Aからはじまる異界のはなし

会庭初春

Aーはじまり

 はじまりは、他愛の無い好奇心だった。

 魔道書なるものを入手してしまったら、きっと誰でも開きたくなるだろう? 少なくともわたしはそうだ。


 いつからそこに在るのかわからないような、おんぼろの古書店……そう古本屋ではなく、コショテンという呼び名が相応しい佇まいのその店で、わたしはその本と出会った。


 店の奥、店主が微睡むレジカウンターの並び。他の本と一緒に、だけど明らかに異彩を放って……わたしには見えた。

 その本を手にし、五百円均一という謳い文句の棚の札を確認してから、恐る恐る眠る店主を起こして会計をした。

 本の裏に貼られた、値札のシールがとても不似合いだったので。購入と同時にそれを剥がした。


 予定していた他の買い物を取りやめて、まっすぐに家に帰る。



 着替えるのももどかしく。古びた、だけど華やかさを色濃く残している硬いその表紙をゆっくりと開いた。

 羊皮紙というものにはじめて触れた感動。そして、書かれている文字が日本語であることに戸惑いながら、指でその赤い文字をなぞる。


「満月、血、四つ足の獣の肉、ろうそく、白檀、透き通った水――」


 カレンダーを見れば、丁度今日は満月。それもビックムーンが見れる日だ。


 血……先月職場の創立五十周年の記念品として貰った、赤ワインがある。

 肉……カレーを作ろうと思って買ってきた、豚肉。

 ろうそく、白檀……お仏壇から借りる、白檀の香りのお線香はお気に入り。

 水……水道水をコップに汲んだ。


 羊皮紙に書かれていた図柄を、自室に広げたブルーシートの上にチョークで書き写す。

 祭壇に見立てた、フリマで五百円で……あ、これも五百円だった。妙に五百円に縁があるなと思いながら、オレンジ色の小さなテーブルに、御供物を並べあげる。



 そして、天窓の中心に満月がくるのを座して待った。

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