第828話、楽しみに帰ります!
とりあえずニノリさんが使用人になる、という事では話は落ち着いた。
自己紹介も済んだ彼女は、和やかにイナイの給仕をしている。
とはいえふと気が付いたが、彼女の事を聞いていないじゃないだろうか。
「私の素性など大した事はありませんよ。見目が悪くないと拾われただけですから」
彼女は笑顔で答えるが、こちらは何とも返答しがたい話だ。
とはいえそれが笑い話で済んで良かった、と今なら言えるか。
彼女はもう我が家の使用人になった以上、そんな事は起こりえないのだし。
ただし、別の問題はある。イナイの親族という事は危険がある。
その事に関しても、彼女は特に問題にしなかった。
「構いません。もし私が捕まる様な事が有れば、見捨てて下さい。その覚悟が無ければ、タロウ様に仕えるなどしてはいけないと思います。リィスさんからも告げられている事ですし」
正直に言おう。俺は絶句した。ニノリさんの覚悟を甘く見ていた。
そこまでの気概で使用人になろう、と思っていた等欠片も想像していなかった。
この辺りも含めて、シガルの人の目を見る力は確かという事か。
出来ればそんな事にはしたくないが、その覚悟自体を否定は出来ない。
何せイナイは実際に、家族よりも義務を取った事がある。
俺はそれを責める事は出来ない。攻める権利なんて絶対にない。
もしその決断を責められる人間が居るとすれば、彼女の両親だけだ。
彼女は義務を果たす為に、多くの人を救う為に、苦しんで決断したのだから。
「出来る限りそうならない様にするが、その気概は貰っておく」
「はい、ありがとうございます、イナイ奥様」
イナイは真剣な顔でそう答え、その話はそこで終わった。
それからはのんびりとした旅路で、ただこの船は空を飛んでいる。
つまり障害物が無く、更に言えば速度もそれなりに出てる。
どういう意味かと言えば、二日もあればウムルに辿り着くという事だ。
行きは大半が徒歩だったとはいえ、乗り物の類にも乗っている。
だというのに二日で帰り作って、本当にこの世界の常識から逸脱しているなぁ。
「凄いですね。何か国も越えたのに、たった二日なんて・・・」
ニノリさんはそんな感想を漏らし、俺も正直同じ感想しかでて来ない。
そうして飛行船は発着場に辿り着き、そこには見覚えのある人が待っていた。
「おかえり、リン」
誰よりも先にリンさんを迎えようとした、我らがウムル国王陛下殿が。
優しい笑みを向けながら近づき、エスコートする様に手を差し出す。
「ただいま、ブルベ。一人で寂しくなかった?」
「当然、寂しかったよ」
リンさんは揶揄う様子で応えながら手を握り、ただブルベさんはそのまま彼女を引き寄せた。
そして言葉通りの想いを伝える様に、ぎゅっとリンさんの事を抱きしめる。
「わ、わ・・・ブ、ブルベ、みんな、みてる、から」
「ごめんね。けど、もう少しこうさせてくれ」
「・・・しかたないなぁ」
リンさんは恥ずかしそうにしながらも、何故かお姉さん風を吹かせて頭を撫でる。
ポンポンと後頭部を叩かれるブルベさんは、そんな彼女にされるがままになっていた。
そうして誰も国王陛下と王妃殿下の邪魔は出来ず、黙って次の動きを待っている。
いや、むしろ微笑ましい物を見る目をしているな。うん、間違いない。
特にリィスさんなど、普段の厳しい視線は何処に行ったのか。
余りにも優しく温かく、そして眩しい物を見る様な目だ。
「陛下、皆待っております。その辺りで。後は王城に戻ってからにして下さい」
だがそんな光景を優しく見守っていた一人が、そろそろという感じに声をかけた。
そんな事を彼に言える人は誰かと言えば、護衛で傍についていたウッブルネさんだ。
「そうだね、すまない、ロウ」
「謝罪でしたら、皆にお願い致します」
「そうだな。先ず皆に降りて貰ってからだが」
リンさんが先頭で、先程の光景だったので、兵士達はまだ降りられていない。
ほぼ真後ろだった俺達も、まだ船の出入り繰り手前に立っているしね。
という訳で言われた通り皆降りてから、彼の前に整列した。
「労いの言葉を投げる前に、我が儘を通した事を先ずは謝罪する。そして良く帰って来た。何事も無く無事に帰って来た事が、私にとっては一番喜ばしい。優秀な者達が仕えている事を誇りに思う。不愉快な仕事をさせてしまったが、それでもやり通してくれた事に感謝する」
居並ぶ兵士や騎士にそう声をかけ、彼らはその言葉に胸を張る。
ウムル国王の望む仕事をして来たと、胸を張ってその言葉を迎え入れる。
「無理をして貰った分、暫く休める様に手配しておいた。勿論休む気が無いというのであれば、別に仕事をして貰っても構わんが・・・無理はしない様にな。では、長話も嫌われるだろうし、私はこの辺で帰るとしよう・・・リン、おいで」
「はい。皆さん、お疲れ様でした。またお会いしましょう」
ブルベさんが王様をやっているからか、隣に立ったリンさんも王妃様として労う。
仕事が終わったからかドレス姿で、優雅なその動きは生粋の貴族にも思えた。
内心『本当に詐欺だな』なんて考えているけど、内心を知られたら笑顔で殴られそうだ。
リンさんが挨拶を終えるとブルベさんは肩を抱き、ウームロウさんを伴って去って行った。
そうなると皆の視線が向くのは、この中で一番位の高いイナイさんになる。
「陛下の仰った通り、私共の仕事は終わりました。後は報告を終えれば、皆様休暇を楽しんで下さい・・・とは、休職中の私が言うべき事では無いのでしょうけど。ともあれ皆さまお疲れさまでした。私共も帰らせて頂きますので、後の事はお任せ致します。ではタロウ、帰りましょう」
そう言ってイナイはグレットの背に座り、クロトもその背に座る。
グレットはガフッと軽く鳴くと、背中に居る二人を揺らさない様に歩き出した。
俺とシガルとハク、それにニノリさんもそれに追従して、その場を去っていく。
「そういえば帰るって、どっちに帰るのイナイ」
「決まってんだろ。お前両親に挨拶しねえつもりか?」
「成程。じゃあ遅くならない様に帰ろうか」
久々に親父さんに会える。色々あったから、物凄く会いたい気分だ。
まあ顔合わせたら多分また「小僧ぉ!」って怒鳴られるんだろうけど。
だって、ほら、イナイさんに、心配かけちゃったし。
次元の裂け目に落ちた転移の先で 四つ目 @yotume
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