第2話 カワラベの噂

 「いえ、初耳です」

 「そうだろうな。我がオカ研が総力をそそいで入手した最新の噂だからな。では、詳細を話すことにしよう」

 冬子とうこは、梨沙に向かって隣の空いた椅子を差し出し、着席を促した。玲子は腕を組み、窓際の壁に立ったまま寄りかかっていた。

 「これは3日前の晩の話なんだが、ここの近くに御逆川みさかがわが流れているよな。その川で、若い女性の死体が見つかったんだ。目立った外傷はなく、死因は水を大量に飲んだことによる窒息で間違いないとのことだ。警察は今もなお、現場付近で聞き込みを続けているが、どうやら事故死または自殺ということでこの件を決着しようとしているらしい」

 「おかしな話ね」

 「どこがだ?」

 「流石、察しがいい。御逆川の水深は深いところでも20cm程度だ。大きな外傷がない以上、事故とも、まして、そのような場所を選んでの自殺とも考え難い」

 「確かに、そうだ」

 「そこで、こんな都市伝説が広まっている。あの川の神様の怒りに触れた者は、いつかカワラベによって水中に引き込まれ、殺されると」

 「ん? その、川の神様とかカワラベってのは何だ?」

 「川の神様というのは、御逆川でまつられている水神みずがみ様のことね。それから、カワラベというのは、この辺りにおけるよ。会長さん、もしかして、その溺死体できしたいの他にも水難に遭った人というのがいるのでは?」

 「その通り。だからこそ、カワラベの噂が伝播でんぱしたといえるわけだが、優秀なる我がオカ研研究員の調査によれば、本校の生徒で、御逆川沿いに下校中、突如として、全身に水を浴びせかけられたという者がいる。その日は快晴で、近くに建物があるわけでもない、周囲に人影を見たわけでもない。つまり、これはカワラベの仕業以外に考えられないというわけだ」

 「興味深いお話です」

 「伝えたかった話はそれだけだ。我々は何故たたりが起きたのか、引き続き調査を行うつもりでいる。それでは、失礼する」

 冬子たちは礼をして、如月が退室するのを見送った。

 「カワラベの噂ね……カワラベが水害をもたらしたという話は聞いたことがあるけれど、今回の件は随分と直接的な害意を感じるわね……」

 冬子は、本棚からこの地方の民俗に関する本を手に取り、静かに呟いた。

 「これに関しては冬子の知識がないと、どうしようもないな」

 「カワラベですか……祖母から、川で遊ぶときはカワラベに気をつけなさいと、小さい頃よく言われました。特に、大雨が降った後は、カワラベにさらわれてしまうから、川には近づくなとか」

 「あぁ、それならアタシも聞いたことがあるよ。あれは、カワラベのことだったんだな。むしろ、一度くらい会ってみたいもんだけどなあ」

 冬子は本を閉じると、それを本棚に戻し、玲子たちの方へと振り返った。

 「とりあえず、現地に向かってみたいところだけれど、溺死事件の調査を先に済ませておきたいから……そうね、現地調査は明日の放課後からということにしましょう。御逆川の水神様について知るのに、明日ほど相応ふさわしい日はないわ」

 「何かあるのか?」

 「明日は年に一度の水神祭りの日よ。ユウレイ絵画の件といい、今回の件といい、偶然に恵まれているわ」

 「そういやそんな季節か。まぁ、ここまで都合がいいと、必然かもしれないな」

 「フフ、これに関しては、喜ぶべきことだわ」

 「あの、浴衣を準備したほうがいいですか?」

 「その必要はないわ、りさぽん。明日の放課後もここに一度集合して、制服のままお祭りに向かうことにしましょう」

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