第6話

 友乃が昌平を探しに行ったのは、実は昨日のことだったらしい。私は実際に友乃が昌平を見たという場所を教えてもらって、学校が終わってから直接そこへと向かった。


 あれから、友乃は泣いて何度も謝ってきた。友乃のあんな姿を見たのは初めてだった。友乃の謝罪の言葉に対しては、やっぱり何も言えなかった。それは、友乃が許せないわけじゃなく、そもそも許す必要が無いから。

 私は友乃が憎くなんか無い。


 ―――すぐに仲直りできるよね?

 ―――明日会ったら、普通に話せるかな?


 友乃という親友を失うのは、嫌だ。明日会ったら、いつも通りに挨拶しよう。少し気まずいかもしれないけど、いつも通りに接しよう。



 私は制服のまま、そこに立っていた。昌平が来るのを待っていた。来るという確証はないけれど、きっと来る。そう信じてる。

 体を震わせながら、白い息を吐き出す。もう少し暖かい格好をして来るべきだった。最近は学校が終わっても寄り道して帰るようなことはなかったし、そういう準備はしていなかった。せめて手袋とカイロをコンビニで買っておけばよかったな、と少しだけ後悔。今コンビニに行ったら、その間に昌平が来てしまうかもしれない。まあ、もう来てしまった可能性もあるんだけど。

 このまま待ち続けたら風邪引いちゃうかも。冷たくなった指先を暖めようと、合わせた手に向かって息を吐く。いつ頃来るかな?

 そう言えば今は何時だろうか、携帯を取り出して時間を確認しようとした時だった。


「綾?」


 突然、名前を呼ばれた。


 ちょっと頼りなさそうな声。ここ暫く聴いていなかったけど、懐かしい、聴きなれた声。不意を突かれたので、びっくりして思わず携帯を落としそうになってしまった。

 私はバレ無いように小さく深呼吸し、ゆっくりと声のした方を向いた。

「よっ。何やってんのよ。」

 目の前には自転車に乗った昌平がいた。少しだけ離れたところに、片足を着いて立っている。デニムのパンツに上はダウンジャケット。首には地味な茶色のマフラーを巻いている。特にこれといった特徴が無いのが特徴。本人に言うと怒るけど、笑うと案外可愛いその顔は、今は驚きの表情を隠せない様子だ。

 私の目の前に昌平がいる。そんな彼は私の記憶の中に居る昌平と同じで、髪は短く、ツンツンに立てていた。うん、本物の昌平だ。

 昌平の乗っている自転車に目を向けると、後ろの荷台には新聞が積まれていた。新聞配達をやっているってのは本当のようだった。

「何って。そういうお前こそ、何やってんだよ。こんなところで、こんな時間に。」

 まさかこんな所で会うとは思っていなかっただろう。昌平はちょっとバツが悪そうに目をそらす。それはもしかしたら、照れ隠しなのかもしれない。

「昌平に会いに来た。」

 私は正直に言った。もう隠すことはない。最初から何も隠してないような気もするけれど、そろそろハッキリさせたい。一つ一つはとても小さくても、積もった話もある。

「会いに来たって、何か用か?」

 以前の私は、この言葉を恐れていた。そう言われたら、理由が無いと思い込んでいた私は、帰るしかないと思っていた。でも今は、そんなことはどうでも良かった。

「君に会いたかったからだよ。それに、話したいこともあるしね。時間、ある?」

私は後ろの荷物を気にしながら聞いた。まだ配達の途中だろう、さすがに仕事の途中なのを邪魔するのは悪い気がした。

「いや、配達はもう済んだんだ。これは余りと言うか予備と言うか。とにかく気にしなくていいよ。」

 早く帰らないと怒られるけど、と昌平は言いながら自転車を降りた。

「近くに公園があるから、そこに行こう。」

 そう言って昌平は自転車を引いて歩き出した。私はその横に並んで一緒に公園へと向かった。その間は私も昌平も一言も口をきかなかったけど、昌平の横顔を見ていると、暖かい何かで心が満たされる気がした。



「ここに座るか。」

 そう言って立ち止まったのは、公園のベンチの前。では無くて、丘のようになっている芝生の上。ベンチがある辺りは親子連れやらで、人が多かったので止めにしたのだ。ちょうど人が少なかった丘の辺りにしようということになった。さすがに自転車でここまで来るわけには行かなかったので、目に見える場所に止めてある。

 まず昌平が座り、私がその左に腰を下ろした。正面には少し大きい池があり、丁度それを並んで眺めるかたちになった。池の前には子連れのお母さん達がいて、世間話に華を咲かせているようだ。子供は子供同士で、お互いにじゃれあっている。

 暫く、二人でぼんやり公園の光景を眺めていた。なかなか話し出すことが出来なかった。でも、言っておかなければならないことがある。絶対に、伝えたい。

「あの、さ。」

 私は前を見ながら、昌平の方は向かずに話し始めた。

「何で引っ越したの?かなり急だったじゃん。クラスのみんなも心配してたよ、何があったんだろうって。」

 私は心の中で首を振る。違う、こんなことを話したいんじゃない。聴きたいんじゃない。

「それにさ、連絡取ろうと思ったら、電話通じないし。引っ越し先の住所まで行ってみたら誰も居ないし。びっくりしたよ。」

 小さく笑いながら、音信不通は勘弁してよ、と言った。それから少しの間があった。それは、私が黙って出来た間で、それを破ったのは昌平だった。

「あの場所、行ったんだ?」

 昌平が、やはり私を見ずに前を向いて呟いた。そして話し出した。そう、まるで独り言のように。

「親、離婚したんだ。」


 え?と思わず聞き返してしまった。昌平は、そんな私を気にせず話を続けた。

「親父が、浮気してたらしくてさ。それがおかんにバレて、大喧嘩。そして収集が付けられなくなって、お互いにギクシャクした関係になって、もう家族ごっこなんて出来ないって。そして、離婚したんだ。それが、転校してからひと月たった頃かな。俺はおかんについていくことにした。経済的には親父と暮らせば問題無かったんだけど。なんか、親父とは一緒に暮らせる気がしなかったんだよな。浮気がバレた時の、親父の開き直ってる態度見てたらさ、なんかもう信じられなくなった。嘘つくのって、最低だよな。しかもバレたら開き直るって何だよ?あんなのを親父とは呼べないな。だからおかんと一緒に出て行くことにしたんだ。で、あの場所からまた引っ越すことになった。」

 それから、昌平はこれまでのことを話してくれた。昌平と、昌平のお母さんと二人で暮らすことになったこと。ろくに慰謝料がもらえずに生活が楽ではないこと。お父さんとはその慰謝料のことで揉めていて、裁判中であること。お母さんは慣れないパートを始めて、昌平も朝と夕方は新聞配達のバイトをして生活費を稼いでいること。

 現在お父さんは浮気相手だった女性からも、手切れ金を要求されていて、板ばさみ状態になっているらしい。それもまた大層な額だったらしく、その両方から逃げるように姿をくらましてしまった、と。


「だから、それから話が進んでないんだよね。おかげで僕達は生活が苦しいまま。おかんも仕事と家事と両方やるの辛そうだし、バイト代が少しでも足しになればって思ってるけどね。まったく、あいつはどこで何をやってることやら。」

 苦笑いをして、まあどこかで生きてるだろうけど、と昌平は言った。その声が、辛そうだった。


 それから昌平は黙ってしまった。私は何と言っていいかわからず、同じく黙っているしかなかった。どれだけ経っただろうか、かなりの時間が経ったような気がした。沈黙のせいでそう感じただけかもしれないけど。不意に、強い風が吹いた。そう長いわけではない髪が乱され、思わず左手で髪を押さえる。冬の冷えた空気と強い風でさらされた体が、思わず震えた。そう言えば防寒を全然していなかったんだ、すっかり忘れていた。

「これ、着てなよ。」

 突然、今まで感じていた冷たい風が遮られる。肩に何かが掛けられた。見ると、それは昌平が着ていたダウンジャケットだった。少しだけサイズの大きいそれは、私の体を優しく包み込んでくれた。とても暖かい、今まで昌平が着ていた温もりを感じる。これは嬉しいけど、私の換わりに薄着になってしまった昌平を見た。その視線の意味を読み取ったのか、昌平が笑いながら言った。

「まだマフラーがあるから大丈夫だよ。それに、寒さには結構強いんだ。」

 部活の時は真冬でも半袖短パンなんだぞ?と強がっていた。私は、彼の見栄と、強がりと、優しさに、ちょっとだけ甘えることにした。

「うん、ありがと。」

 私が微笑むと、彼もそれに釣られて笑った。でもそれはあまり長く続かなかった。昌平は真面目な顔に戻ると、少し考える素振りを見せた後、私に話しかけてきた。本当に、真剣な、顔で。

「ごめん。僕は綾に謝らないといけない。」

 いきなりそんなことを言ってきた。何のことだろう、突然引っ越してしまったことだろうか。私に黙って居なくなってしまった事だろうか。

「僕は、嘘つきだ。」

 彼は何を言っているんだろう、言っている意味が分からない。

「子供の頃のこと、覚えてるかな。小学生の頃、四年生くらいだったかな?その頃、僕が苛められていたの、覚えてるかな。」

 私は頷く。私と昌平は四年生のときに同じクラスになった。二学期になって昌平が引っ越してきたのだ。

 越してきた場所は私の家の近くだった。ご近所ということで親同士が仲良くなり、それに合わせて私たちも仲良くなった。私たちはいつも一緒に帰っていた。それが苛めの原因だった。

 私は同じクラスの女子に軽く冷やかされるくらいで、特に苛められることはなかったが、昌平はそれですまなかった。女子と仲良くしてる、と言うことで男子から仲間外れにされた。引っ越してたばかりで友達が居ないのに、最初に女子の私と仲良くなってしまったばかりに、他の男子から完全に敵視されるようになってしまったのだ。

 ことある毎に因縁をつけられ、からかわれ、泣かされていた。もちろん、先生の目の届かないところで。何故かその頃の男子は、男子だけで集まり、女子と一緒に居ることを嫌う。そして女子と一緒にいる男子を敵として、自分達の輪から締め出していた。男子って本当に幼いな、と幼いながら思ったものだ。実際、今でもそう思うし。

「あの頃は、綾に随分と助けられたな。」

 その頃、ちょっとだけお転婆で、ちょっとだけ気の強かった私は、昌平が苛められているのを見つけると他の男子に食って掛かっていた。生意気だと言われながらも、泣いている昌平を後ろに、多勢に無勢でも負けなかった。大体は口げんかで、お互いを罵り合っていた。さすがに暴力を振るわれることはなかったが、大勢に囲まれて悪口を言われるのはさすがにつらい。時々挫けそうになることもあった。でも、昌平の為に負けるわけにはいかないと思っていた。何故かは分からない。ご近所さんのお友達だからだろうか。もしかしたら、その頃から昌平のことを好きになっていたのかもしれない。

「守られてるのは格好悪いと思った。だから、嘘をついたんだ。」

 いつの頃からか、昌平は苛められなくなっていた。それは確か、昌平が空手道場に通いだしたと聞いた頃からだった。

「空手を習っていると言ったんだ。そのうち仕返しにお前らをボコボコにしてやるって、今は我慢しているけど、それが出来なくなったらどうなるか分からないぞって。そんなの信じるバカがいるか、泣き虫の癖にって言われた。女子の後ろに隠れて泣いてるだけの癖してって。そりゃそうだよね、実際そうだったんだし。でも、もう守られてるだけなのは嫌だったから、精一杯抵抗することにしたんだ。そして、ケンカになった。そしてたまたま、本当にたまたま出した手が、相手のみぞおちに入ったんだ。相手を一発で泣かした。やったことなんて無かった、習っているのなんて嘘だった。でも、それで苛められることは無くなった。あいつに関わると、パンチ一発で泣かされるって噂されてたよ。」

 あぁ、確かに聞いた事がある。一発で泣かした子はリーダー的な存在だったらしい。それで、あいつは実は強いと噂され、苛められることは無くなった。

「で、ある時、綾に聴かれたんだ。空手習ってるの本当?って。僕は焦ったよ。その場でついた嘘だったんだ。苛められなくなって、それで良かったって安心してた。でも綾に訊かれたときに、気付いたんだ。自分が嘘を付いていたってことに。でも、本当はやってないって言うのが恥ずかしかった。綾に、弱い人間だってばれるのが嫌だった。だから、空手を習ってるって嘘を付いた。」

 そう、私は一度、訊いた事がある。だって、いつも一緒に帰っていて、一緒に遊んでいるはずなのに、昌平が空手を始めたのなら私は知らないなんておかしい。空手をやってるって噂を聞いて、昌平に確かめたことがあった。それから暫くして、私と昌平の遊ぶ時間が少しだけ減った。

「そしたら、強くなったら私を守ってねと言われた。習ってなんかいないのに、強くなんかないのにそんなこと出来ないと思ったよ。でも、約束したんだ。君の嬉しそうな顔には勝てなかった。そして、僕は本当に習うことにしたんだ。嘘がばれない様に。」

 習ってないなんて分かっていた。でも、昌平が苛められなくなったのが嬉しくて、そんなことを言った記憶がある。自信の無さそうだった昌平に、自信を持って欲しくて。

「中学の頃、サッカーの試合を見に行ったことがあったよね。その帰り、綾はサッカー選手ってカッコいい!って言ったよね。それに、僕はサッカー上手いよって言ったんだ。サッカーなんて体育の授業以外でやったこと無かった。上手くも無かったよ。」

 これも知っている。何で見え透いた嘘を言うんだろうって思った。ちょっとからかったら、昌平はムキになって怒った。そしてその後、昌平と一緒に帰ることが少なくなった。

「綾に凄いって言って貰いたくて、カッコいいと言って貰いたくて、嘘を付いた。そして、それがバレ無いように独りで練習を始めたんだ。」

 私が独りで帰るようになってから、見かけたことがある。やはり独りで、サッカーの練習をしている昌平の姿を。そして高校に入ってから、昌平はサッカー部に入った。


―――それから、昌平は自分の嘘を告白し続けた。


 それは、どれこもれも知っていることばかりだった。小学生、中学生、高校生、それぞれの時に付いた嘘。例えばそれは些細なこと。ちょっとした見栄で、格好いいところを見せたくて付くような嘘。その場限りで、忘れられてしまうような会話の中に紛れ込んだ嘘の一言。

 他の人だったらすぐに忘れてしまうような、そんな事を、昌平はよしとしなかった。昌平は嘘を付いた後で、それがバレないように努力をしていた。空手を習ってると言った後では本当に空手を習いだし、下手なくせにサッカーが上手いと言った後では、一人隠れて毎日、日が暮れるまで練習をするくらいに。

 そして、私はそれらを全部知っていた。いつも一緒に居てバレることが無いと思っていたのか、昌平はバレバレの嘘をよく付いた。そしてそのバレバレの嘘を、彼は本当のことへと変えていったのだ。ひとつ残らず。それは、嘘を嘘とバレなくする為。でも、そんなことをしたら、嘘はもう嘘じゃないと思う。そんなことを考え、少しだけおかしくなった。きっと昌平はそれに気が付いていないんだ。

「僕は、ずっと嘘をついていたんだ。」

 昌平は黙って、こちらを向いた。

「僕は、護れるほど強くなりたかった。だから、必死で強くなろうとした。でも、出来ることは嘘を付くことと、嘘をばれないようにすることだけだった。僕は弱い人間なんだ。でも、綾を護れるようになりたかったのに、してきたことは嘘ばかりだ。結局強くなんかなれなかった。でも、ふと思うときがあるんだ、変わらずにいたいって。僕は大切な人に、護られるほど弱い人間のままでいたいって。」

 なんて矛盾した言葉だろう、と感じた。でも、なんとなく気持ちは分かる。強くなりたいという気持ちと、誰かに護られたいという気持ち。それはきっと、自分が弱いから抱く気持ち。自分が弱いから、誰かに護ってもらいたい。弱い自分が嫌だから、強くなりたい。

 私だって、似たような気持ちを持っている。私は自分のことを強い人間だとは思わない。だから、他の人を護れるような強い人には憧れるし、なりたいと思うことがある。逆に、そんな人に護られたいと思うことも。そして、その時に護りたかったり、護られたいと思う相手は、昌平だ。

「だから転校するときも、親が離婚してまた引っ越さなくちゃいけない時も、連絡することが出来なかった。僕に、綾のことを護れない僕には、そんなことをする理由がない。」

 ちょっと待て。今、昌平は会う理由と言ったか。なんだ、昌平も同じことを悩んでいたんだ。私と同じどうしようもなく、くだらない事を。私は、昌平を見つめて思わず笑ってしまった。突然、何か馬鹿らしくなり、とても可笑しく思えてきたのだ。

 昌平はキョトンとしていた。それはそうだろう、いきなり笑われても何のことだか分かるはずがない。私は昌平が何かを言う前に口を開いた。そう、今度は私が話す番だ。


「ごめん、昌平。全部知ってた。」


 暫く沈黙が続いた。

 それから、え、と私を見つめたまま昌平は呟く。

「全部知ってたんだよ、昌平が嘘ついてたの。だって、昌平嘘が下手なんだもん。それにさ、ずっと一緒に居る私を上手く騙せると、本気で思ってた?私には全て、分かってたんだよ、その時何で嘘を付いたのかも。」

 昌平は目を丸くしていた。やっぱり嘘がばれてないと疑ってなかったんだ。

「それにね、昌平は嘘つきなんかじゃない。だって、昌平はその嘘を全部本当のことに変えてたじゃない。嘘を付いた後に、一生懸命頑張ってた。その度に私が昌平と一緒に居る時間が減るのが少し寂しかったけど。昌平が付いた嘘は、全部、嘘じゃなくて本当のことになった。そのことも、私は知ってるよ。私はそんなことが出来る人、凄いと思う。言ったことを全部、本当にやっちゃうんだもん。私は思うの、昌平は嘘なんかついてない。昌平は、正直者だよ。」

 昌平は、少し戸惑っているようだった。そして目をそらした。

「なんだ、ばれてたのか。それも、全部。」

 頬を人差し指でかきながら、苦笑する。そして、上手く騙せると思っていたのに、と言った。私を騙すなんて、昌平にはずっと無理だろう。

「それにね、私にとってはずっと、強くて頼りがいのある男の子だったよ。私が困ってるときは必ず、助けてくれた。ずっと私のことを護ってくれてたよ。」

 そう言ってから、私は昌平の頭に手をやり、自分の胸元へ引き込む。そして、そのまま両腕でしっかりと抱いた。昌平には抵抗する暇を与えなかった。やっと状況を把握した昌平が、緊張で固まるのが分かる。ちょっと恥ずかしいけど、こうしていたい。やっと会えたんだもの、離したくなんかない。

「私の前でたまには弱いところを見せてよ。昌平、ずっと強がってるんだもん。そんなんじゃ糸が切れちゃうよ。私の前でくらい、弱いところ見せてくれて良いんだよ。じゃないと私が寂しいよ。」

 昌平は動かない。私が抱いたまま片方の手で頭を撫でてやると、ピクリと反応した。寝てはいないらしい。

「私もね、昌平のことを護りたいよ。ずっと護られてるのは嫌。たまには、私にも護らせて。」


 それきり、私は黙った。黙っている間はずっと昌平の頭を撫でていた。胸元から昌平の呼吸が聞こえる。

 すうっと、昌平が大きく息をするのが分かった。

「なんだ、そんなことで良かったんだ。」

 短い言葉だった。でもそこには、とても力の抜けた、何かを悟ったかのような響きがあった。昌平が身じろぎをして、今度は私が体を緊張させた。この状態で体を動かされると、思わず身構えてしまう。そっと、昌平の手が私の腕に掛けらる。私の腕を優しく握り、そして、昌平の頭から腕をどかされる。昌平はゆっくりと身を起こすと、私の顔を見つめる。

「もしかして、意外と簡単なことだったのかな。」

 自分に言い聞かせるような、私に尋ねているような、中途半端な物言い。私はその言葉に答えた。

「うん、簡単なことなんだよ。お互い力を抜いていればいい、それだけのこと。昌平が護ってくれるときは私が護られて、私が護るときは昌平が護られる。とても簡単でしょ?」

「だな。」

 二人で笑った。大きな声ではないけれど、少しの間だけ、笑いあっていた。そして、笑い終えた後、また二人で見つめ合う。そうだ、まだ言っていないことがある。

「昌平、さっき連絡する理由が無いって言ったよね?それ、私も同じ気持ちだったの。会いたいけど、会う理由が見つからなくて、ずっと迷ってた。会うための理由を探して、その理由を否定されたらどうしようって。でも、そんなことはどうでもよかったみたい。だって、会いたいっていうのがその時の私にとって全てだったんだもん。」

 私は手を自分の胸に当てて言う。目を閉じると、自分の鼓動を感じる。手にもその鼓動が伝わっている。自分の気持ちを確かめる。


 ―――うん、言える。


「私ね、昌平のことが好き。友達とか幼馴染としてじゃなくて、男の子として、好きだよ。」


 そんなに大きな声で言ったわけではないけれど、その言葉が響いたような気がした。気が付くと周りには人影は無く、静けさが辺りに漂っていた。発した声はすぐに消えてしまったけど、その言葉は暫く留まっているように感じた。伝えたい気持ちが、やっと言えた。

「うん、僕も綾のことが好きだ。」

 頷いて、昌平が優しく微笑んでくれた。嬉しい。思わず涙が出そうになる。両手で顔を押さえ、泣きそうになるのを隠した。



 もっと二人で居たかったが、もう日が沈んで暗くなっていた。辺りには人影はもう無く、まるでこの世に二人だけで居るような気分だった。それも良いな、と私は思った。


 私と昌平は二人並んで公園を出た。手を繋いで。

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