11

 弓衆がいると噂されている山に足を踏み入れたアルナーたちは、無造作に草の生える道なき道を進んでいた。

 セルゲレン達が聞いた話では、街からそう遠くない山に隠れ住み、今のところ移住した噂は聞かないと言われている。その理由は、その山に山賊が住み着いていないからだ。

 だが街の人間は実際に見たわけではなく、昔から言い伝えられていることから、弓衆がいると信じているにすぎない。

 弓衆は、決して表舞台に姿を現すことはなく、秘密裏に敵を仕留めることに秀でていると言われている。敵地に忍び、音もなく敵を殺す。つまり、暗殺集団と言うことだ。

 弓衆と言われてるだけあって、遠距離からの弓の的中率も目を瞠る物だそうだ。放たれた弓は決して標的を逃すことはなく、それが例え動く獲物であっても必ず命中させる。それが、弓衆と呼ばれる所以だ。

 その話を聞いたセルゲレンはうまく話をつけて、同盟を組めないだろかと考えた。だが組んだところで利点ばかりでないことが、その考えを迷わせる。会って話をしてみなくては確かめようがないが、暗殺にも手を掛けているのならば、寝首を掻かれる可能性だってある。アルナーには慎重に話を進めてもらわねばならない。セルゲレンは毎度のことながら、一つの事で多くの考え巡らせていた。


「殿下、決してスクローレンの傍から離れないようお願いいたしますよ」

「そう何度も言わずともわかっている。セルゲレンはまるで口うるさい母のようだ」


冗談交じりで返された言葉に、セルゲレンは盛大な溜息をつきたい気分になった。

 なんたってアルナーは一度勝手に動き回り危険な目に遭っているのだ。あの時は神族の力とやらのおかげで助かったが、もし弓衆に命を狙われたとき、必ずしもその力がアルナーを助けてくれるとは限らない。

 それに、その力が発動して助かったとしても、こんなところで寝込まれてしまっては格好の餌だ。


「クラルス、お前も殿下の行動には目を光らせておけ。あやつが傍を離れぬ限り大丈夫とは思うが」

「わかっております」

「本当は殿下をスクローレンにでも縛り付けておきたいのだが、さすがにそれはできぬからな」

「さすがにそれは・・・」


セルゲレンの気持ちをわからないでもなかったが、少々行き過ぎた考えにクラルスは苦笑した。


「セルゲレン、弓衆は山のどのあたりにいるのだ?」

「それはわかりません。誰に聞いても、この山にいるはずだとしか」

「そうか。早く見つけられるといいのだが」

「この山はそう大きくありませんし、日が暮れるまでには見つけられますよ」


スクローレンが安心させるように言うと、アルナーが大きく頷いた。

 数刻ほど山の中を彷徨っていると、突然木々が騒がしくなった。

 三人はすぐにアルナーを守るように囲み、辺りを見渡した。間違いなくどこからか弓衆が自分たちを見ている。そう全員が思った。


「セルゲレンわかるか?」

「残念だがわからんな」

「俺もだ」


近くに人の気配があるわけではない。三人はいつでも戦えるようにと剣を構えるが、弓が飛んでくる気配も人が近づいてくる気配もなかった。

 暗殺に優れている弓衆なだけあって、そう簡単に気配を掴ませないのだろう。四人はただ黙って周囲の気配を探り続けた。


「我が名はアルナー。この国の王として、其方達が弓衆であるのならば話がしたい」


鳥の鳴き声すらない張り詰めた空気の中に、突如アルナーの声が山の中に響き渡った。

 突然の行動に三人は目を見張り、唖然とした。


「殿下、危険すぎます」

「だが黙って待っていては、話すこともできない。大丈夫、悪い感じはしないから」


数秒して、アルナーの言葉に反応するかのように、木々のざわめきがまた激しくなった。

 三人の剣を握る手に力が入ると同時に、数人の面をつけた男女が現れた。音もなく現れた六人の弓衆に、三人の警戒が強まる。こんなに近くまで来ていたにもかかわらず、気配を感じることすらできなかったことに、スクローレンは内心驚いていた。


「突然呼び出して済まない。私がアルナーだ」


アルナーは三人の中から出ると、弓衆の前へと出た。

 あまりにも無防備な態度に焦ったスクローレンだが、セルゲレンが大丈夫だと言わんばかりに肩を掴んだ。


「国王が自らこのような場所にいかがされましたでしょうか?」

「国王と言っても正式には違うのだ。私は王太子アルナー。其方たちの力を借りたくて来た。話を聞いてもらえるだろうか?」


弓衆の男はアルナーの後ろにいる三人を見ると、はっきりと頷いた。


「ご案内いたします」

「ありがとう」


 登ってきた道とは反対の方向に山を下っていくと、暫くして山と山の連なる間に小さな集落があった。簡単に見つけられそうな場所にもかかわらず、なぜ街の人間は知らないのだろうか。そう思っても不思議ではなかった。


「ここが我々弓衆の村、タスク族の村です」

「タスク族?」

「詳しいことは全て長がお話しします」


村の中心にある円柱の形をした建物が見えると、男はその建物の前で足を止めた。

 村の中は一切人の気配が感じられない。山の中で弓衆が現れた時もそうだったが、彼らは気配を消すことに秀ですぎている。いくつもの家が並んでいるのに、人の気配がしないのはうす気味悪かった。


「長、王太子アルナー殿下と名のるお方をお連れしました」


男が扉越しに告げると、扉がゆくりと開いた。


「どうぞ」


男は四人を中に促した。


「ようこそおいで下さいました、王太子殿下」


長であろう男は、スクローレンと引けをとらない体格に鋭い目つきをしていた。男の顔には面が付けられていない。


「其方の名を教えてくれるか?」

「弓衆タスク族族長のブラスと申します」


ブラスが申し訳程度に頭を垂れた。


「私はアルナーだ。早速だがブラス、其方に頼みがある」

「何でしょうか?」

「私に力を貸してくれないだろうか?」


ブラスの表情が険しくなった。鋭い眼光は、前トスカル王国国王と引けを取らない。だけど、その瞳は決して同一のものではなかった。


「我々は一族のためにならぬことは致しません」


ブラスの毅然とした態度に、アルナーではなく後ろに控えている二人が拳を握りしめた。スクローレンとクラルスだ。


「タスク族だけでなく、この世界の存亡に関わることだよ」

「・・・・・」


告げられた言葉に、ブラスがアルナーを睨んだ。

 無礼な態度にスクローレンが立ち上がろうとしたが、アルナーの言葉で踏みとどまった。


「何もせずに死ぬか、我々と共に戦うか選んでほしい」

「・・・・・詳しくお話ください」


具体的な内容を省いたやり取りに、ブラスが痺れを切らした。


「説明は私の方からいたしましょう」


セルゲレンの申し出に、アルナーもブラスも何も言わなかった。


「まず、殿下は魔族に狙われています」


ブラスが怪訝な表情をした。


「魔族?そんなもの存在するのか?」

「現に殿下は連れ去られそうになり、この仏頂面の男も魔術師たちを見ています」

「それで?」

「魔術師たちは世界を創りなおすと言っていました。つまりこの世界から我々すべての人間が消えるという事です」

「そんなことが本当にできるのか?」

「わからないから危険なのですよ」


尤もな意見にブラスは次の言葉が出ず、腕を組みかえるだけだった。


「だがそれと王太子殿下が狙われることと、どう関係しているという?」

「それは、殿下が神族だからです」

「・・・・・ッ!」


ブラスが言葉を詰まらせた。先ほどまでの毅然とした態度が嘘だったのではないかというほど、明らかな動揺を見せた。その動揺した目には、アルナーが映されている。


「それで、ブラス殿。いかがいたしますか?先ほどの殿下のお言葉をお借りさせていただきますと、我々と共に戦うか、ただ死ぬのを待つか」


ブラスは眉間に深い皺を刻み、考え込んだ。


「明日まで時間をくれ。一族全員に話をする」

「殿下、いかがいたしますか?」

「勿論構わないよ。また明日来ることにしよう」


アルナー達は行き同様に道を案内されながら、街に戻ってきた。

 すぐに宿をとると、一部屋に四人が集まった。


「殿下は弓衆にお会いになって、どう感じましたか?」

「いい一族だと思うよ。多分だけど忠義にとても厚いと思う」

「なぜそのように感じられたのですか?」


スクローレンの問いに、アルナーはじっとスクローレンの目を見た。


「スクローレンと同じで、相手をまっすぐ見ていたからだよ。あの者達は仲間を決して裏切らない」

「こやつは別として、殿下の人を見る目は信じましょう」

「おい、俺が別とはどうゆう意味だ!俺は死んでも殿下を裏切ったりはせん」

「いちいちうるさいやつだな!お前が裏切らないことなど嫌と言うほどわかっておるわ。いき過ぎるとうっとおしいと言う話だ」

「うっとおしいとは聞き捨てならんな」

「殿下もそうお思いですよね?」

「まあ、スクローレン落ち着いて。話が進まないよ」


アルナーの言葉にハッとすると、二人は同時に咳ばらいをしながら座り直した。その際にセルゲレンはチラリとクラルスに視線をやると、呆れた表情が目に映った。


「それで、もしタスク族が仲間になってくれるとしてどうする?」

「ブラス殿は数名を我々と同行させるでしょう。その者たちが橋渡し役となり、こちらが助けを求めたときは駆けつけてくれると言う形をとるかと思います」

「もし仲間にならないと言った場合は引くしかないのか?」

「そこは殿下にお任せいたします。殿下が諦められないと仰る出のでしたら、私が言葉巧みに取り入り仲間に得ることも出来ましょう」


セルゲレンの言葉に、アルナーは首を横に振った。


「いや、その時は自分で話を付けるとしよう」

「ええ、そうなさる方がよろしいかと存じます」


セルゲレンはアルナーがそう返してくるとわかっていたのか、あっさりと了承した。

 明朝、山の麓まで迎えに来た弓衆と一緒に、アルナー達はタスク族の集落へと向かった。昨日とは道が違い、場所が変わったのかと思ったが、そうではなかった。案内人がこうした行動をとるのは村を守るためであると、聞かずとも簡単にわかる。

 集落に着き、昨日と同じ家に案内され中に入ると、中にいたのはブラス一人ではなかった。傍には五人の弓衆が控えていて、ブラス以外は全員面を付けており、顔はわからない。


「先にいくつかお聞きしたいことがございます」

「私で答えられることならなんでも聞いてくれ」

「では、まず我々が王太子殿下の配下となった場合、殿下は我々全員をお連れになられるおつもりですか?」

「私は、其方たち一族を自分の配下に置こうなどとは考えていないよ。魔族から世界を守るため、魔族を追い払うまでの間だけ力をかしてほしい。其方たち全員をどうこうしようとは思っていない」

「では、殿下は橋渡し役だけをお求めなのでしょうか?」

「双方にとってはそれが一番ではないかと思っている。だが今の私には其方たちの働きにみあう対価を支払えるだけの地位をもっていない。まずは、王都の奪還をしなくてはいけない」

「王都が殷帝国に奪われたことは存じております。ですが、殿下に殷帝国を追い払うだけの算段がございますか?」

「いや、私はそこまでの知恵者ではない。けど、私には頼もしい仲間がいるから大丈夫だ」


アルナーが後ろの三人を振り返ると、それぞれ頭を下げた。


「では、殿下は玉座を取り戻し、魔族を追い払うまで力を貸してほしいと仰るのですね?」

「そうだ。だが私のわがままばかりを聞いてもらおうとは思っていない。其方たちに一時だけでも忠誠を求める代わりに、其方たちの要求を呑もう」


ブラスが右手を上げると、面を付けていた五人が面を外した。性別もわからなかった五人だが、仮面の下は、四人の男と一人の女だった。


「昨日話し合った結果、この五名が殿下と共に行ってもよいと申しました。我々は元々殿下に何かを求めるつもりはありません。我々一族は、一族を守るためであれば戦うことに躊躇はありません。依頼があれば兵戈を交えることもありましたが、最近ではめっぽう戦場に出ておりません。ですが、この者等の腕は確かです。あとは殿下がお好きにお選びください」


アルナーは五人を見渡した。全員、跪き顔が見えない。わかるのは体格のみだ。アルナーはゆっくりと五人を見下ろした。


「一人だけ連れていってもよいか?」

「お好きになさりください」

「では、この者を共に連れていきたい」


アルナーは一番端にいた女の肩に手を置いた。その時、女の肩がわずかに揺れた気がした。


「顔を上げてくれないか?」


アルナーが女に向かって声を掛けると、女はおそるおそる顔を上げた。


「やはり、其方は昨日も出会ったな」


アルナーの言葉にアルナー以外の全員が言葉なく驚いた。


「・・・・・どうしてお解りになられたのですか?」


 アルナー達がこの集落に来てから、四人はブラス以外の顔を見ていない。なぜなら、ブラス以外は全員終始面を付けているからだ。顔全体を覆われた面は、奥に隠された瞳の色ぐらいしか見ることが許されていない。

 女の言葉に、アルナーが嬉しそうに微笑んだ。


「其方の包む空気が温かかったからだよ。人を判断する材料は顔だけではない。其方、私と一緒に来てくれるだろうか?」

「私セーハンは、王太子殿下の盾となり、力となることをお誓いいたします」

「ありがとう。でも私の盾にはならなくていいよ。其方は、其方がまたここに帰って来れるよう、自分の命を守ってくれ」

「はっ」


 その後はセルゲレンがブラスと今後のことを話し合い、アルナー達は集落の中を見て回っていた。

 来た時とは違い、全員が面を外し、素顔を晒している。村中から人の気配もする。


「タスク族は余所者に顔を見せないのか?」


五人目の仲間となったセーハンの案内で、アルナーとスクローレンは村を見て回っていた。


「はい、そう決まってます。村に余所者が紛れ込むことは決してありませんので、普段は面をつけておりませんが」

「そうか。セーハンが付けていた面もそうだが、随分と変わった柄をしてるね」

「面はすべてアギレラ殿がお作りになっています」

「今、アギレラには会えるか?」

「申し訳ございません。アギレラ殿は村を出ており、数日は帰ってこないと思います」

「そうか、それは残念だ。また会える機会があるといいな」


三人が集落の中を歩き回っていても、誰も何も言わなかった。

 スクローレンは囲まれたりするのではないかと警戒していたのだが、小さな子供にまで躾が行き届いている。

 興味津々に視線が注がれていても、子供たちが駆け寄ってくる事は無い。少し子供らしくないと思ったが、殺しに秀でる一族とはこうゆう者なのだろうと、勝手に納得した。


「そう言えば、セーハンは何歳になるのだ?見たところ、スクローレンよりも若いと思うのだが」


女性としての魅力は十分にあるセーハンだったが、少しばかり顔つきが幼いようにも見える。

 アルナーがセーハンの顔を凝視すると、少しばかり恥ずかしそうにセーハンは口を開いた。


「今年で二一になります」

「そうか。やはりスクローレンよりも若かったか」

「スクローレン殿はおいくつなのですか?」

「二九だよね?」


アルナーが確認を取るようにスクローレンを見ると、スクローレンが嬉しそうに頷いた。


「よく覚えておられましたね」

「忘れた事は無いよ。スクローレンは私の兄のようだったから」

「勿体なきお言葉でございます」


スクローレンが微笑した。


「殿下にご兄弟はおられないのですか?」


セーハンの言葉にアルナーはなぜか少し考える素振りを見せた。


「いないかな?」


首を傾げながら答えたアルナーにセーハンも首を傾げた。


「ご存じないのですか?」

「私は誰の子かわからない」


ブラスにも告げられていない真実に、セーハンが口を噤んだ。その隣では、スクローレンが曇った表情をしていた。


「それはどうしてですか?」

「私が魔術師たちに狙われているのは知っているだろう?」


セーハンが頷いた。


「すでに聞いているだろうが、私はおそらく神族だ。王と王妃の子供ではない私は、自分が誰の子で、親がいるのかもわからない」

「そうでしたか。お辛いことをお聞きしてしまい、申しわけございません」


悲し気に目を伏せるセーハンに、アルナーは気にした様子はなく笑って見せた。


「大丈夫だよ。私は自分の親を知らないけど、そんなことは今考えるべきことではない。生まれについて悩む時間はもう過ぎた」


 自分が国王の子ではないかもしれないと分かった時はいろいろ悩んだ。だがもうそのようなことどうでもよかった。生まれがどうであれ、自分はこの国の王太子なのだと。この国を守らねばいけないのだと。アルナーの心は固い決意によって、誰に何を言われようと揺れ動いたりはしなくなっていた。

 その夜、四人は集落で泊まらせてもらうことになった。

 セーハンの旅立ちと弓衆との同盟の宴の席が開かれた。集落の中心に火が焚かれ、弓衆で継がれる歌と音楽が奏でられ、夜の山に木霊している。

 村の中が楽し気な笑い声で溢れていた。


「アルナー殿下、少しばかりお話をよろしいでしょうか?」


アルナーが踊りを眺めていると、一人の男が話しかけてきた。面の外された顔は誰かの面影があった。


「私はセーハンの父で、タルカンと言います」


アルナーは隣に腰を下ろした、タルカンに向き合った。


「何か話したいことがあるのか?」

「大した話ではありません。殿下に少しお聞きしたいことがございまして」

「いいよ。何でも聞いてくれ」


タルカンはアルナーの許しがもらえると、礼を述べながら小さく頭を下げた。


「殿下は目的を果たされた後、娘をどのように扱われるのでしょうか?」

「それは、私のもとに引き留めるか、ここに返すかという事か?」

「如何にも、その通りでございます」


アルナーは日の周りで踊る人々に目を向けた。 

 視線の先には、仲間と楽しそうに歌い踊るセーハンがいる。彼女がタスク族をどれだけ愛しているか、大切に思っているか、その楽しげな表情が物語っている。

 アルナーは嬉しそうに目を細めた。


「私がブラスと交わした約束は、国を取り戻し、魔族を追い払うまでだ。その後はセーハンの自由だ。だから、私は引き留めることは勿論、彼女に何かを強いたりはしないよ」


アルナーが隣を見ると、タルカンの視線も娘に向けられていた。その目は寂し気に揺れている。


「我々一族は、遥か昔ある王に仕えていたそうです。何千年も前の話でその王が誰だったのか、どんな人だったのか、知る術はありません。自分たちを守るために戦うことに不満を感じたことはありませんが、時々誰かのために信念を貫き戦う戦士たちが羨ましく感じたことがありました」

「其方は戦場に出たことがあるのか?」

「何度かございます。その度に王のために戦う者達が、羨ましく感じておりました。自分が忠義に厚い男だとは思っておりません。けど、男ならば一度は仰ぐ王のために戦いたいと思うのです」

「だけど、その王が必ずしも良き王とは限らない」

「わかっております。だから、娘が少し羨ましいのです」


最期の言葉で漸くアルナーはタルカンが何を言いたいのか分かった。だけど、自分にはどうしてやることもできないとも思った。――――今は、まだ。

 二人の話を聞いていた、スクローレンとセルゲレンは傍にいたブラスに視線をやった。

 三人はこれからの事について話していたのだが、アルナーとタルカンが話し始めたと同時に、口を閉ざしていた。


「どの王に仕えていたのか、本当に知らないのですか?」


スクローレンの問いに、ブラスは頷いた。


「本当に仕えていたのかも定かではありません。ですが口伝に残される言葉には、王に仕えていた弓衆が一族として最も栄光にあったと言われています」

「なら仕えるべき王を探しているのですか?」

「否とは言い切れません」


スクローレンの問いに、ブラスは寂し気に答えた。


「あなた方は真に王太子殿下に忠誠を誓っておられる。それは、あの王太子殿下がそうさせるのでしょう。王としての力も持たぬ闇で生きる我々のような一族には、眩しすぎる光なのです」

「このような場所ではなく、もっと広い世界で生きたいのですか?」


セルゲレンの言葉にブラスは苦笑しかしなかった。

 まだアルナーは正式に王でもないし、そもそも王都を奪還しなければ王にもなれない。

 だけど、スクローレンは君主として仰ぐ王を、この人に仕えたいと思える王がこうしていることに特別何かを感じていたわけではないが、弓衆の話を聞いて、自分がすごく恵まれているのだとわからされた。

 必ずしも良き王に仕えられるわけではない。アルナーがこれからどのような王になるかはわからない。だけど今この瞬間は、アルナーに仕えていられる自分は幸せ者だと思わずにはいられなかった。

 翌朝、アルナー達は新たな仲間を加え、タスク族に見送られながら、カーメルド城塞を目指した。

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