十五年の監禁

 産まれてからの十五年間を、僕たちは施設の中で過ごしている。

 毎日のように検査やテストを行わされ、その結果の善し悪しを記録に付けられているらしい。

 元々は十人居たはずなのに、気付けば僕のほかにはあと二人しか居ない。見えやしなかったが病気や怪我のために排除されたのか、少なからず彼らは僕たちよりも成績が良かったために、理由ははっきりとは知れない。死んだのか、外の世界へ出ることを許されたのか、そんなことは僕たちにはわからなかった。

 寂しい、という感情が湧いたことはない。常に頭の中に在るのは「どうして?」という疑問だけで、彼らのことよりも、僕は僕の現状のほうがより良いのかどうかを気にしていた。

 だから、外に出られる、という話を聞いたときは、やっぱり、彼らは死んだのだなと、特に感慨もなく思ったものだ。

 三人一部屋、三つ並んだカプセルの中央から、

「外って、どんなところなんだろうか」

 アキラが声を出すのが聞こえた。奥で洟を啜ってから、

「きっと美しいに違いないわ」

 返事をするのは、トモコだった。

 僕たちはこの施設の外のことを、書籍でしか知らない。文字と、モノクロの画像が、僕たちの「外の世界」だった。

 確かに、期待する面はある。トモコの言うように、すばらしい世界が広がっている可能性は十分にあった。しかし、

「僕たちが施設にいることを考えると、もしかすると良くない現象が外では起きているのかもしれない」

 どうしても浮かび上がる疑念が、言葉として漏れる。

「そんなことあるもんか」アキラは一笑に付し、「もしそうなのだとしても、俺たちには許可が下りたんだぜ? 蔓延しているウイルスに対する抗体を持っているのかもしれない。侵略者を撃退する能力に目覚めているのかもしれない。ともかく、ほかの七人とは違う何かが俺たちにはあって、外に出るんだ」

「それは余りにも希望的過ぎないかな」

「ユウは本当に素直じゃないんだから。喜べばいいのよ。今までだって三人一緒に居なくなるなんてことがあった? 私たちはきっと選ばれたのよ」

「どうだろう」自然、眉間に皺が寄ってしまう。「三人一緒に、不合格の烙印を押されたのかもしれない。外に出た瞬間、急に呼吸が苦しくなって死んでしまうかも。いきなりレーザーが放射されて考える間もなく黒焦げになってしまうかも。僕たちは何の意味を持ってここで産まれここで育てられたのか、この十五年間一度だって彼らは教えてくれなかったんだよ。それを手放しに信用は出来ないよ」

 言葉を連ねるほど、不安が膨れ上がり、やがて空気を入れすぎた風船のように僕は爆発してしまうかもしれない。果たしてそれと、外に出ることと、どちらのほうが。

 二人はきょとんとした後、顔を見合わせて二人だけで笑った。

「本当にネガティブだな」

「何でユウは今まで残ってるのかしら」

 二人の言うように、僕は多分、十人の中で一番心配性で、マイナス面に思考を働かせやすい人間だ。どうして今までの七人を差し置いて残されたのか、どうしてこの二人と一緒に居残っているのか、それもやはり、疑問のひとつではあった。

「あえて言うなら、立ち止まるためなんだと思う。二人がそうやって楽観的に前に進む腕を、掴むための役割なのかも」

「まあ、そうかもしれないな」

「三人一緒なら問題ないってことね」

「そういうこったな」言下にアキラは大きな欠伸を漏らしてから、「とにかく考えたって仕方ないさ。明日には、外の世界に居るんだから。もう寝ようぜ」

 僕たちの話を遮って、さっさと手をかざすと、部屋の灯りを落としてしまった。


 翌正午、僕たちは一枚の扉の前に、並び立っていた。

 後方では球体カメラがふよふよと浮かび、この瞬間を記録している。

 緊張の面持ちを浮かべながら、ひとつ生唾を飲んでから、アキラが代表して認証パネルに手を載せた。彼はそれから、こちらに視線を向けてきたので、僕たちはそれに応えて頷いた。

 扉が開かれると、眩い光が差し込んでくる。瞬間、それをレーザーか何かと思ってしまい身構えたが、苦しくなることはなかった。むしろ、軽い空気が口を通って肺に届くまでが、しっかりと理解できた。汚れてもいなそうだ。

 施設の外は、外には違いなかったが、高い壁に囲まれた三十メートル四方の檻の中だった。そして各角から、球体カメラが光を反射させこちらを向いているのがわかった。

 見たことのない物体がそこには数多くあり、二人はそそくさとそれに飛びついていく。僕一人が怖気づいて、扉の近くから離れることができずに居た。

 両端にもち手の付いたゴム製の縄を身体に巻きつけるアキラ。

 身体に当たっていく空気に目を丸くしているトモコ。

 僕の不安をよそに、二人は楽しそうに微笑んでいる。

 実際にはバクバクとうるさい鼓動のせいで音は届いてこないが、二人の笑い声が聞こえてきそうな、そんな瞬間だった。

 これは、一体、なんだと言うのだろうか。

 呆然と彼らを眺めながら、僕たちの十五年を想っている。


 ◇ ◇ ◇


 映像は三体のニンゲンを映していた。

 右上には「初めて外に出るニンゲン」といった見出しが、ゴテゴテした配色で書かれている。

 彼らにとって遊具だったはずの縄跳びの使い方を知らない、彼らを癒したはずの風の存在を知らない、そんなニンゲンの様は、直視するには耐えがたいほど、可笑しかった。当たり前のことに大仰な反応を見せている。

 中でも不安そうに周囲を観察し、現状を理解しようとしている個体は、際立っている。出来るはずもないことに尽力するのは、傍から見ると滑稽極まるものだ。

 自らで編集を行っておきながら、実際に放映される段になってまで、こうして面白おかしく腹を抱えさせてくれるとは、ニンゲンとは実に哀れな生き物である。

「こりゃ、視聴率取れそうですね」

「何せ十五年も面倒を見てやったんだ。全宇宙において、家畜として以外にニンゲンを使うやつらなんて早々居ないだろう。中でも出来が悪いのを三体、食わずに残したんだから、これで数字が取れなきゃ困るぜ」

「ですね」まあ、とひとつ置いてから、「彼らも大昔は似たようなことをしていたらしいですから、因果応報ってなもんでしょう」

「まして、こうした場面に感動したと言うんだから、その性質すら可笑しいよ」

 頷きを返してくるのを横目で見ながら、私の頭の中はすでに昇進後の自分を思い描いているのだった。

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有象無象の嘘と夢想 枕木きのこ @orange344

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