第3話
「ただいまぁ。」
珍しく寄り道せずに学校から帰った。学校に残ってすることもなく、何かするにも誰もつかまらなかったので仕方なしに帰ってきた感じだ。リビングに行くと、母親がテーブルでお菓子をつまみながらテレビを見ていた。
「あら、綾。お帰りなさい。」
私の姿が視界に入って、ようやく私の帰宅に気付いたらしい。まったくこの人は、と思うが私も人のことは言えない。私の場合は誰が入ってきても全く気付かないし。
「そうそう、聴いてよ綾。」
これまた珍しく、母親の方から話題を振ってくる。何か面白いゴシップでもあったのか。
「久しぶりにお話しようと思って昌平君ところに電話したんだけど、繋がらないの。」
ちょっと間が空く。最初は、何を言いたいのか分からなかった。でも、なんか嫌な予感がした。
「は?出かけてるだけでしょ。そんないつもすぐに電話に出られたら、逆に怖いわよ。」
そんな私の言葉は、手を振るという動作だけで否定された。背中を、言いようの無い嫌な感触が走る。
「違うのよ、電話番号が使われてないって言われるのよ。何度番号確認して間違いなかったし。この間まで普通に話していたのに、一体どうしたのかしら。」
一瞬、頭が白くなった。言葉を聴いて、その意味を理解するまで時間が必要だった。母親はまだ何かを話しているが、その言葉は私の耳には届かない。
電話番号が変わってる?何の連絡もなしに、なんでだろう。あれ?これから私、何かをしようとしてなかったっけ。そうだ、自分の気持ちに整理をつけて昌平に会いに行こうとしていたんだ。でも、電話番号が変わってるって。いや、電話番号だけを変えたのかもしれない。そうだ、電話が通じないくらいで引っ越したなんて考えは安直だ。
そうだ。
「連絡先が変わったのなら、連絡くらい欲しいわよね。綾、あなた昌平君から何か聞いてない?」
「え?ううん、何も聞いてないよ。まったくどうしたんだろうね。あ、私着替えてくるね。」
半分まくし立てるように答えると、私は足早に自分の部屋に戻った。
バタンと後ろ手に扉を閉めて、そのまま扉に寄りかかる。動機がひどい、とても嫌な予感がする。大丈夫だと自分に言い聞かせる。このまま永遠のお別れなんて無い、と。それでも不安は拭えない。むしろ、不安ばかりが大きく膨らんでいく。もう、昌平とはずっと会えない、そんな気がした。
「いや、まだだ。」
口に出して、自分を励ます。そう、まだ決まった訳ではない。電話が通じないならその場所に行ってみればいい。私は昌平の引越し先も知っている。その住所に行ってみればいいのだ。
手早く着替えを済ませる。机の上に投げ出されたままのメモを手に取り、書かれている住所を確認する。よし。
「出かけてくる。」
言葉もそこそこに、私は家を出た。
電車を乗り継ぎ、揺られること三十分。降りた駅で地図を探し位置を確認する。駅からさらに十分程度の距離らしい。普段は降りないような駅。買い物や遊びに出るなら逆方向、来ることがあるとしても通過駅に過ぎない、郊外にある駅だ。街の中心から離れているせいか、落ち着いた雰囲気のあるいいところだと思う。
近くを川が流れている。遠回りになるけど景色がよさそうだし、せっかくだからそっちを通っていこう。
川沿いに道が舗装されていて、人が歩けるようになっている。私はそこを歩く。時間はもう夕方。陽は傾き、暗くなり始めている。この時間はいつもそうなのか、それともたまたまなのか、この道を歩いているのは私だけだった。
歩きながら、ふと考える。一時間にも満たない距離。たったそれだけの距離なのに、私にはとても遠い。実際に来てみれば驚くほど簡単に辿り着けるのに、会う理由を探すのに躍起になって、会いに行くことを遠ざけてしまっていた。
「ほんと、こんなに近かったんだ。」
思わず声に出てしまう。今までくだらない理由でためらっていた自分がバカみたいで、ちょっと恥ずかしい。会いたければ会えば良かったんだ。友乃の言う通りだったな、私は下らないことにこだわり過ぎていた。
電柱に書いてある番地を見て、メモを確認する。そろそろ昌平の家のはずだ。駅前の地図を見る限り、住所の先は住宅街らしかった。もう川沿いから中に入らないと、行き過ぎてしまう。見晴らしの良い景色に別れを告げ、私は住宅街の中へと入ることにした。
「えと、この辺りのはず。……あった。」
昌平の家は、角にあったので見つけやすかった。こじんまりとした一軒家。狭い敷地に、車を入れるだけの場所を確保するを除いて、残った土地をめいいっぱい使って立てられた二階建て。日本でよく見る、これといった特徴も無い、逆に言うと特徴が無いのが特徴の、ごく普通の家だ。メモを見て、もう一度確認する。うん、ここだ。
インターホンを押そうとして、ふと違和感を覚えた。何かが違う、と頭の中で私に呼びかける。インターホンに指をかけた状態で、違和感の正体を探す。一体何が違うというのだろう。ただ、この違和感はとても嫌な予兆のような気がしてならない。早く違和感の元を探さないといけない。
「表札が、ない?」
違和感の正体はそれだった。本来あるべき場所に、表札が掛けられていなかったのだ。掛ける場所はあるけど、そこには昌平の苗字、『和良』とかかれた表札は掛けられていなかった。私の中で、嫌な予感がさらに膨らむ。きっと、その予感は嘘だ。
頭を振って、止めたままだった指を動かした。
世界は静かなままだった。
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