

 水神祭りは平日の一日しか開催されないこともあり、出店の数はそれほど多くなく、三人はほぼ全ての出店を制覇し、そのほとんどが玲子の胃袋へと消えた。

 「いやぁ、食べたなあ。満足、満足」

 「いい思い出になりそうね」

 「本当に楽しかったです。私、今日のこと一生忘れません!」

 「リサは大袈裟おおげさだなあ。まぁ、楽しかったのはホントだな」

 祭囃子まつりばやし喧騒けんそうから離れ、街灯のほとんどない、川沿いの道を三人は歩んでいた。

 「随分と灯りが少ないですね。人家もありませんし、ここを夜中に一人で歩くのは危険そうです」

 「そうね、この辺りは事件現場が近いのだけれど……レイレイ、あれは持っているかしら?」

 「ああ、調査一日目で、早速カワラベがおがめるか?」

 「えっ、カワラベがいたんですか?」

 梨沙が二人の意見を求めた時だった。素早く玲子は川の方へと移動し、鞄から取り出した折り畳み傘を広げた。

 「きゃああっ!」

 梨沙は悲鳴を上げて冬子の腕に抱きついた。

 「か、かか……カワラベですか? きゅ、急に川の方から、水が……」

 梨沙は身震いをして冬子と玲子の顔を交互に見た。

 「安心して、りさぽん。大丈夫よ。レイレイ、カワラベは確認できたかしら?」

 「いや、繁みに何かがいたのは確認できたけど、それが何者なのかまではわからなかったな。カワラベってのは、バケツを使って人に水をかける妖怪なのか?」

 草陰に放置された小さなバケツを一瞥いちべつすると、玲子は水に濡れた傘を畳みながら悪態をいた。

 「でも、流石トーコだ。合図をもらわなかったら、草陰にひそんでいるカワラベに気がつけなかった。この傘も役に立ってよかったぜ」

 「りさぽん、大丈夫?」

 「だ、大丈夫です……落ち着いてきました」

 梨沙はがっちりと掴んでいた手を冬子から離すと、両手を胸に当てて呼吸を整えた。

 「リサ、お前、怖がりなのにこの部活に入ったのか?」

 「そういえば、まだ、入部理由を訊いていなかったわね」

 「……あの、いわゆる、怖いもの見たさというものでして、ホラー映画もお化け屋敷もダメなんですが、ついつい見てしまうと言いますか……それよりも、あの、私のせいで、カワラベを追えなくなってしまって……本当にすみません!」

 梨沙は両目を固く閉じて、二人に向かって頭を下げた。

 「カワラベは明日でも明後日でも、いつでも追跡できるわ。それから、何にせよ、怖いもの、不思議なものに興味があるというのなら、それは十分な入部理由と言えるわね」

 「まぁ、そうだな」

 「改めて、部長である私から、あなたの入部を承認させていただくわ」

 そう言うと、冬子は梨沙に向かって右手を差し出した。

 「ありがとうございます! あの……すぐには慣れないかもしれませんが、いつか、この怖がりな自分を克服してみせます!」

 梨沙は涙目で冬子の手を握ると、そう誓った。

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