春色のなかよし

弥竹 八

第1話  春をさがしに

 


夢を見たそうです。


 どこまでも広がる雪景色の中でポツリとたたずむ、小さな女の子の夢です。


 その女の子が、にっこり笑って「おいでおいで」って、したんだそうです。






 モッコ。モッコ。モッコ・・・。


 雪道を三人の子どもが登っていきます。


 道の両側は背の高い針葉樹が立ち並び、どの木もその枝の上にたっぷりと雪を抱えています。

 

 民家は遠に途切れ、人通りどころか鳥の鳴く声さえ聞こえてきません。


 三人は一様に風も通さないくらいカチカチに編み込まれたセーターの上に、羽毛を縫いこんだモコモコの上着を着て、腕が脇につかないほど着ぶくれしています。


 毛糸の帽子とグルグル巻きのマフラー。大きな手袋もはめています。


 服の色合いからして両側のふたりが女の子。真ん中の子は男の子でしょうか。


 ちょこちょこと左右に頭を揺らしながら雪の中をヨチヨチ歩く姿は、カラフルなペンギンみたいです。



 モッコ。モッコ。モッコ・・・。


 ヨッチ。ヨッチ。ヨッチ・・・。



 ようやく長かった坂の天辺にたどり着いた三人は一斉に、「わあ!」と声を上げました。


 目の前には見渡す限りの大雪原が広がっていました。



 ず~っと向こうの方にぼんやりと山並みが見えますが、お日様の光を受けてきらきら光る光の粒がひたすら彼方まできらめいて見えます、


 その上の空はどこまでも高く澄み切っていて雲ひとつありません。


 チェロはこんなにも濃い青空をはじめて見ました。


 お日様がピカピカ照っているのに、星の光がチラホラ見えるのです!


「ほああ・・・。」


 思わずもらした溜息が白く、長く長く空に伸びていきました。


「しゅごいね、ちぇおちゃん! こえ、ぜんぶ雪?」


 ピアノが舌足らずに感激しながらピョンピョン飛び跳ねています。


 跳ねた勢いでサイズの大きな毛糸の帽子が、ズルリと鼻まで落ちました。


「ぼくも、こんないっぱいな雪、はじめて見た・・。」


 タタがおっとりと言いました。


 話し方はゆっくりですが、ズボンの後ろから出ている白くてふかふかした太い尻尾が、フワサフワサとしきりに揺れています。


「うん・・本当にすごいね・・。ねえピアノちゃん。ここかな?」


 チェロはほかのふたりより少しお姉さんの七歳の女の子です。    


 改めて雪原を見渡しながら、もうひとりの女の子に問いかけます。


「きっと、ここらよー!」


 もうひとりの女の子・・・ピアノは、ずり落ちてくる帽子を両手で押さえながらまだ飛び跳ねています。


 その隣でタタは少し顔を上げて、周りの気配をかぐように小さな鼻をひくひく動かしました。


 チェロとピアノはニンゲンの子どもですが、タタはキツネの子どもです。


 まだニンゲンに化けるのも未熟で、耳と尻尾だけはキツネのままになっています。


「早くいこう! 雪だぅまつくろー!」


 スキップしながらピアノが雪原の方に下っていきます。


「あー。まって~。」


 のたのたとタタがその後を追いかけていきました。


 チェロは両の拳を腰にやりながら、「やれやれ」と大げさに溜息をつきました。


「しょーがないなー」


 そして台詞とは裏腹に、嬉しそうに大股でふたりの後に続くのでした。






 ピアノが「夢を見た」という時はたいていが正夢です。


 ピアノにはそういう不思議な力がありました。


 知り合いのウルルさんが大事な指輪をなくした時、「ツナの瓶詰めの中に入っている」と言い当てたり、農場のハモニカさん家に「お馬が増えたね」と言えば持ち主不明の迷い馬が迷い込んできたりしました。

 冒険者のブルさんに「どうしても鯉のぼりを持って行け」なんて素っ頓狂な事を言ったこともありましたが、まさに鯉のぼりのおかげで間一髪助かった。

 なんてこともあったのです。


 そうそうあることではないのですが、ちょうどタタから頼まれごとを引き受けていたチェロとピアノにとっては、絶好のタイミングでした。


 それは。


「一緒に春を探して欲しいの・・・」


 という、不思議なお願い事でした。


 それでわざわざこんな山奥までやってきたのですが、頼まれごととその夢がどう繋がっているかなんてまるで見当もつきません。 

 ようやく年を越そうとしているこの時期に、春と言われても気が早いと思ってしまうのが普通かも知れませんが、チェロもピアノも簡単に引き受けて、勘のおもむくままに行動しました。

 ふたりはとても素直なのです。






 雪だるまを作り上げるのは、それはそれは大変でした。


 雪を転がして大きくしていると、誰かしらが雪玉をぶつけはじめるのです。


 その度に作業は中断して雪合戦に突入してしまいます。


 なかなか大きくならない雪だるまの周りを、キャーキャー走り回り、ふうと一息つくと、まただるま転がしにかかる。一体何度同じことを繰り返したでしょう?


 ようやく雪だるまの頭を乗せると、今度は顔のパーツに使うものが何もありません。


 なにしろ周りには石や枝なんかの、ありふれたものもないのですから。


 なので頑張って雪を掘ってみたり、来た道を引き返して木の枝を拾ってきたりして、もう本当に大変でした。


 それでも、木の実で両目を、葉っぱで鼻と口、枝で両手をつけると、タタは被っていた帽子を上にちょこんと乗せました。

 ついに完成です。


 帽子を取ったタタは、真っ白な髪とやっぱり真っ白で三角の耳を出して、嬉しそうにゆっくり笑いました。


「できたー!」


 三人は、雪だるまの前にペタンと腰を降ろしました。


 なんだか妙な達成感があります。


 三人はおんなじタイミングで「ほーっ」と息をつきました。




「じゃあ、お茶にしようか」


 ここぞとばかりにチェロはリュックから水筒を取り出します。


 中身はお砂糖たっぷりのミルクティーです。


 本当はココアを持ってきたかったのですが、キツネのタタはココアが飲めないので、仕方ありません。


 白い湯気がほやほやと高く昇っていきました。


 さらにチェロは得意気にビスケットを取り出しました。


 ふたりよりお姉さんのチェロは、お茶の準備も周到なのです。



 ―― ピアノちゃん。タタちゃん・・・あれ?


 三枚目のビスケットを誰かに渡したチェロはパッと顔を上げました。


 知らない女の子が両手にビスケットを持ってにこにこ笑っています。


 ―― え? え?


 チェロは思わず一歩後ろに下がりました。



 黒髪のオカッパ頭。白い着物を着て、素足に雪駄を履いたその女の子は、手袋もしていません。


 でも寒そうには全然見えなくて、少し内股に立ったまま、ただほんのりと笑っています。


 ――あれ? あれ?


 間違いなくはじめて見る女の子のはずですが、さっきからずっと一緒に遊んでいたような気もしました。


 そういえば、雪だるまの目に使った木の実を渡してくれたのもこの子だったような・・・。


「あー! この子らよー!」


 急にピアノが立ち上がって大きな声でいいました。


 手に持ったミルクティーをこぼさないように持ちながら女の子の前にいきます。


「ピャーノに、おいでおいでってしたよねー?」


 女の子は、コクリとうなずきました。


「え? 夢に出てきた子?」


 女の子はまたコクリと。

 ピアノはウン! ウン! と激しく同意しました。


 タタもピアノの隣に立って少しずつミルクティーを飲みながら、不思議そうに見ています。


 チェロはちょっと困ってしましましたが、とにかく自分の巻いていたマフラーを巻いてあげると、ミルクティーを手渡しました。


「わたしはチェロ。この子はピアノちゃんで、こっちはタタちゃん。あなたは?」


 女の子はほんの少しビスケットをかじり、ミルクティーをちょっぴりすすると、にっこり笑いました。 


「さや・・・」


 子リスがしゃべるような可愛い声で小さく答えます。


「さやちゃん?」


「しゃやちゃん!」


「さやちゃん・・・」


 さやはゆっくりと3人を見回すとコクリとうなずき、そして・・。


「あのね・・・。あかいの・・な~んだ?」


 と、小さな声で訊ねました。




 ――あかいの?


 チェロは、まず質問の意味がわかりませんでした。


 赤いものなんてたくさんあり過ぎます。


 それに、突然なんでそんなことを聞くのでしょう?


 大体、こんなところに女の子がひとりで・・・・。




「りんご!」


 ピアノが元気よく答えました。


「ちょっと待ってピアノちゃん!」


 チェロは前に絵本で読んだ、人に質問をして答えられなければどこかへ連れて行ってしまうオバケの話を思い出しました。


 ハッとしてさやを見ます。


 ですがさやは、ほんのり笑ったまま、「ん~」と少し考えるように首をかしげただけでした。


「いちご!」


 今度は首を反対にかしげました。


「トマト! にんじん! ケチャップ! ジャム! とんがらし!」


 ピアノは思いついたままにどんどん答えていきます。なんだか食べ物ばかりですが・・。


 

「ウサギのおめめ・・・」


 タタがおずおずと答えました。


 ピアノは、「あ!」とタタに感心した顔を向けます。


「金魚! アカロンボ! 赤いふーしぇん! ゆーびんポスト! しょーぼーしゃ!」


 タタの答えから新しい切り口を見つけたようですが、やはりさやは首をかしげるばかりです。ちなみに、アカロンボというのは赤トンボのことでしょう・・。



「あー! わかった!」


 ピアノがピョンと跳ねました。


「ほっぺ!」


 そういって、さやのほっぺをチョンチョンとつつきます。


 確かに、さやだけではなくそれぞれに見回したみんなのほっぺも真っ赤になっていました。


 さやはくすぐったそうに笑うと、それでもやっぱり首をかしげます。


「う~ん。なんらろ~?」


 ピアノは腕を組んで考え込みました。


 ですが、最後までみんなのほっぺをじっと見ていたタタが、ぽつりと言いました。


「いのち・・・生きてるってこと・・」


 それを聞いたさやの顔が、ハッ!と、はじめて変化しました。


 それでも、みゅ~んと顔を真ん中に寄せて「近いけどなんか違う」っていう感じの顔になりました。


 そこでようやくチェロは気がつきました。


 さやは答えがわかっているのではなく、一緒に考えて欲しいという意味で聞いてきたのだと。


 ――いのち・・?・・生きてる・・赤・・・?


「勇・・気?」


 ポツリとこぼしたチェロの言葉に、さやはパッと顔を輝かせました。


 全身で「それだ!」と叫ぶようにぐっと体を反らせます。


 その途端さやが破裂しました。


 ボフン!


 真っ赤な光が爆ぜて、凄い勢いで広がっていきます。


「キャー!」

 

 三人はその勢いでコロコロと雪の上を転がってしまいました。 


 急いで体を起こしたチェロの目に、広大な雪原の隅々まで赤い光が覆い尽くしていく、とてつもない光景が飛び込んできました。


 目の前から遥か彼方まで、真っ赤な光の粒がどこまでも広がって、真っ白だった世界を、真っ赤に染め上げていきます。


 ――なに? なに?


 チェロは慌てて周りを見回しました。


 ですが赤い光は、みるみるうちに薄くなり、気がつけばさっきまでと変わらない雪景色に戻っていました。


「? ? ?」


 見ればピアノもタタも、ポカンとした顔で周りを見回しています。

             

 わけがわからないチェロたちの前にまだ真っ赤に輝いているものがありました。



 さやです。


 どういうわけか、さやの着物だけが白から赤く変わっていました。


 広大な白の原野のうちで、ただその一点に、激しい物語を無限にをはらむような鮮烈な色の存在でした。


 それは吹き上がるように強烈な「赤」でした。 




 三人ともおそるおそる近づいてみました。


 でもさやは、ただ、にこにこ笑っているのです。


「なに? なにがあったのさやちゃん?」


 チェロが聞いてもさやは笑っているばかりです。


 さやの着物はすっかり変わっていました。


 白いシンプルな生地で縫っただけに見えた着物が、はじめて見るような上品な緋色に変わり、よく見れば同じ色の複雑な刺繍が施されています。

 つる草が絡み合って、小さな花が無数に咲き乱れるデザインです。

 帯は着物より少し深みのある赤で、金色の帯紐が巻かれています。


 雪駄も赤い漆の光沢が見事ですし、髪には花の飾りまでついていました。


「わあ! しゅごいね、しゃやちゃん! ちええな着物ね~。」


 ピアノはさっきのことなどなかったかのように、もうさやの着物に食いついています。


 チェロは複雑な気持ちで、タタと顔を見合わせました。


 さやは誉められて嬉しかったのか、その場でくるりと回ると、またにっこり笑って、三人の顔を見ました。そして・・。


「だいだいいろなの。な~んだ?」


 さっきと同じ、可愛い声でした。


「みかん!」


 ピアノが元気に答えます。


 チェロはピアノの逞しさと瞬発力に、本気で感心しました。






「だいだいいろは何?」という問いに、ピアノが「元気!」と答えると今度はボフン!と、世界がだいだいいろに染まりました。


 さらに問いは続きます。



「きいろいの。な~んだ?」 


「みどりなの。な~んだ?」


「みずいろなの。な~んだ?」


「あおいの。な~んだ?」




 三人はその度に答えを探しました。




「楽しいってこと・・」


「優しいことかな?」


「ニコニコごあいさつ!」

      

「『わかってる』っていうこと?」



 さらにその都度、世界がそれぞれの色で染められて、さやの着物の色も変わりました。


 みんな問いが進むにつれて要領がよくなり、どんどん楽しくなっていきます。


 色が変わる瞬間いちいち吹き飛ばされるのが楽しくて、ワクワクしながら答えるのでした。 


 そして。


「すみれいろなの。な~んだ?」


という問いに、三人そろって


「みんな仲良し!」


 と答えるとやはりボフン!と、世界は美しいスミレ色に染まって、また元の雪原に戻りました。


 三人は世界の色が変わるたびにコロコロ転がってしまうので、もう全身雪まみれです。


 さあ、次は何色だろう?と立ち上がってさやを見ました。

 でも、今度は少し様子が違っています。



 スミレ色の着物に変わったさやの周りに、さっきまでの色の光も煌いて漂っていたのです。



 赤。


 橙。


 黄。


 緑。


 水色。


 蒼。


 そして紫の光の粒が、クルクルとさやの周りをゆったり太く回っていきます。


 その色が段々溶け合っていくと、温かい白い光になってピカーっと輝きました。



 チェロは両腕にタタとピアノを抱え込んで、身を伏せました。


 やがて・・・。


「あれえ?」


 ゆっくり体を起こすと、チェロはぎょっとして身を固くしました。


 空中に大きな白い光がフワンフワンと浮かんでいるのです。


 左右の腕の下で起き上がるふたりとともに、ポーっとその光を見上げます。


 光の中で、白く輝く布をゆったりと幾重にも重ねて着ている女の人が優しく笑っています。


 フワフワ揺れる衣の中で、オカッパ頭のその女の人は、覚えのあるほんのりした笑顔でチェロたちを見ていました。



 ――  ありがとう  ――



 不思議な声が聞こえてきました。



 ――  ここは『春を忘れてしまった国』なのです。あなたがたのお陰でこの国は、光と色とその意味を思い出す事ができました  ――



 胸の奥に響いてくる不思議な声です。


 聞いているだけでなんだか体がぽかぽかしてきます。


 ―― 天使さま?


 チェロは、目をぱちくりさせました。



 ――  タタちゃん。これであなたの願いも叶いました。安心してください。チェロちゃん、ピアノちゃん。本当にありがとう  ――



 タタが「わあ!」と顔を輝かせます。


「しゃやちゃーん!」


 ピアノが叫びました。


 チェロは「やっぱり!」と、改めて光を見つめます。


 光の中の女の人は、「はーい」と、笑顔で手を振りました。


 

 ――  この国に花が咲きます。花の種は光と色を学ばないと咲くことができないのです。花が咲いたら、また一緒にお茶をしましょうね  ――


 

「さやちゃん!」


「さやちゃん!」


「しゃやちゃ~ん!」


 三人は大きな声でさやを呼びました。


 そして、ゆっくり手を振りながら遠ざかっていくさやの気配を感じました。


 空に浮かんだ白い光が段々消えていきます。


「さやちゃんっ!!」


 チェロは、天を仰ぎました。


「お茶・・お茶するなら・・」


 精一杯の声で叫びました。


「一番っ! 好きなっ! お菓子はッ! なんっ! ですッ! かあ~~ッ!!」


 その声は、広く広く、大きく響き渡って青い空の中に消えていきました。


 空はますます澄み渡って、お日様はニコニコピカピカ光っています。


 広大な大雪原はただ清浄で、ひたすらに白く、お日様に反射してキラキラとどこまでも広がっています。


 空気は今さらながらにビックリするほどおいしくて、吸い込むだけで体中を透明にしていまうのではないかと思えるくらい冴えざえと満ち満ちていました。


 目を閉じてその空気をめいっぱい吸い込んで伸びをしたチェロは、心から満足げに息を吐きました。



 ――せかいってすごいなあ!


 もう一度、ホウ~っと息を吐きます。


 そこへ。




 ―― わたしは・・・・あんころもちが・・好きです・・・。





 一瞬、オホッという顔で固まったチェロは、その場で急にケタケタと笑い始めました。


 ピアノとタタは心配そうにチェロを見ましたが、お互いに顔を見合わせると、チェロにつられてやっぱり笑い始めました。 



 空は本当にどこまでもどこまでも、すっきりと晴れていました。


 スッキリと。


 すっきりと。      

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春色のなかよし 弥竹 八 @relaxin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ