B-降臨(黒歴史)

 代用品を使うことに、不安が無かったかと聞かれれば、無かったと言い切れる。

 なにせ、本当に『界渡り』とやらができるとは思っていなかったから。


 本当に世界から逸脱できるのだと知っていれば、装備を整えて挑んだものを……今更、やり直しを願ったところで後の祭りだ。わっしょい、わっしょい。




 わたしが降り立ったのは、聖都ラキウスと呼ばれる白を基調とした建物が美しい、海辺の街だった。


 降り立つ、と表現したのは理由がある。


 その時の事を思い出しても、顔から火が出る。

 ベッドに潜り込んでのたうち回り、布団でみの虫になりたくなる。

 壁を相手に、ヘッドバンディングしたくなる。


 小っ恥ずかしいことに、わたしはその聖都の中心にそびえ立つ『祈りの棟』に天空から舞い降りたのだ。

 この世界の伝説そのままに、まるで『天人あまびと様』のように『降臨こうりん☆』ごふっ……いけない、持病の癪が。わたしの精神力は風前のトモシビよ?



 降臨もアレだが、着ていた服も悪かった。

 いや、最悪だった!


 ひと月前にわたしの二十回目の誕生日を祝って、もう十数年来の友人が「男ができたら、コレを着て悩殺するがいい。女子力の足りぬ、我が愚友よ」という言葉と共に贈ってくれた、ふりっふりの真っ白ベビードールなんかを着ていたのだから。


 魔道書のせいだ、清純なる白き衣を纏いて行うべし、なんて書くからだ。



 くそったれ! くそったれ!



 わたしは黒系の服しか持ってねぇんだよ! 白系の服なんて、カレー染みがついてお蔵入りになった白Yシャツくらいなんだよ!


 引っ張り出してきた、ベビードールに精神力を削られながらも袖を通してしまった自分は悪くない、むしろよく頑張ったと褒めよう!

 褒めるのは自分しかできないことなのだから!

 がんばった、がんばったよ自分っ!



「あの、天人様?」


 おずおずと、長身のメイドがわたしの着替えを手伝いながら、心配そうな顔をしてこちらを窺ってくる。

 いくら言っても、名前じゃ無くて天人やくしょくで呼ぶから、こっちだって名前なんか覚えてやんない。

 うしろに立った彼女から、脇の下を通して前に渡された帯の端を受け取り、体の前で手早く結ぶ。

「ありがとう。下がっていいわ」

「はい」

 前だけを見つめ、彼女の方は一切見ずにそう言えば。メイドはそっと頭を下げ、部屋を出て行く。

 白を基調としたこぢんまりとした部屋で、ため息を一つついて足を前に踏み出した。



 部屋にはそぐわない広いベランダに出て、窓の下に集まる赤、青、緑……極彩色の髪色を見下ろす。



 ――くそっ、吐き気がするっ!




 昨日飲み過ぎたせいだ。

 二十歳を過ぎたからお酒解禁だもん☆ と調子に乗りすぎた。


 一緒に飲んでた、ゴルゴ……ゴルベット隊長が秘蔵の瓶を出してくれたのも悪い。

 くそ、口当たりのいいやつを、ヤツの制止を振り切って吞んだのが悪かったのか。

 チャンポンは駄目だと、兄も言っていたのに。


 二日酔いの顔のまま、手を肩の位置までゆっくりと持ち上げて、左右に振る。


「「「ぅぉぉおおおおおおぉぉっ!!」」」


 会場から沸き上がるどよめきは、歓喜の声らしい。

 雄々しい。そして、暑苦しい。二日酔いの頭に響く。はーきーそう、うっぷ……。

 この素晴らしいステージ、いやベランダから、キラキラと汚物をふりまくのはさすがに駄目だ。我慢しろ、自分。


 筋肉の群れは、この街を守る肉の壁、ああ、言い過ぎた、街を守る精☆鋭☆達。


 肉の壁である彼らのモチベーションを高くしておくために、毎朝の日課として、この朝の挨拶が義務づけられている。



 日課が終われば、もう一眠りだ。

 法衣を来たままベッドにダイブして、目を閉じた。


 二度寝サイコー……

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