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ごめんね。ちょっと頭がくらくらしちゃった。ううん。全然気にしてないから大丈夫。それにしてもA君って結構大胆なことするんだね。A君の立場からすれば、わたしのことなんて放っておいたっていいのに……こんな……
怒ってるかって? そんなわけないでしょ。そりゃ痛いことは痛いけど……だってわたし、A君のこと好きなんだもん。子供の頃からずっとずっと好きだったんだもん。
でも、その反応を見る限りだとA君は違うみたいだね。こういうことするのも、わたしが特別好きだからってわけじゃないんだ。
ねえ、教えて。A君にとって、わたしってどんな存在だった?
ただのおせっかいな幼馴染? この街に戻ってきたことも、お弁当作ってあげたことも、毎日一緒に下校しようって誘うのも全部A君にとってはわずらしいことだった?
だったらごめんね。でも、わたし本当にA君のことが好きだったの。その気持ちに嘘はない。本当だよ? A君にだったら何をされたって許しちゃうんだから……
それにね、わたし嬉しいんだ。
だって、ずっと無理だって諦めてたから。だってA君、わたしに限らず女の子にちっとも興味を示さないんだもん。わたし、A君のことは好きだけど、普通のカップルみたいになれるなんて思いもしなかった。だから、どういう形であれ、わたしの体を使ってA君を満足させられるなら、それほど嬉しいことはないんだよ?
そう、A君の好きにして。きっと、これがわたしが本当に望んだことなんだと思う。むかしからずっと。あの日、ここでA君を守るんだって決意してからずっと。
あの日、みんな首を傾げてたでしょ。あのおとなしいA君がどうして家出なんてしたんだろうって。それも自分の誕生日なんかにって。ふふ、わたしだけがA君の家出の理由を知ってたんだよね。
橋の下でうずくまる背中を見て、わたし、すぐにA君だって気づいたよ。でも、びっくりさせようと思ってこっそり近づいたのに、まさか自分がびっくりする羽目になるなんて思いもしなかったな。ふふ、でもA君もかなりびっくりしてたか。そうだよね。あんなことしてるとこ見られたら誰だって驚くか。
わたし、A君のことは何でも知ってるつもりだったけど、さすがに最初は自分の見たものが信じられなかったな。ううん、何が起こっているか理解が追いつかなかったって言う方が正しいかな。
だって、そうでしょ? いったいどうしたら、あの優しいA君と、猫のお腹に手を突っ込んで内臓を引きずり出してる男の子を結び付けられると思う?
それで、たしかわたしが悲鳴を上げちゃったんだよね。自分ではよく覚えてないの。でも、A君が振り向いたってことはたぶんそうだったんでしょ?
あのとき目が合ったよね。わたしね、その瞬間までずっと何かの間違いだって思ってたんだよ。でも、A君の目を見たらすぐにそうじゃないことがわかった。ううん、それだけじゃない。頭の中でいろんなものがつながっていくのがわかった。近所でよく見つかる猫とか鳩の死体、土手に転がってたA君の猫。全部、A君がやったんだよね。
A君もばれたってことに気づいたんでしょ? だから、猫の死体を置いて逃げ出したんだ。ふふ、A君ったら本当に悪い子だよね。いつも後片付けないでどこか行っちゃうんだ。あんな血まみれの手で逃げ回って怪しい目で見られなかったの?
A君が逃げた後の話をするね。わたし、どうすればいいかわからなくて、とりあえず猫を埋めたんだ。そうしてたら不思議だね。自然と考えがまとまってきたの。こんなことしてるのがばれたら、A君はきっとおばさんとか先生に怒られちゃうって。クラスのみんなからいじめられちゃうかもしれないって。
わたしはA君が何をしたって受け入れるつもりだったけど、A君が悲しむのは絶対いやだった。A君がみんなに責められるのを見たくなかった。だから思ったの。これからは自分がA君のことしっかり見守って、監督するんだって。A君がまたかわいそうな動物に悪さをしたら、自分がそれを代わりに片付けるんだって。そうやってA君の秘密を守るんだって。ふふ、そのときはまさか人間の死体まで埋めることになるとは思いもしなかったけど。
わたしがここで見つけたとき、A君言ったよね。「僕、おかしいのかな」って。わたし、すぐに「そんなことない」って言ったでしょ? でも、ごめんね。いまだから正直に言うと、少しだけ怖かった。そのときはまだ猫のお腹に手を突っ込むA君の姿が頭に焼き付いてたし、人や動物をいじめることで興奮する人たちがいるなんて知らなかったから。
ねえ、A君はきっとこういうことすると興奮するんだよね。だから子供のころからずっと続けてきたんでしょ? 猫の頭を潰して真っ二つにして、内蔵を引きずり出してきたんでしょ?
わたし、FBIの心理捜査官って人が書いたノンフィクションを読んだことがあるんだ。わたし、ちょっとでもA君のことが知りたくて色々と勉強したの。
そしたら、快楽殺人って言葉を知ったんだ。わたし、自分のことみたいに嬉しかったんだよ。A君は決して変じゃない。一人じゃないんだって。A君みたいに人や動物を傷つけて興奮する人たちは過去にもたくさんいたんだって。
A君もあれを読めば、自分が決して変じゃないことに気づいたはずだよ。きっとわたしが慰めるよりもよっぽど励みになったなんじゃないかな。あのときは、すぐにでもA君に教えてあげたい気持ちだったな。A君は全然変じゃないんだって。悪くなんかないんだって。だってそういう趣味は自分ではどうしようもできないもんね。
でも、正直言うと少し悲しかったな。
だって、A君は女の子そのものに興味がないってことなんでしょ? わたしがいくらおしゃれしても、がんばってダイエットしても、そんなことA君には何の意味もないんでしょ? わたしが憧れてたようなこと……手をつないだり、キスをしたり、そういうことにも興味がないんでしょ?
わたし、きっとそのことに気づいたからこそ自分の気持ちに蓋をするようになったんだと思う。A君を好きになっても、それが報われることはないんだって。だから、こうしてA君に殺されるのはやっぱり嬉しい。だって、A君がわたしの体で興奮してくれるんだよ? そんなこと夢にも思わなかった。
ああ、でもそうなると、余計あの子が妬ましいかな。
だって、人間を殺したのはあの子が最初だったんでしょ? どうしてわたしにしてくれなかったの? わたし、せっかくならA君のはじめてがほしかったな。
へえ、やっぱりそうなんだ。あの子もずっとA君を守ってきたんだね。A君、わたしが引っ越してからもそういうこと続けてきたんだ。
ふふ、おっちょこちょいなのに、よくばれなかったね。あの子のおかげ? そうだね。そこはわたしからも本当に感謝しないと。うん、あっちで会ったらちゃんと言っておく。
ねえ、A君。やっぱり猫とかあの子にしたみたいにわたしの首も切り落としちゃうの?
ううん、かまわないよ。わたし、A君が思う最高の形で殺してほしいの。思う存分、嬲って、いたぶって、あの子よりもっともっとひどいやり方で殺して。A君がおじいちゃんになったとき、わたしにしたのが人生で一番の体験だったって思い返してくれたら嬉しいな。
言いたいことはそれだけかって? もう、A君がこんなにせっかちだなんて知らなかった。まるで普通の男の子みたい……そうだね、じゃあ最後にひとつだけ約束して。
今度はちゃんと埋めなきゃダメだよ?
きみと帰る道 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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