カワラベ

那須村 裕

プロローグ

 季節外れの蛍のように、川沿いの道を一つの灯りが揺らめいていた。

 「あの店長マジむかつくんだよなぁ……」

 苛立いらだちをしずめようと煙草をくゆらせていた彼女は、吸殻すいがらを川の方へと投げ捨てると、肩にげたポーチからスマートフォンを取り出した。そして、バイト中にこらえていた愚痴をこぼそうと、SNSを起動した時だった。

 「えっ、ちょ……痛っ……痛い、痛い痛い痛い!」

 彼女は不意に背後から襟首えりくびつかまれ、抵抗する間もなく、川の方へと引きられていった。雑草のしげる坂を、仰向けの状態で川の方へとすべるように引き摺られた。何が起きているのか少しも理解できず、雑草の青臭さに顔を背けることもできず、街灯一つないこの場所では自分を引き摺る何者かを確かめることもできず、只々ただただ、彼女は引き摺られた。

 「うぐっ……かっはぁ……が……」

 彼女は急に寒気と息苦しさを感じると、その原因が全身をらす川の水であることに気がついた。仰向けの状態で、彼女の両肩は、水深の浅い川底へと押さえつけられていた。押さえつける何者かの手を掴み返し、必死に両肩からがそうとするが、酸素を徐々に失い、体力を消耗しょうもうした彼女に、あらがう力は少しも残されていなかった。

 最初こそ口から空気を吐き出し、それが泡となって水面にモザイクをかけたが、意識が途切れる頃には水面は静かになり、自分を死のふちに引き摺りこんだ何者かの顔が、おもむろ姿形すがたかたちを現した。

 曖昧あいまいな視界、曖昧な輪郭りんかくだったが、彼女は確かに水面の向こうに見たのだ……たたえた、を。


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