有象無象の嘘と夢想

枕木きのこ

彼女はいつだって冷たい

 彼女はいつだって冷たい。

 それが愛ゆえに、だと思うと、少し不思議な感じがする。


 付き合い始めた当初、彼女はそういった人間ではなかった。元々、誰に対しても分け隔てなく笑顔を振りまく彼女の姿に惹かれたこともあって、いつまでも、隣で微笑んでくれているものだと過信していた部分も、確かにある。

 例えば料理をして見せたとき、味付けの砂糖と塩を間違えてしまい、その味もさることながら、見た目も決して華やかでない生姜焼きですら、彼女は「本当に間違える人なんて居るんだね」と笑って、残さず食べてくれていた。

 それが今では。

 ああ、そう。そうなのだ。僕が彼女を冷たい人間にしてしまった。その念は確かにしっかりと、頭の隙間にぴったりと、置かれている。

 彼女は優しすぎるほどに優しく、また、それゆえに、不器用な面もあった。

 呼んで字の如く、気が浮ついてしまい、ほかの女性と関係を持ってしまったがために、彼女は著しく変わった。

 笑って許すことが必ずしも正解ではないのだと、自分の心情から学んだのだろう。彼女は僕を突き放した。甘やかすことがなくなった。砂糖と塩を間違えるような不出来な男に、そもそも料理を任せることなんてなくなった。外に出れば方々に向けられるあの笑顔が、僕のほうへは咲かなくなった。

 自信過剰かもしれない。しかし、じゃあと言って離れていかないのは多分、愛ゆえになのだろうと、自分を納得させていた。

 自分の愚かな行いを経ても、嘘のようで嗤われてしまうかもしれないが、僕も彼女が好きだった。隣にいて欲しいと願い、隣にいたいと望んだ。

 ただ、愛は、温度を持たないと、与えられても嬉しくないのだと、知った。冷え切った彼女の言動を、裏返し、裏返し、理解、認識しようと努めることが、段々と苦痛に取って代わった。

 自分のせいであることはわかっている。わかっているのに、どこかで燻る自我が、プライドが、彼女のことを恨んでしまう。ここまでされる道理はないと、反発してしまう。自分本位に他ならないと、理性は言うが、それすらも、徐々に萎んでいった。

 決定打なんてものは存在しなかった。少しずつ少しずつ、蓄積されていく鬱憤が、むくむくと自分の中で膨らんでいった末に、そうか、と思ってしまった。閃いてしまった。


 だから、これも愛ゆえに、なのだと思う。でもやっぱり、それは少し不思議な感じだ。

 こんな言い訳にも、彼女は表情ひとつ変えやしないだろう。

 なぜなら彼女は、いつだって冷たい。

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