アラサーだけどアイドルがしたい!

深水えいな

第1話 

「それでは次の曲です。白百合エリナさんで、『LOVE YOU』」


野暮ったいアナウンサーが私のことを紹介する。この女子アナ駄目だわ。前の方が美人だった。なんで変えたのかしら? やっぱり年だから? 私が言うようなことじゃないけど。


 まばゆいステージの光の中へ歩いていく。生放送のテレビだから少し緊張するけど、もう何回も出たから大丈夫。


 曲のリズムに合わせてダンス。この曲のダンスはちょっと難易度高め。 でも私なら余裕。綺麗なステップ、綺麗なターン。フッ、決まったわ。


 カメラが右斜め上から私を捕らえる。私が一番可愛く映る角度。さすが馴染みのカメラマンさん。よく分かってるぅ! キメ顔をしてウインク。曲が終わると、私は息を切らせながら、最高のスマイルを放った。



 いくら口パクと言えど、激しいダンスをしながら顔も可愛く見せるのって、結構難しい。特に最近は十代のころと違って体力も落ちてきた気がする。年をとるのってつらいわ……ってまだ二十八だけど!


 アイドルとしてはちょっと年齢高めかもしれないけど、世間的にはまだ全然イケる年なはずだ。


「ありがとうございました~。次は、新人アイドルのムーン・ガールズを紹介します」


  芋くさい女子アナが、小首を傾げながら言う。この子、ブスのくせにブリッコね。


 「こんにちは~」


 十代のピチピチした四人組アイドルが入ってくる。平均年齢十六歳だと。ひゃ~、若いわ。お肌が違う!


でも、顔はイマイチね。クラスで三、四番目に可愛い子って感じ。


今流行の「会いに行けるアイドル」って奴なのかしら?


「ムーン・ガールズさんたち、エリナさんの大ファンなんだそうですね」


司会者が紹介する。


  あらそうなの? それで「歌った後も退場せずにここに残れ」って指示があったわけだ。



「はい。小さいころから、よくテレビで見てました!」


 ブスの内の一人が答える。


 差し出された麦茶を吹き出しそうになった。


  待てよ。私がデビューしたのは十三歳のときで、ブレイクしたのが十八歳ごろ。つまり十年前。


 その時、この子たちは六歳かそこら。うん、確かに小さい頃だわ。ちょっとショック。ジェネレーションギャップを感じる。


「え〜!? そうなんですか〜? 嬉し〜い!」


動揺しているのを悟られないように必死で優しい先輩キャラを作る。


すると司会者はどういうわけか、私に話題を振ってきた。


「白百合さんは、ムーン・ガールズさんたちの事をどう思いますか?」


は!? どう思うも何も、こんなアイドル今初めて知ったんですけど!


「えっ、えっとぉ、凄く可愛いと思います!」


 小首を傾げながら適当な感想をでっち上げる。頼むから、これ以上ツッコマないでくれ。私は神に祈った。


「そうですか。すみません、どうやら時間も押してきているみたいで。早速ですが曲の方を……」


ふう。助かった。


 曲の紹介が終わり、イントロが流れる。


 ふーん、なかなかいい曲じゃない。


  四人が踊り始める。私はそれにくぎ付けになった。ちょっと待って! この子たち、ダンス上手い!


歌が始まる。歌も上手い! 歌詞も、メロディーもいい!


驚いたことに、この子たちは口パクじゃなかった。あんなに激しくダンスしているのに歌は殆ど乱れない。観客がこの圧倒的なパフォーマンスに魅了されているのが分かる。


 曲が終わる。盛大な拍手に包まれる会場。そしてそのまま、番組はエンディングを迎える。


  私は呆気に取られたまま、自分の控え室に戻った。若さだけでなく、実力で負けた。こんなに敗北感を覚えたのは初めてだった。



 着替えを終え、帰ろうとしたとき、ふと、スタッフのこんな会話が耳に入ってきた。


「ムーン・ガールズ良かったなあ」


  つい、近くのセットの裏に隠れ、立ち聞きしてしまう。私は? 私の曲もイケてたでしょ?


「白百合エリナも綺麗だけどさ、もう年だし、時代はムーン・ガールズだよな!」


 なんだと!? しばいたろか! そう言いたいのを堪え、立ち聞きを続ける。


「そうだよなぁ。二十八にもなって、あのフリフリの衣装に、ブリっ子キャラ、無理があるよなあ」


 氷山にぶつかったタイタニックみたいに、心に穴が開くのを感じた。


 ああ、ガラガラと崩れ落ち、冷たい海に沈んでいく私の自尊心。


 こんな屈辱、初めてだった。



         *



「それでは、今週の一位を発表します!今週の一位は、ムーン・ガールズ」


 ラジオが今週の一位を知らせる。うん、知ってた。


 ドサリと事務所の机に鞄を置く。ソファーの上でぐったりとしていると、マネージャーが私の曲の順位を教えてくれた。


「今週は六十九位。来週には百位以内から消えてるかも知れないね」


 笑うマネージャー。笑いごとか?


  ここ数年、私の出す新曲はみんなそんな感じ。十年前は出す曲は殆ど一位だったのに。


「でも今回の新曲は結構良いと思ったんだけどなぁ。十年前にヒットした私の代表曲『恋のマジック』を彷彿とさせる曲だし」


「十年前のヒット曲に似てるってことは、要するに古臭いってことだよ!」 


 いきなりそう言い放ち、部屋に入って来たのは社長だ。社長は何かの資料を机の上に投げた。


「どうだね、ここは思い切ってイメチェンするってのは。ブリっ子キャラは止めて、大人の魅力で売り出すんだ」


 資料を手に取る。どうやら化粧品のCMの依頼のようだ。


 キャッチコピーは「三十歳から始めるエイジングケア」――ちょっと! 私まだ、三十歳じゃないんですけど!


「やだ! これオバさんむけの化粧品のCMじゃない!」


「そんなこと言ってる場合か!曲が売れないんだから仕方ないだろ!」


 社長は、私の肩をポンポンと叩いた。


「そろそろ方向転換するべきなんだよ。アイドルを止めて女優になるとか、もっとアーティストっぽい路線でいくとか……まあ、考えておきたまえ」



        *



 結局、私はCMのオファーを受けた。考えてみれば、落ち目のアイドルにCMのオファーがあるだけありがたいのだ。


 浮かない気分ではあったがそつなく撮影を終える。


しばらくして、街にCMが流れ、ポスターも貼られ始めた。


 街を歩いていると、私のポスターを指差し、カップルが何か話している。


「あの白百合エリナも三十歳かぁ〜、なんかショック!」


  誰が三十じゃ! 私はまだ二十八だっての!


「なんか落ちぶれたなぁって感じ」


 胸が痛んだ。私だって、こんな仕事したくないわよ! 悔しい。私だってもっと、フリフリの衣装に可愛いセットで、キュートな曲を歌いたいわよ!



「社長! 私、女優路線はやっぱり向いてないと思うの! やっぱり歌が歌いたい!」


 事務所に着くなりそう宣言した私に、社長は言った。


「……まあ、良いけどね。そうだ、今度我が社で新人作曲家発掘コンテストをやるんだ。それの優勝曲を、君に歌って貰おうかと思う」


「マジ!?」


 コンテストの優勝曲。これは名曲に決まってる!


「一応、君は我が社で一番知名度があるしね」


 浮かれる私に、社長は言い放つ。


「ただし、もしこの曲が売れなかったら君には歌を出すのを止めてCMや女優業に専念してもらう! いいね?」


「は、はい……」


 これが最後の曲になるかもしれない……。ゴクリとつばを飲み込んだ。


 ああ、酷いわ神様。私はいつまでも可愛いアイドルのエリナちゃんじゃいられないのかしら。



 数ヶ月後、コンテストの優勝曲が届いた。


 曲は「きみはスター」というタイトルのバラード。だっさいタイトルだが、曲自体はかなりいい。


 いいじゃんいいじゃん。日本人はバラードとか切ない曲大好きだし!


 しかしバラードか。私が得意なのはアップテンポな明るい曲。バラードでは「ダンスが激しいから口パクです」は通用しないし、音域もかなり広い。


「レッスン頑張んないとな! 何てったって、これが最後の曲になるかも知れないし」


 私の考えを読んだのか、マネージャーはそう言って笑った。


 そうだ。これが最後かもしれないのだ。バラードが苦手だなんて言ってられない。


 私は死に物狂いで歌のレッスンをした。

 毎日毎日トレーナーの弾くピアノに合わせて音程をチェックする。


「もっとお腹から声出して!」

「そこ、リズムずれてる!」


 歌の練習は過酷を極めた。

 事務所だけでなく、休日にもカラオケに通い歌の特訓を繰り返した。

 だけど、その甲斐あって、私の歌はめきめきと上達した。


「おや、随分上手くなったねえ」


 社長が褒めてくれる。


「本当ですか!?」


「ああ。新曲のレコーディングの日が楽しみだね」


 レコーディング。


 ゴクリと唾を飲み込む。

 レコーディングの日は、明日に迫っていた。


 風邪なんてひいたら大変だ。家に帰るとらうがい、手洗いを丹念に繰り返し、早めに布団に入る。


「絶対......売れてやる!」


 私はそう誓って夢の中へと落ちていった。

 



        *




「おはようございま~す!」


 そしてレコーディングの日。スタジオ入りすると、社長が見知らぬ青年を連れていた。


「おはよう。紹介するよ。作詞作曲をした竹野内Pだ。学生のころ、君の大ファンだったらしいよ」


 眼鏡をかけた内気そうな青年が頭を下げる。


 学生のころファンだったということは、二十代後半か三十歳位だろうか。


「今日はよろしくお願いします!とっても良い曲で私も気に入ってます! ところで」


 私は気になった事を聞いてみた。


「その『P』って言うのは……」


「ああ、この方は、昔有名なボカロPだったらしいんだ」


 なんじゃそりゃ、と思い聞くと、どうやら作った曲を音声ソフトに歌わせてネットにアップし、それなりの知名度を得ていたらしい。


  要するにオタクってやつなのかしら? パソコンに疎い私には良く分からない。


 レコーディングに入る。竹野内も見守っている。私は緊張しながら『きみはスター』を歌い始めた。


 少し難しい歌い出しも、タイミングを外す事なく歌えた。


 Aメロも、早くて息つぎが難しいBメロもなんとか歌いきった。


  今日は声の調子も良いし、イケる!


  サビに入った。


 声量も悪くない。


 最大の難関、サビにある高音! よし、綺麗に出た!


 二番も、Cメロも完璧。これは、会心の出来じゃないか!?


 歌い終わり、振り返る。一発OK。社長は満面の笑みを浮かべている。周りのスタッフたちも、「いやー、上手くなったねぇ」「良かったよ!」と褒めてくれた。


 だが竹野内だけが浮かない顔をしている。眉間に皺を寄せ、首まで傾げている。


「竹野内さん、どうでしたか?」


 恐る恐る竹野内に聞いてみると、竹野内は眉間に皺を寄せると、淡々とした調子でこう答えたのであった。


「全然だめですね。ちゃんと歌詞読みましたか?」



        ⭐




「ちゃんと歌詞読みました?かあ……」


 事務所に帰り、歌詞を眺める。ごく普通の、ありきたりなラブソングに見える。


「音程とかリズムとかは良かったよ。あとは要するに、表現力の問題じゃないかな」


 マネージャーがアドバイスをしてくれる。


「表現力か。じゃあ、Aメロはもっと静かな感じで、Bメロはサビに向かって徐々に強くしていって、サビでバーン!と大きくして。ラストの伸ばすところはビブラートを……」


 楽譜に赤ペンでメモをする私に、マネージャーは言った。


「そうそう、その調子。二週間後にまた例の音楽番組に出るから、それまでに頑張ってね! 売れなきゃ終わりだから! 」


 売れなきゃ終わり。額に汗が流れた。


「技術云々じゃなくて、心を込めろってことじゃないかな? この歌詞の人物になりきるんだよ」


 そう言ったのは社長だ。


 歌詞の人物になりきるって言ってもねぇ。

 この曲はラブソング。しかし、十三歳でデビューし、それからずっと業界にいた私には恋愛経験がない。それが原因だろうか?



        *




 週末、竹野内のバイト先のファミレスへと向かう。

 理由は簡単。直接問いただすためだ。あの歌の意味を。


「へえ、あんた、ショボイところでバイトしてんのね」


 私の顔を見ると、バイト中の竹野内は真っ青になる。


「うわっ! なんでここにいるんですか!? 」


 「うわっ」とは何よ。人をお化けか怪獣みたいに。まあ、いいわ。

 私は竹野内の細い腕をがっしりと掴むと、にこりと笑った。


「これから時間ある? もうすぐバイト終わる時間でしょ?」


 竹野内を有無を言わせず拉致し、店の近くにある川べりへと引っ張っていく。夕日が差し込む河川敷。よし、ここなら誰も来ないだろう。


「びっくりしました。白百合さんがこんなに強引だなんて」


「イメージと違っててびっくりした?」


「いえ、こっちの方がいいです」


 竹野内は笑いながら答える。こいつ、さてはマゾだな。


 私は竹野内をまっすぐに見据えた。


「単刀直入に言うわ。この曲はどういう曲なの? 私には恋愛経験がなくて上手く表現できないから、貴方の体験を教えてほしいの」


 すると竹野内はきょとんとし、大きなため息をついた。


「白百合さん、あなたは大きな勘違いをしています」


 私が怪訝そうな顔をすると、竹野内はこう言った。


「この曲は、ラブソングではありません。大体、僕にだってそんな経験ありませんし」


 まあ、確かに女に無縁の、いかにも童貞って顔してるけど……いやでも!


「じゃあ、この歌詞は!? 『たとえ曇りの夜でも星はそこで光っている。信じるよ。もう見失わない。やっぱりきみが好き。きみは僕の輝くスター』この『きみ』って誰なの!」


 竹野内は顔を赤くした。


「音読しないで下さい!……じゃあ言いますけど、その『きみ』というのは僕自身のことです。僕の才能と言いますか、作曲活動についてと言いますか」


「才能?」


「そうです。僕は数年前、動画サイトに曲を投稿していたんです。そのうちの何曲かは結構話題になって、ランキングに載ったりカラオケで採用されたりしました。それが面白くて、何度も僕は曲を投稿しました。でも次第に酷評されることも増えて、最後には曲を書くのも嫌になったんです」


 川べりの風が、涼し気に二人の間を通り抜ける。


「僕は数年間、曲を書きませんでした。完全に音楽とは無縁の生活を送っていました。作曲家になる夢は諦めようと。でもある日、歌番組であなたを見たんです」


「私を?」


「落ち目で、全然売れてないのに、一生懸命歌って踊っていて」


落ち目で悪かったな!しかも口パクだし!


「それを見てインスピレーションが湧き、無我夢中で曲を書きました。そしてできたのがこの曲です」


 竹野内の吐いた息が、夕方の風にゆっくりと溶けていく。


「『ありのままの君で、そのままの君でいい』この歌詞のサビです。でもあなたときたら、ありのままどころか、他人によく思われようとそればかり考えているように見えます。はっきり言って、滑稽です」


「それは――」


 そうかもしれない。でも、ありのままの自分ってなんだろう?


「あなたが今、本当にしたいことは何ですか?」


 竹野内が問いかける。


「私は……」


 沈みゆく夕陽が川を染めるのを見ながら考えた。


「歌が歌いたい。フリフリの服を着て、可愛いセットで、明るい曲を……」


 本当にそうだろうか?

 風がざざり、と河川敷の草を揺らす。


「なぜフリフリの服や可愛いセットにこだわるのです? 歌に外見は関係ありません」


 そうだ。思えば十代のころは、そんなにフリフリの服を好んでいた訳ではなかったように思う。

 それがなぜ今はこんなにフリフリの服にこだわるようになったのか。


 竹野内が私の目を真っすぐ見据えた。そうだ。そうだったんだ。私はようやく分かった。


「それは……私がブレイクした時に着ていた衣装だから。それを着た私をみんなが褒めて、認めてくれた。だから手放せないのよ。それが無いと、認められないんじゃないかって怖くて」


 私はついに、今までずっと目をそらしていた自分の本音を直視した。


 怖かったのだ。


 自分に自信が無かったのだ。


 自分に自信があれば、どんな服でだって勝負できる。


キメ顔やウインクなんかなくても、そのままの自分で勝負ができたのに、私ときたら過去の栄光にすがり続けていたのだ。なんて惨めなんだろう。


「人に認められない、評価されないというのはつらいです。でも、そんな時こそ、歌が好きなんだという感情を大切にしてください。自分の才能を信じてください。自分で自分を信じてあげれば、他人の評価に振り回されることなんてないんです」


 竹野内は力強く言った。


「少なくとも、僕はあなたの才能を信じています。歌に対する情熱を評価しています。この短期間で、あなたはびっくりするほど歌が上手くなった。昔はあんなに下手だったのに。」


 私はこの曲を猛練習した。何のために?  歌い続けるためだ。私は歌が好きだったのだ。びっくりするぐらいに。失いそうになって初めて気づいたことだ。


「どうか、自分の中にある星を、見失わないでください。例え曇り空でも、その光を信じるうちは、星は消えないのです」


 竹野内は、そう言って私に笑いかけた。

 



       *




「それではお聞きください。白百合エリナさんで『きみはスター』」


 ゆっくりとイントロが流れる。


 黒いタイトなドレスに身を包んだ白百合エリナが現れた。真剣な表情。いつものように、愛想笑いをしたり、キメ顔はしない。


 だがありのままの、そのシンプルな美しさに、皆が見とれている。


 手がわずかに震えている。緊張しているのだ。上手く歌えるだろうか? 竹野内の思いを、きちんと聴衆に伝えられるだろうか?


 ふと観客席を見ると、眼鏡の頼りなさそうな青年が微笑んでいる。それを見て、白百合エリナは、自分の心にふつふつと勇気がわいてくるのを感じた。


 そうだ。竹野内は、自分を認めてくれた。これは、竹野内だけの曲ではない。自分の歌だ。自分の中にあるやりきれない感情、つらい感情、そして希望の光を、ありのままに歌うのだ。


 溢れんばかりの眩いライトの中、白百合エリナは歌いだした。


 自分の中にある、スターの輝きを信じて。



         *





 まばゆい光の中、真っ直ぐに声を張り上げて歌うエリナを見て、竹野内は微笑む。


 確かにこの曲は「ラブソング」ではなかった。


 しかしこれは、竹野内がドン底にいた自分を救ってくれたある女性にむけて書いた「ラブレター」であった。


 竹野内が生まれて初めて誰かのために書いた曲なのだ。

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