【短編】赤信号

 その日、夢丘叶は散歩がてらに近所のコンビニへと向かっていた。

 冬の寒い日だ。

 この地域では珍しく雪が積もり、まるで冬なのだから雪が降らなければならないとばかりに白い銀世界を作り出している。


「ふっふっふ。ちょっと贅沢して冬アイスを堪能しちゃおっと♪」


 人通りのまばらな道を軽やかに進みながら、叶はひどくご機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。

 気をつけなければ足を滑らそうな程に悪路となった歩道も今の彼女を阻むものではないらしく、タッタッと軽快な足取りで通い慣れた店へと道を進む。

 その歩みが唐突に止まった。


「ありゃ!?」


 信号機だ。

 交差点に備え付けられた交通の安全を守る、誰もが世話になる社会の必需品。

 その信号機が、何故か全て赤色に点灯していた。

 首を傾げながら辺りをキョロキョロと見回す。

 歩行者用信号は赤。交差点の信号も東西南北全て赤。

 少し遠くに見える道路の交差点も、薄っすらと赤に点灯しているのが見えた。

 道路には車は走っておらず、まるでこの場には叶だけしか存在していないかのような異様な空間が作り出されている。


「赤信号だー……」


 ぼんやりと歩行者信号を眺めながら横断歩道の前で立ち尽くす叶。だが一向に信号が変わる気配はない。

 数分ほど経っただろうか?

 どうやらこの世には彼女一人という訳ではないらしく、ざっざっと歩道の雪を掻き分け歩く音が叶の方へとやってくる。

 現れたのは粗暴な印象がある、二十代くらいの男性だった。


「あ? なんだこりゃ。全部赤信号じゃねぇか……」


 男は先ほどの叶と同様に辺りを見回すと、短気さを隠しもしない口調で呟く。

 叶は無言だ。興味もない様子だった。

 数秒も経たずに男は軽く舌打ちをし、車が来ていないことを確認すると横断歩道に向かって一歩を踏み出した。


「渡らない方がいいんじゃないですか?」


 叶の声によって男は歩みを止める。

 振り返る先には一人の少女。何の感情も存在していないかのような、伽藍堂の瞳で虚空を見つめる叶だった。


「はぁ? なんだそれ、馬鹿じゃねぇの?」

「赤信号ですよ」


 気の強い男であったが、こちらを見もせずにまるで機械の様に言葉を放つ叶に薄ら寒い物を感じる。

 普段ならこの年頃の少女が無防備に歩いていたのならナンパにすらならない嫌な絡みかたをするのだが……。何故かその様な気分になれなかった。


「うっせぇよアホ」


 吐き捨てるように侮蔑の言葉を投げつけた男は、叶がぼーっと見つめる中、不機嫌な表情で横断歩道を渡り始める。

 やがて道路のちょうど真ん中に到達した辺りで――、



 劈くブレーキ音とともに大型トラックの下へと消えていった。



 あとに残るのは白の世界に鮮やかに塗りたくられた赤と沸き立つ湯気。

 ハケで絵の具を横一直線に引いたように、道路のずっと先までべっとりと続いている。


「あーあ。信号守らないから……」


 まるで息を吹き返したように青色に切り替わった信号を確認し、叶は臓腑と雪で足を滑らせぬよう足元に気をつけ交差点を渡る。

 向かう先は当初の予定通りコンビニ。


 それがどのような悪夢であったかなど、もはや今の彼女にとってさして意味を持つ事柄ではなかった。

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【設定&短編集】僕の妹はバケモノです 鹿角フェフ @fehu_apkgm

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