Q? あの、俺からも質問いいっすか? A? ハイ?

 某喫茶店。

 対面に座ったインタビュアーのお兄さんは、感嘆の声をあげた。


「おおー」


 身を乗り出し、小声で続ける。


「それで、デートして、よし、ここに就職、決めちゃうぞ! とか、そんな感じもあったり?」

「いやぁ、まぁ、そうですねぇ……」


 秘密結社・異世界に送る会(株)の本社近くにある喫茶店で、そのインタビューは、密やかに行われていた。インタビュアーは広報部の先輩社員だ。なんでも、初のインターン制度利用者にインタビューがしたかったのだそうだ。

 俺がお初だったのかよ。

 部長は『インタビューなんて実行部のオフィスでやればいいじゃないか』などとのたまっていたのだが、冗談ではない。万が一にでも内容を榊さんに聞かれたらと思うと、まずい話題が多すぎる。

 

 そうでなくても、俺がインタビューを受けたのは、別に理由があるのだ。

 俺は奢りのアメリカンコーヒーを一口すすった。

 薄すぎだろ。


「いや、まぁ、色々あったんですけど、それはプライベートなんで……ボカしてもらってもいいですかね?」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。教えてくださいよー」

「いや、マジ、無理す……そんな良い話でもないというか、なんだろう」

「あれ? 浮かない声ですね、いいじゃないですか、美人の先輩とのデート。やっぱりそういう話もあった方が広報で受けるんですよねぇ。ダメですか?」


 なんでこんなに食いついてくるんだよ。いや、正直分かるけど。

 だからといって、俺は広報部から発行される社報やら会社パンプやらに、自らの赤裸々なデート体験を告白するつもりはない。というか、そんな情報を載せる広報誌など、傍から見れば安っぽい大衆向け週刊誌と変わらないではないか。


「いや、ほんとに無理っす……まぁ、一緒に働こうって言ってもらえたってのはあったんですけど、なんていうか、うーん。やっぱコレは書かないでもらえます?」

「ええー?」


 お兄さんは大袈裟に身を引いてみせ、笑顔を浮かべて言った。


「まぁ、でもプライベートって大事ですもんね。大丈夫ですよ。ここまで色々お話しいただけたので、充分パンフに載せられます」


 こちらに向かって、ペコリとお辞儀。分かってくれて何よりだ。

 会社の業務内容はともかく、広報誌までプロレス雑誌と大差ない内容だったりしたら、目も当てられない。

 俺は安堵の息をついて、薄すぎるアメリカンコーヒー改め豆茶を飲んだ。

 

「ええと、他になにかあります?」

「いえ、大丈夫ですよ。十分すぎるくらい。ありがとうございました」

「あ、こちらこそ。結局インターンの話しただけになっちゃって、すいません」


 ペコリ、とこちらも一礼して、おやつのデニッシュを一口。やっと終わった。

 長いインタビューだった。これだけ色々話しても、多分使われるのは、せいぜいが一ページの隅っこ一角程度なんだろう。しかし、こちらは答えたのだ。責務は果たしたのだ。さぁ、俺の質問にも答えてもらおう。


「あの、俺の方からも質問してもいいですかね?」

「え?」

 

 ボイスレコーダーを止め撤収を始めていたお兄さんは、眉をぐにゅんと曲げた。


「えぇと、僕にですか?」


 うんうんと頷いてみせる。可能な限り、真剣に。


「えぇっと……なんでしょう?」


 落ち付いて、深呼吸。ここが一番大事なポイントだ。


「あの、広報部に転属ってできないですか?」

「は?」


 鳩に豆鉄砲を食らわせたことはないが、きっと今のお兄さんのような顔を言うのだろう。そりゃそうだ。

 ついさっきまで実行部でのインターンシップの経験を語っていた男が、今は転属できないかと聞いてきている。そりゃ、そうなる。

 しかし、俺はめげない。

 いま上手いこと言質を取ってしまえば、卒業までのあと一カ月で、なんとか実行部から逃げられる。かもしれない。その最後のチャンスになるかもしれないのである。


「お願いします! お兄さんからも頼んでください! 辛いんです! 研修が辛いんです!」

「そ、そんなこと言われても! 大体、実行部のインターンシップあがりで、ウチの実行部に入ることに決めたって、そう聞いてるんですけど!?」


 言いながら逃げようとするお兄さん。 

 逃がすものか。


「待って下さい!」


 立ち上がろうとしたお兄さんの腕をスパっとキャッチ。アンドロック。


「お願いします! お願いします! 早くしないと、また技術開発部に連れていかれちゃうんです!」

「イダダダ!! 離して! 手を離してください! 痛い! 何すんだ!」


 しまった。連日の研修のせいで、極めにいってしまった。しかし、離すわけにもいかない。チャンスは二度三度と訪れる物ではないという。前髪以外は剃りあげているという、いわば逆辮髪べんぱつであるチャンスの神様を相手どるには、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの精神しかない。

 すなわち、掴んで、極めて、チャンスをもぎ取るのである。そうしなければ、あの日の失敗を取り返すことは、決してできない。

 

 あの日、後楽園ホールでルチャを取り入れたというプロレスを見たあと、榊さんに一緒に働こうと言われたのは事実だ。そして、テンションが上がりまくっていた俺が、それを受けたのも事実。

 そしてその週明けに、是非ここで働きたいと言った。それも認めよう。

 しかし、そこから始まった研修が、あまりにも過酷。

 

 技術開発部で連日繰り広げられるスパーリングに筋トレ、無茶な食事。しかも、たまにキラキラした目の榊さんが来て、素人には無茶だという言葉を無視した飛び技の練習が入るのだ。生傷が増えるどころの騒ぎじゃない。骨が折れずに済んだのが不思議だし、筋やら健やらが切れずに済んだのは、僥倖というほかなかったのだ。

 

 最近じゃ、こっちが慣れてきたからか研修もハードさを増している。そのうえ、通常業務の方にまで駆り出され始めているのだ。

 今現在は『異世界送りから守り隊』との抗争こそ、沈静化しているものの、佐藤淳平みたいな連中が異世界から帰れば、抗争の再燃は目に見えている。

 正直に言って、怖い。

 だから、早く転属したいのだ。俺も必死だ。


「お願いします! お願いします!」


 俺はお兄さんの腕をがっつり極めつつ、さらにお願いした。

 一心不乱のお願いだ。これ以上はないほどの、全身全霊の懇願である。


「痛い! 痛いって! 考えるから! 考えるから離して!」

「本当ですか!? 本当に考えてくれますか!?」

「嘘じゃないから! 痛い! 折れる! 折れちゃいますって!」


 お兄さんの悲痛な叫びは良く分かる。ごく単純なアーム・ロックであっても、しっかりと極まれば、この世の地獄を顕現させることができるのだ。

 お兄さんの左腕のあちこちが軋んでいるのが、文字通り手に取るように分かる。

 手を離すか? 

 いや、多分この男は嘘を――


バゴヮン


 喫茶店のガラスを叩く音。

 俺の顔をはバカデカい一枚ガラスの窓に向いていた。

 怯えた男が張り付いている。ちょっと着古した感じの、みすぼらしいファストファッションだ。どっかで見た顔でもある。


「いせかぁい!」

 

 ガラス越しにも轟く、聞きなれた声。

 ヤバい。


「伏せて!」


 俺は瞬間的にインタビュアーのお兄さんを床に引きずり倒していた。

 ガラスに張り付いた男目掛けて、榊さんが走ってきていた。やることも大体予想がつく。

 榊さんの躰が宙に浮く。跳ねたのだ。中空で膝を曲げ、全力で伸ばす――。


「ドロップキィィック!」


 アスファルトの上で飛んでいるとは思えない。打点が超高ぇ。知ってる限りで500回/日のスクワットで練り上げられたバネは、伊達ではない。

 蹴り抜いた反動を使っての後方宙返り着地も完ぺきだ。


バゴシャァン


 一瞬の交錯の後に、ガラスを突き抜け店内に蹴り込まれる男。テーブルの上で跳ね、床に転がる。

 そして、ぱわゎゎあっと光って、消えた。


 窓の外を見ると、榊さんが心配そうな顔をしていた。着ている服は、後楽園ホールで買ったプロレス団体のTシャツだ。なんでそう、プロレス縛りなんだ。そしてなんだってまた、まだそのTシャツを愛用してるんだよ。お互いにプレゼントし合ったのは、もうだいぶ前になるだろうに。

 窓から店内に侵入してきた榊さんは、演技がかった声で言った。


「大丈夫!? コンくん!」


 まぁ、さすがに演技ではないだろう。多分、テンションがちょっと上がっちゃっただけだろう。というか、演技だと思いたくない。演技だとしたら、俺がここにいるのを知っていて、その上で被害者を追いこんできたってことだから。


「……うす。なんだったんすか、さっきの奴」

「『異世界送りから守り隊』! コンくんが、ちょっと前に送った奴。どうも復讐目的だったみたい。広報部のインタビューは終わった?」


 あ、そうだ。広報のお兄さん。

 辺りを見回してみると、すでにその姿は見当たらなかった。逃げやがった。

 油断していた。人命優先とはいえ、ロックを解いてしまうとは、俺もまだまだ甘いらしい。これが斉藤さんだったら、決して逃がしはしなかっただろう。

 いまさら悔やんでも仕方ない。おそらく、すでに仕事は始まっているのだ。

 

「……終わりました」

「じゃあ、今日の仕事、行こっか?」


 自動スキル『社畜』は、今日も速やかに発動している。


「……うす」


 窓ガラスを乗り越え、退店した。店員は追ってこないらしい。助かった。まぁ、ガラスについても、あとで斎藤さんが弁償するなりなんなりと、うまいこと処理してくれるはずだ。


 榊さんが顎をしゃくって、通りの先を示した。

 視線の先には、こっちに向かって走ってくる、バットを持ちの男が二人ほど。さっきの奴が『異世界送りから守り隊』なら、こいつらも同じなのだろう。

 俺の脳裏には、すでに額にMと入ったマスクマンが浮かんでいた。


「さぁ、仕事っすね」


 今さっき転属を願い出ておいてどうかとは思うが、意外と、この仕事を気に入っている自分もいる。どうせ来年四月から、秘密結社・異世界に送る会(株)の社員だ。

 諦めて残り一カ月、魂のマスクに誓って、頑張ってみるしか、ないらしい。

 俺は駆け出し、叫んでいた。


「いくぞコラぁ! いせかぁぁぁい――」


 俺には、ミ〇・マスカラスがついているのだ。 

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秘密結社 異世界に送る会(株) インターンシップ λμ @ramdomyu

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