電撃文庫読者参加企画受賞作:めいたんてい

毛賀不可思議

第1話

「冗談じゃない!! 犯人と一緒になんか寝られるかっ!! 俺は自分の部屋で寝るぜ!!」

 誰かの叫び声が俺の背を追う。だが構うものか。豪邸の廊下を脇目も振らず走り抜け、ようやく自分の部屋の前にたどり着いたとき、俺はようやくほくそ笑んだ。


 そう、俺が犯人なのだ……!


 ふふふ……今頃アイツ等は俺が第二の犠牲者になるのだなどと勘違いしていることだろう。『俺は自分の部屋で寝る!』。なんとも便利な魔法の言葉ではないか。このセリフを言い放った瞬間、俺は生存者候補から真っ先に外される。つまり、それは同時に俺が犯人候補からも外される事を意味しているのだ……っ!

「くく、後は姿をくらましながら、一人一人ゆっくり殺していけば……」

 そう呟きながらドアを開けた……。その時である。

 闇が支配する自室の中で、チカッと光るなにか。俺がその光の主を確認するが早いか、その瞬間……。

「うぐっ……がはっ!!」

 突然身体が宙に浮き上がる。首には締め付けられるような圧迫感。頑丈なワイヤーが絡み付いていたのだ!!

「げほっ……こ、これはっ」

「やあ。ようやくご帰宅かい?」

 聞き覚えのある声の存在に気づく。暗闇の中、懐中電灯によってその声の主の顔が照らし出されている。

「お、おま……えはっ」

「そう。谷内だよ。この島に着いてから『どういうことなんだ!?』しか喋っていなかった谷内……」

「かはっ……!」

「くく。もう喋る気力もないかい。いいだろう、死に行くキミに冥土の土産だ。種明かしをしてやろう」

 宙吊りになった男の顎を鷲掴みにし、キザな青年は口元を不気味に湾曲させた。

「『どういうことなんだ!?』。徹底的な無知アピールさ。探偵にも頼りにされないし、探偵に重要なヒントを与えるキッカケも作らない。ただの愚図。だが、そういうヤツは生き残るんだ。なんでか分かるかい?……っと、もう死んでるか」

 谷内は掴んでいた顎を乱暴に突き放すと、マスターキーで扉を施錠した。そのまま、人気の無い廊下を悠々と闊歩していく。



 『どういうことなんだ!?』。つまりこれは探偵に『無知な我等にもっと分かりやすく説明してください!!』というニュアンスを与える煽て文句。このセリフを馬鹿丸出しでオウムのように言い続けるヤツの存在のお陰で、探偵はスムーズに事件を順序良く解決していけるし、探偵のモチベーションも上がるというものだ。縁の下の力持ち。こういうヤツは話の進行の円滑化が考慮され、最後まで死にはしない。

 まあ単純な話、あまりにフワフワしすぎていて、死んでも何も盛り上がらないというところに帰結するのかもしれないが。

「そしてそのポジションは、犯人の隠れ蓑としては好都合、っと……ん?」

 俺は廊下の角で立ち止まり、おもむろに傍らの壁に手をついた。貧血でも起こしたのだろうか……。なんだか足元がおぼつかないようだ……。

「ま、まあ時間はたっぷりある。これからゆっくり殺していけばいいんだから……」

「エエ。だから後ハ私ニ任せておいて下さいナ……」

「……!? アンタはっ!?」

 背後からの気配に気づかなかったというのか……!? 俺は咄嗟に振り向こうとする。が、それは叶わなかった。その代わり、力の抜けるように身体が床に崩れていく……。

「な、なにをしたっ……!!」

「オヤオヤ。ようやく食事ノ時ノ毒ガ効いてきたようですネェ」

 掠れていく視界。頭上を見上げる俺が最後に見たのは、面妖なお面をつけた怪しげな女だった。

「ヨ……ヨウ、コ……」



 私は谷内の死体を跨ぐと、そのまま正面玄関へ向かう。ふふ……。私みたいに全身怪しさの塊を、一体誰が真面目に犯人だと思おうか!

 食事のときにしか現れない。いつでも着物姿で、狐のお面は決して外さない。妙な喋り口調に、異常事態には必ず遅れて登場し、かなり序盤でみんなから真っ先に疑いを掛けられる。そんな私。

「ツマリ、怪しすぎて最終的ナ犯人ニハ決して成り得ないと思われがちなモノ……」

「が、大抵そういう怪しいキャラって、中盤辺りで疑いが晴れるもんだよなあ」

 ずぶり。

 腹の辺りになにか、刺さるように冷たい感触が伝わる。

「自分の死をもって……な」

 がくり。艶やかに崩れ落ちる着物姿。

「ナ……ンデ……ッ!?」

「ふふ……あばよ」



 俺は正面玄関の扉を開く……と、足元に目が移る。ヨウコの指から『リョウシ』と血文字が走っていた。文字を靴で乱暴に消すと、正面玄関の扉を開き、孤島の港へと向かう。

 歩みを進めながらほくそ笑む。そう、俺は漁師。探偵御一行を親切にも島に連れて行ってあげた、それだけの人!!故に、そもそも犯人とか生き残るとかそういう次元じゃないのだッ!!

 船着場につくと、船を出す準備を始める。そして同時に、豪邸を吹き飛ばす爆薬のスイッチに手を掛けた。

「さて、あとはこれのスイッチを入れて、俺が乗ってきた船で一人だけ帰れば……」

「晴れて遺産はアタシの物、ってことね!!」

 バッチンと、俺の視界に火花が散る。その瞬間、俺の意識はみるみる白濁してしまった。

「ふふふ。漁師風情が、探偵一行を出し抜けるとでも思ったのかしら?」



 私こと、探偵の名助手、時剣かおるは不敵な笑みを浮かべる。探偵の金ヶ一さんと一緒になって、何巻も何十巻分も事件を駆け巡ってきて、しかも私メイン回があったり、ボーイミーツガールな展開や、適度なお色気演出でみんなの感情移入をガッチリ掴んできたのはこの日のため!! 今更私が犯人だなんて、誰が思うかあああああいっ!!

 船のオールを放り投げると、漁師の手の中からスイッチを奪う。

「豪邸に爆薬を仕掛けておくなんて、随分大胆ね……。利用させてもらうわ」

 アデュー。私は小さく呟くと、青いボタンを押した。

「あ」

「え?」

 まだ息があったのだろうか、片目だけを開いて漁師がこちらを見つめていた。

「アンタ今青いボタン押した?」

「お、押したけど……」

「いや、青いボタンは、船に積載してあった予備の爆薬に直結してあるんだ。で、遠隔操作用のスイッチは隣りの赤いスイ」

「紛らわしいことをするなうわああああああ―――――」



 ◆ 数日後


「あ、警察の皆さん!! よかったあ~。みんないなくなってしまって、帰るにも帰れないしで困っていて……」

「金ヶ一さんですね。生き残りのあなたに逮捕状がでています」

「ぼ、僕は探偵だぁっ!!」

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