12

 王都陥落から数日過ぎたころ、カーメルド城塞へと馬脚を鳴らす集団がいた。

 風にはためく旗には赤十字の印が描かれ、トスカル国を含め近隣諸国では知らぬ者はいないであろう、今最も問題視されている聖アルカウン騎士団だ。

 唯一神アラームを崇拝し、その名のもとに善良なる行いをしている。貧しい者や、病に罹った者を保護し、寝床と食事を与える。貧富の差が激しい国からは、特に多くの人間が流れ込んでくる。差別のない空間は、苦しみの末にたどり着いた人にとっては、天国と等しい場所となっていた。

 だが、どれだけの慈善活動を行おうとも、聖騎士団に潤いは与えられない。人々を救ったところで、救われた人々が何かをしてくれるわけではない。 

 それ故に、教皇アルゾフラに不満を持ち始めた騎士達は、内部分裂を起こした。

 教皇に考えを改めてもらうため異を唱えたのは、これまで聖アルカウン騎士団を率いてきた総長ハバククだ。この世界はすべて神アラームのもので、それを崇拝する自分たちはこの世界の全領土を手にすることが赦されている。神アラームの赦しもなく土地を手にする異教徒は地獄へ落とさねばならない、と教皇に訴えた。だが、教皇はハバククの意を受け入れなかった。

 教皇と相いれなかったハバククは、自分の考えに賛同した騎士たちを連れて、城を出て行ってしまった。

 その後、ハバククに賛同した集団は過激派と呼ばれるようになった。それを聞いた過激派は自分たちの事を正統派と言うが、伝統派からしてみれば信仰する神を利用した盗賊も同然だった。

 ハバククは異教徒を地獄へ落とすことを善良なる行いとし、神アラームの土地を奪い返すことが正しき行いだと同志に言い聞かせた。そして、ゴルギアヌスの死を耳にしたハバククは、カーメルド城塞を奪うため動き始めた。

 カーメルド城塞の武将であるフィロタスとレオンナートスは、聖アルカウン騎士団がここカーメルド城塞を狙っていることを知り、頭を悩ませていた。


「フィロタス殿、いかがいたすか?」


このカーメルド城塞の城司であり、最年長でもあるフィロタスは少ない顎鬚を撫でた。


「この最悪の時に」

「王は崩御し、王太子は行方不明。この国はもう終わりなのか・・・」


レオンナートスが頭を抱えてしまった。

 王都から逃げ出してきた兵がいるが、それでも微力にしかならない。このまま城塞が奪われるのを待つしかないのかと二人が嘆いていると、一人の兵がものすごい勢いで入室してきた。


「何事だ?」


ついに聖アルカウン騎士団が攻め込んできたかと、二人の肩に力が入った。


「申し上げます。四獣王家であるバホットと名のる男が現れました」


二人は聞いたことのある名に、すぐに広場に向かった。

 そして、広場に着くと、信じられない光景が飛び込んできた。

 そこにいるのは確かにトスカル国の四獣王家であるバホットだったが、バホットが連れているのは王の首を奪った殷帝国の戦士たちだ。

 二人はバホットに瓜二つの偽物と思った。


「お主、いったい何者だ」


レオンナートスは剣に手をかけた。


「聞いたであろう。僕は四十王家のバホットだ」

「そんな言葉信じられると思うのか!」

「落ち着け、レオンナートス」


黙ってみていたフィロタスが、ようやく口を開いた。


「バホット殿、どういうことなのか説明して頂きたい」


挨拶もなしのフィロタスに、バホットは機嫌を悪くすることもなく、馬上から二人を見下ろした。


「王太子はどこだ?」

「殿下は来ておられぬ。あなたは国を裏切ったのか?」


レオンナートスの怒りのこもった言葉に、バホットは毅然たる態度を崩さない。


「裏切ってなどおらぬ。この国の歴史を正し、真の王が玉座に着くためだ」

「敵国に組しているあなたが正統の王だと仰りたいのか?」

「そうだ」


バホットが本当のことを語っているとは限らない。だけど、今ここでそれを教えてくれるものはいない。二人はどうするべきなのか、判断を下せずにいた。


「王太子がいないのであれば、ここに用はない」


バホットは直ぐにでも馬脚を返そうとした。


「お待ち下さい!」


フィロタスが咄嗟バホットを呼び止めた。レオンナートスは何故引き止めるのか分からず、フィロタスの顔を見た。


「なんだ?」

「聖アルカウン騎士団がこの城を目指しています。あなたが正統の王と仰るのでしたら、ここが落とされては困るのではないのですか?」


バホットは城門の外に目をやった。まだ、聖アルカウン騎士団は見えていない。だが、数日もすれば攻め込んでくるだろう。

 フィロタスはじっと返事を待った。


「ここが落ちるのであればそれまでのこと」


バホットは馬を蹴ると、さっさと城を出て行ってしまった。レオンナートスは苛立ちに土を蹴り、フィロタスは力なく項垂れた。

 それから数日して、カーメルド城塞は聖アルカウン騎士団との二夜を越した攻防の末、聖アルカウン騎士団の手に落ちた。

 多くの兵の命が失われ、フィロタスもカーメルド城塞が墓場となった。

 何とか生き延びたレオンナートスと二百の兵は必死に馬を走らせていた。

 バホットの話ではアルナーが生きていることは確かだ。今アルナーの傍に誰がいるのかは分からないが、無事に生き延びているのであれば、バホットの言っていたことについて問う事もでき、また王都を奪還することも可能かもしれない。

 レオンナートスは僅かな希望を胸に、アルナーを探し求めた。




 * * *




 カーメルド城塞まであと少しというところで、アルナー達は行く手を阻まれていた。


「これは、自然に起こったものではありませんね」


セルゲレンは、行く手を塞ぐ瓦礫の山を調べ始めた。


「どういう事だ?」


スクローレンが問うと、セルゲレンは崖の上を指さした。


「故意に落とされたという事だ。ここで何かがあったのか、それとも誰かがここを通さんとするためにしたのか」

「それが、殿下の行く手を阻むためとも考えられるのか?」

「さあな。そこまでは俺にもわからん。殿下、いかがいたしますか?この岩を除けるのは随分と時間もかかりますし、現状では無理でしょう」


セルゲレンは遠回しに別の道を行くしかないと言いながら、アルナーの指示を仰いだ。が、アルナーは全く別の方向を見ていた。


「殿下、いかがいたしましたか?」


スクローレンが話しかけるも、アルナーは何かを見たままだった。


「カーメルド城塞に向かうのはやめよう」

「え?」


アルナーの突然の進路の変更に、クラルスが声を上げた。


「殿下、何か見えたのですか?」


スクローレンはアルナーと同じ方向をじっと見るが、何も見えなかった。近くに敵が潜んでいる気配もない。


「セルゲレン、この近くに街はあるだろうか?」


アルナーは漸くセルゲレンを振り返った。


「小さな街があったはずです。そちらに向かいますか?」

「少しの間そこに留まろう。それで、情報を集めてほしい」

「情報とはどのような事ですか?」

「なんでもいい。何か嫌な予感がする」

「わかりました。宿を見つけ次第、私とセーハンで情報収集を行います」

「出来るだけたくさんの情報を頼む。どんな些細な事でもいいから」

「お任せください」


 アルナーたちはすぐに近くの街へと向かい、宿を見つけるなりセルゲレンとセーハンは直ぐに情報収集に向かった。その間、三人は宿でじっと待つことになった。  

 アルナーはじっと窓の外を眺め、何も話さない。スクローレンとクラルスはどうするべきかと頭を悩ませた。


「殿下、何か不安があるのでしたらお話しください」


スクローレンは険しいとまでは言えないが、何か難しい表情をするアルナーが心配になり問いかけた。

 神族であるアルナーはただの人ではない。人間の目に見えないものが見えている可能性が高い。


「ただ嫌な予感がするだけなんだ。私の杞憂ならばそれでいい。ただ、回避できる危険は避けたい」

「もし思う事があれば、どんな些細な事でも仰ってください。我々は殿下の憂いを晴らしたいと思っているのですから」

「うん、そうするよ。ありがとう」


 アルナー達が宿に着いた頃、一人の男がバホットの後をつけていた。その男は、王都で見た流浪者だった。


「殷帝国軍か・・・・。国境付近にいるということは、また何か仕掛けるとのか」


男は何を思ったのか、たまたま見つけたバホットの後を付け始めた。

 男はバホットが四獣王家であることを知らない。今のバホットは、バホットの正体を知らぬ者にとって殷帝国軍の武将にしか見えないだろう。


「この先に何か面白いことが待っていると精霊が囁いているな」


男は決して精霊使いではない。故に精霊の声など全く聞こえていない。そもそも精霊の存在すら信じていないだろう。男にとって目に見えぬものは、都合のいいように使える言葉でしかないのだ。


「確か、向こうはカーメルド城塞があったな」


男がバホットを見つけたのは、バホットがカーメルド城塞を発ち、しばらくしてからだった。


「城を落としてきたのか?」


男の独り言に返事はない。

 それから数刻馬を走らせていると、男は小さな街の傍に辿り着いた。バホットたちは街に入ることはせず、天幕を張り始めた。


「仕方ない。今日は野宿でもするか」


男は街で宿をとることはせず、バホットたちが見える離れた場所に腰を下ろした。ここまで着いてきてはぐれてしまっては骨折り損でしかない。

 数名の兵士がバホットに何か報告すると、バホットは苛立ったように物を投げた。 

 バホットが何を焦っているのか、この殷帝国軍は何をしようとしているのか、男にはわからない。だから、知るまでは逃しやしないと決めていた。それに、直感だが、何か面白いことが待っているような気もしていた。


「俺の勘は外れんからな」


男は懐から煙草を出し、のんびりと蒸かし始めた。

 アルナー達が夕飯を終えたころに、セルゲレンとセーハンが戻ってきた。


「先ほど、この近くに殷帝国軍が現れました。街の近くに陣を張っているようです」

「殿下がここにいるのがばれたのか?」

「いや、そうではないだろうな。殿下を探しているのは間違いないだろうが、ここにいるのは気が付いてないはずだ」

「では、これからどうする?今晩にでも発つか?」

「俺とセーハンで奴らの動きを見張る。すべてはそれからだ。殿下もそれでよろしいですか?」

「構わない。くれぐれも気を付けてくれ」


アルナーは特に意見を述べることもなく、セルゲレンの提案を了承した。

 セルゲレンとセーハンはすぐに殷帝国軍を見張り始めた。


「セルゲレン様、殷帝国軍が殿下を探しているということは、他の王家も殺されたのでしょうか?」


セルゲレンは昔に何度か拝謁したことある四獣王家を思い浮かべた。

 四獣王家とは、トスカル王国初代王バダルフカンの末裔だと謂われている。謂われていると曖昧なのは、書物に何も記録が残されていないからだ。真か嘘かわからないが、確かに四獣王家の名は代々継がれており、今では四獣王家の治める土地がその名になっている。

 先王ゴルギアヌス三世は四獣王家ウェールの生まれで、ゴルギアヌス一世からはずっとウェールから王が輩出されている。

 他にもアエスターヌ、アウトウムヌス、ヒエムスが四獣王家だ。四獣王家の関係は決して良好とは言えない。特にヒエムスはゴルギアヌスの名が王となる前は、数々の王を輩出していた。

 此度の叛逆を企てたバホットもヒエムスの出だ。ウェールから王が輩出されるようになってからは、ヒエムスはほとんど戦場での手柄を上げることはなく、日陰に追いやられてしまっていた。

 セルゲレンは四獣王家のくだらない関係にため息を吐いた。


「生き残っている可能性のほうが高いな」

「それはどうしてでしょうか?」

「四獣王家の関係は良好ではない。いつどこの四獣王家が叛逆を企てていてもおかしくないほどにな」

「それほどに関係が悪いのはなぜですか?ただ単に玉座がほしいがためですか?」

「それもあるが、初代王バダルフカンの末裔と言われている四獣王家だが、それが真実かどうかはわからない。だから、我こそが末裔だと誰もが示したいのだろう。最古の国と言われているトスカル国の王の名は伊達ではない。同盟国もトスカル王国の名を出せば、安全だと思い込んでいる」

「では、今回王都陥落を知った同盟国は窮地に陥っているのではないのですか?」

「小国はそうだろうな。だが、マシャル王国などは好機だと捉えているだろうな。トスカル国の混乱に乗じて、両国を破滅に陥れようと考えるに違いない」

「ですが、マシャル王国はそれほど脅威ではないと聞いていますが?」

「以前はな。最近では駱駝騎兵を用いるようになって、小国を落としにかかっていると聞く」


セーハンは聞いたことない騎兵に眉を顰めた。


「駱駝とは何ですか?馬とは違うのですか?」

「馬とは全く違う動物だ。マシャル王国周辺で生息する動物だ」

「そうですか。あ・・・・!」


突然、セーハンが声を上げた。


「どうした?」

「我々と同じように見張っている者がいるようです」

「どこだ?」


セーハンはすっと腕を上げると、前方を指さした。セルゲレンはその方向に目を凝らすが、人影は見えない。弓衆の秀でた視力だからこそ見えるのだろう。


「何人いる?」

「今のところ一人です」

「動きは?」

「特にはありません」


セルゲレンは密偵らしき人物の方向をじっと見ると、何か考え込んだ。


「セーハン、そやつを連れてくることは可能か?もしかしたら、味方になるやもしれん」

「わかりました。すぐに連れてきます」


セーハンは音もなく姿を消した。セルゲレンは弓衆の隠密さに感嘆のため息を吐いた。

 それから程なくして、セーハンが一人の男を連れて戻ってきた。男はセルゲレンの姿を目にとめると、ヘラリと笑った。


「セーハン、ご苦労だった」

「いえ、この男は特に抵抗することなく付いてきたので」

「美女の誘いを受けるのは、男として当然の義務だからな。まさか男が待っているとは思わなかったが」


軽薄そうな男の言葉に、セルゲレンは頭痛を覚えた。少しばかり性格に難のありそうな男に、セルゲレンは早まったかと後悔の言葉が頭に浮かんだ。


「まずはお主の名を教えてもらえるだろうか?」

「まずは自分から名乗るのが礼儀だろう・・・と言いたいが、まあいいだろう。乃公だいこうの名はロタール。流浪者だ」

「私の名はセルゲレンだ。早速だが、お主に聞きたいことがある」

「乃公で答えられることなら」


男は軽い調子を崩すことなく、のんきに胡坐をかいた。


「まず、お主はなぜ殷帝国軍を見張っている?」


ロタールは殷帝国軍に目を向けると、うすら笑いをした。


「何か面白いことがあると思ったから後をつけただけだ」

「では、お主はあやつらの仲間ではないのだな?」

乃公だいこうは誰かの下につくのは性に合わんからな。のらりくらり旅をするのが一番だ」


セルゲレンはじっとロタールの目を見、嘘はついてなさそうだと判断した。


「では、お主はどこから殷帝国軍をつけてきた?」

「王都を出てすぐだな」

「殷帝国軍の王都を出てからの順路は?」


セルゲレンが立て続けに質問をすると、ロタールがすっと手を上げ制した。


「まあ、待て。それよりもお前らが何者なのか教えるのが義理ではないのか?」

「ああ、そうだな」


気づかぬうちに情報が得られることを焦っていたようで、セルゲレンは一つ咳払いをした。


「トスカル王国の王太子殿下であらせられるアルナー殿下にお仕えしている身だ。彼女、セーハンも同様だ」

「ほう、噂の王太子殿か」


ロタールの言葉に二人が顔を顰めた。


「噂の、とはどういうことだ?」

「王都では王太子殿下は行方不明だと聞いたな。それが、民を見捨て、こんなところまで逃げ延びているとは」

「貴様、殿下に対して無礼な言葉を。今すぐその首を切り落としてやるぞ」


セーハンの豹変に、セルゲレンとロタールが目を瞠った。


「落ち着け、セーハン。この者は噂しか知らぬのだ」

「ですが、こやつは!」


なおも反論を続けようとしたセーハンを、セルゲレンは目だけで制した。セーハンは小さく頭を下げ、しぶしぶ口を閉ざした。


「ロタール、お主はこれからどうするか決めておるのか?」

「いや、特には」

「ならば、我々と共に来ぬか?」

「そちらについて行って、何か乃公の得になることはあるのか?」

「暇を持て余しているお主のような奴には、うってつけだとは思うぞ」


ロタールは腕を組み、考え込むふりをした。

 セルゲレンにはすでに目の前の男が答えを決めていて、わざと考えるふりをしているように見えていた。男は手をたたくと、楽しそうに微笑んだ。


「いいだろう。だが、すべてを話してもらうのが条件だ」

「勿論だ。むしろ、すべてを知っておいてもらわねば、お主の命の保証ができんからな」


セルゲレンの物騒な言葉にロタールの引きつった笑いを浮かべた。


「まずは、先ほどセーハンが怒ったことについて誤解を解いておこう」

「王太子殿下の逃亡についてか?」

「そうだ。殿下は逃亡などなされてはおられぬ。王都が殷帝国軍の手に落ちる前から殿下は王都を追放されている」

「ほう、王太子が追放とは不思議な話だな」

「それについての理由はおおよその予想がつくが、知る者はすでにあの世にいる。まず、殷帝国軍の話の前に、魔族ショラムの話をせねばならん」

「魔族?」


ロタールの声には明らかに揶揄が混ざっていた。


「まあ、信じられんだろうが。存在するのは事実だ。現に王都と城塞が襲われた」

「そいつらが魔族だという確証はあるのか?相手がそう名乗ったからでは信じられんぞ」

「殿下が神族だからだ」

「これはこれは、随分と面白そうな話だ」


ロタールが目で続きを促した。


「盗賊に街が襲われたとき、殿下は子供を助けるため業火に飛び込み、そして殿下は崩れてきた家の下敷きになった。だが、殿下は生きていた。何かが殿下を守り、殿下は一切の傷を負うことなく帰ってきた。あれは実際に目で見ねば信じられるものではない」


ロタールは頬杖を突き、明らかに信じていない表情をしていた。


「それで、その力とやらはどうやったら現れるんだ?」

「さあな。殿下ご自身も自分が神族かもしれないと思ったのは、最近のことだ。それまではずっと人間だと思って生きていたのだからな」

「なら、半獣人や巨人も存在するというのか?」


ロタールは空想物語などに興味がなく、神話などについてもほとんど知識を持ち合わせていなかった。


「俺も神族や魔族についていろいろと調べてきたが、神族は全滅したか天に還ったか、現時点ではこの世に存在していないことになっている」

「なら、どうして殿下は存在する?」

「神族はこの世の創造主。我々の考えには及ばんことだ」

「所詮は神話ということだな。まあ、爪の先ほどは信じてやらんでもない」

「全て書物から得た情報だから仕方あるまい」


ロタールは適当に相槌を打つと、セーハンに目をやった。


「それで、これからどうするんだ?」

「王都の奪還が最優先だ」

「ほぅ、いいだろう。乃公も協力するとしよう・・・とうことで、セーハン殿。仲直りをしようではないか」


セルゲレンとの話が終えると、ロタールはすぐにセーハンの隣に並んだ。細い腰に腕を回し、大げさな身振りで微笑んだ。


「セルゲレン様が認めたのならば私は何も言わぬが、お主の軽薄な態度は気に食わん!」


セーハンは腰に回った手を叩き落とすと、別の木へと移動してしまった。

 セルゲレンは先の思いやられる二人に、盛大にため息を吐いた。仲よくしろとまでは言わないが、険悪な雰囲気を出せば、間違いなくアルナーが気にするだろう。そのことが目に見えていて、セルゲレンはどうしたものかと頭を悩ませたが、何とかなるかと投げ出した。

 セルゲレンは明朝一度宿に戻った。あらたな仲間を得たことと、殷帝国軍の動向について報告する必要があったからだ。


「殿下、ご報告に参りました」

「ご苦労様。話して」

「殷帝国軍については、これといった動きはありません。一部の兵が街に出向いていましたが、殿下がいることには気が付いていないでしょう」


セルゲレンはアルナーの顔を伺い、また言葉を続けた。


「こちらが本題になるのですが、新たな仲間を得ることができました。殿下にご意見を伺う前にそのようなことをしてしまい申し訳ありません」

「構わないよ。その者とは?」

「ロタールと言い、流浪者だそうです。王都陥落の話を聞き、殷帝国軍の後をつけていたそうです」


アルナーは他国の密偵だろうかと思ったが、その質問をする前にセルゲレンが言葉を続けた。


「話してみて女癖が悪そうではありましたが、密偵や殿下の命を狙っている様子はありませんでした。殿下のことも王都で噂になっている程度の情報でしかしらないようでしたし」

「噂とはなんだ?」


スクローレンの問いに、セルゲレンはため息を吐いた。

 おおかたスクローレンは、アルナーの悪いうわさが出回っているとでも思っているのだろう。それが、スクローレンの表情からありありとしており、セルゲレンは内心呆れていた。


「殿下が行方不明と言われているらしい。おそらくそのことは四獣王家の耳にも入っているだろうな」

「その男は四獣王家について何か言っていなかったのか?」

「殿下のこともよく知らぬ奴が、他の王族のことを知っているとは思えんな」

「それはそうだな」

「殿下、これからどういたしますか?カーメルド城塞へ向かいますか?」


アルナーは窓の外に目をやり、少しの間考えた。


「殷帝国軍が動いたのち、カーメルド城塞に向かおう。・・・・ああ、それと」


セルゲレンが立ち上がり部屋を出ようとすると、すぐにアルナーが呼び止めた。


「一度その者に会いたい。後で、ここに来るように言っておいてもらえるか?」

「畏まりました。私が戻りましたら、こちらへ出向くよう伝えましょう」

「ありがとう」


 セルゲレンがアルナーのもとへ向かったころ、ロタールは必要以上にセーハンに絡んでいた。どうでもいい話を一方的に話しかけられていたセーハンは返事もほとんどすることなく、話すことに飽きたのかふっとロタールが黙った。


「セーハン殿はもしや弓衆ではないか?」


そして、予想外のロタールの言葉にセーハンが目を見開きながら振り向いた。


「その顔は正解のようだな」

「なぜわかった・・・・?」

「以前に弓衆の男とあったことが会ってな。前線からは退いたが、別の方法で弓衆にいると言っていた」

「もしや、その方の名前はアギレラ殿ではないか?」

「いや、違うな。名は忘れたが、そんな名前ではなかった」

「では、別の一族のものかもしれない」

「なるほど。ところで、セーハン殿はなぜ殿下にお仕えするようになったんだ?弓衆は主を持たないと聞いたことがあるぞ」


ロタールの問いにセーハンの表情が柔らかくなった。何を思い出しているのかロタールにはわからないが、おおよその予想はついていた。そして、こんな表情が見れるのならば、女から別の男の話を聞くのは好きではないが、たまにはいいかもしれないと思った。


「我々、弓衆は主を持たないわけではない。一族の皆が仕えたいと思える主が現れなかっただけだ」

「で、殿下は弓衆のお眼鏡に適ったというわけか」

「失礼な物言いをするな」

「それで、どうしてセーハン殿が殿下と供に行くことになったんだ?」


セーハンは初めてアルナーを目にした時のことを思い出した――――。

 タスク族は、交代で集落のある山を見回りしている。ちょうどセーハンたちが見回りしているとき、遠い場所で人の気配を感じた。


「誰かいるな」

「はい、四人ですね」


一人の男が口にすると、隣にいた女も同じ方向に目を向けた。

 二人は別の場所を見回っていた仲間を呼び寄せると、四人を離れた場所から見張った。


「貴族でしょうか?」

「身なりからしてそうかもしれんな」


すると、四人が馬足を止め、一人を守るように囲んだ。


「我々に気が付いたのか?」

「かなり鋭いな」

「そうですね。・・・ただ者ではなさそうです」


双方が相手の動きを待っていると、突如山の中に幼い声が木霊した。


「我が名はアルナー。この国の王として、弓衆である其方たちと話がしたい」


一同は驚きに目を見開き、どうするべきかと顔を合わせた。


「どうしますか?あの幼い子供、国王だと名乗っていますが」

「嘘の可能性の方が高いです」

「追い払いますか?」

「いや、行こう」


男の言葉に頷くと、六人は気配を消したまま、姿を現した。


「国王が自らこのような場所にいかがされましたでしょうか?」


六人の中で最年長の男が要件を問うた。

 それに応えるべく、王と名乗った少年が前に出てきた。従者であろう一人の焦ったような声が聞こえたが、少年は気にすることなく馬上から六人を見下ろした。

 そして、大きな外套を脱ぐと、金色の髪を露わにした。それを目にした瞬間、全員が息をのんだことが分かった。セーハンも目の前の眩しい金色から目が離せなくなっていた。

 それから、族長と王太子たちの話し合いがあり、アルナーたちが去ると一族全員が集められた。


「王太子殿下は我々に助力を求められた」


話の続きを待つように、誰も言葉を発しなかった。


「魔族がこの世界を終わらせようとしている。そして、それを阻止するために王太子殿下は我々に力を貸してほしいと仰った」


信じ難い話にざわめいた。


「魔族など本当に存在するのですか?」

「王太子殿下は伝説の神族かもしれんそうだ」


ブラスの言葉で、セーハンは美しく輝いていた金色の髪を思い出した。神族とはみなあのように神々しい生き物なのだろうか。それともあの王太子殿下が特別なのだろうか。そんなことばかり考えてしまっていた。


「このまま何もせず死ぬか、共に戦うか、明日まで時間を与えてもらった。王太子殿下と供に行くと言うものがいれば、明日までにわしのところまで申し出よ。以上だ」


ブラスが解散を言い渡すと、それぞれ家へと戻った。

 セーハンは家に戻ると、すぐに父に自分の意思を伝えた――――。

 自分の運命はあの時すでに決まっていたのだ、と今ならそう思える。アルナーと出会って、ようやく自分の運命が動き始めた。


「殿下は顔を見せてもいないのに、私のことを覚えてくださっていた」

「顔を見せていないのに、どうやって覚えておくというんだ?」


ロタールの疑問は誰もが思うことだ。本人ですら思ったのだから、間違いないだろう。


「なんとなく、と殿下は仰っていた」

「ほう、それはそれは不思議なお方だ」


ロタールは煙草の煙を吐き出した。その煙を眺めながら、まだ見ぬ王太子を想像してみたが、何の形もなさなかった。

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