第5発目

 夕暮れの旧校舎、山広場くんとのボットンバトルに勝った僕たちは噂の世界最強のウォシュレットを目指して軋む床板を踏みしめていた。僕にとっては朝のトイレで体ごと吹き飛ばされたことに対してのリベンジマッチ。自然とこめかみに冷たい汗が伝う。


 「それにしてもよー」

 隣に並んでいた川島くんが前を歩く颯太くんに声をかけた。


 「山広場が再起不能になるレベルの水の強さだったのになんともねぇとはどうかしてるぜ。オマエの肛門」「ああ、それか」


 颯太くんはクールに笑うと学生服のポケットをまさぐって僕たちにプラスチックに入った液体をつまんで見せた。


 「颯太くん、それは」独特の形状を見て僕は声を漏らした。

 「これを使ったのさ」


 「それはイチジク浣腸じゃねーか!」もしかして...僕の頭に稲妻が轟く。


 颯太くんがあの勝負でのトリックの解説を始めた。


 「知らねーのか?市販のトイレは水量が一定量を超えるとウォシュレット流れなくなるんだぜ」


 「つーことはよー?勝負の途中からオメーのトイレはウォシュレットから水が出てなかったつーことかよ!?」


 僕は自分の頭を整理する。颯太くんは最初からお腹を下していたわけじゃなかったんだ!自分のうんこでトイレの容量を増やして闘いの途中でウォシュレットから水が流れるのを止めた。ドアで覆われているから僕たちには不正がバレない。我慢比べで勝ち目がないのならまずその発射口を止める。颯太くんの発想の勝利だ。


 でも、僕の頭に疑念が残る。川島くんが颯太くんに突っかかった。「それってドーピングなんじゃ...」僕の声を掻き消して川島くんが叫んだ。


 「キタねーぞ!真剣勝負でズルをするなんてよ!うんこだけに二重に汚ねぇ!!」


 「オレだって保健室からくすねた下剤を使って腹まで下して勝負に挑んだんだぜ?

体を張って掴んだ勝利。そのおかげでこうやって旧校舎を探索できる権利を得たんじゃねーか」


 「ねぇ、アレ見て!」


 ふいに訪れた気配に視線を向けるとゆらゆらとした光が点滅を繰り返している。僕が声を上げると二人はそれを振り返った。


 「あ、あれは学校の七不思議のひとつ、『鬼火』じゃねーか?」


 僕は川島くんの声を受けて視線を向ける。違う。アレは暗い廊下を照らす懐中電灯のライトだ!


 「おい、何をやってる!」「やべ、逃げようぜ」


 颯太くんの声で僕たちは来た道を迂回して階段を上り、そしてまた別のところから階段を下りて一階の目的地を目指した。


 そしてそのウォシュレットが置いてあるトイレに到着した。


 「ふー、一時はどうなるかと思ったが辿り着いたぜ」


 川島君が額の汗を拭うと、ぼくはごくっと息を飲み込んだ。正直言うと体を傷つけられた恐怖はあったし、お尻の痛みはまだ残ってる。でも本当にそのトイレはあったのか?真実を確かめたい。その一身で僕は彼らとここに着たんだ。


 「モン太、この奥のトイレか?」「うん。へ?」


 僕が頷くと颯太くんが僕を前へ押し出した。「颯太くん、一体何を?」


 僕が振り返ると颯太くんは僕を見て笑みを浮かべた。


 「何をって?モン太、これはお前が引き金で起こった事件だ。お前がその真実を確かめねーと話がまとまんねーじゃねぇか」


 「颯太くん、でも」僕の肩に颯太くんの手が置かれて、彼が僕の耳に顔を近づけた。


 「実は、この旧校舎でお前を保健室まで運んだのは俺なんだ」「!?」


 「つーことで、モン太、この件はオメーの尻できっちりケリをつけるんだ。地球最強レベルの規格外のスーパーウォシュレット、もう一度味わってこい!」


 「そうだぜ!今度はオレ達が承認だ!」「川島くん...」


 ふたりが僕を励ましてくれている。もう恐れる必要はない。よし!


 僕はトイレの一番奥のドアを開け、そこに設置されているトイレのふたを開けて

ズボンを下げて座席にお尻をつけた。「つめたっ!」ヒーターが入ってなくて思わず声をあげる。


 「大丈夫か!?モン太!」ドアの向こうから颯太くんの声が聞こえる。僕はだいじょうぶ、と答えると、腸の中身をひりだして意を決してひと思いにウォシュレットのスイッチを入れた...!!





 「あれ。。。?」「ど、どうしたってんだよ」


 ドアの向こうの川島くんの声がはっきりと聞こえる。お尻には水が当たっている。でも、これは普通のトイレと同じ強さの水量だ。


 「なんかあったのかよ...?」問いかけられて颯太くんに声を返す。これ、地上最強のウォシュレットじゃない。どこにでもある普通のトイレだ。


*************************************************************************************************


 「なぁ~んだ、モン太。ビビらすんじゃね~よ。」「あ、うんゴメン」


 トイレから出て手を洗っていると川島くんが僕の背中をぼん、と叩いた。

 

 「どーも胡散くせーと思ってたんだよな。トイレだけによー」


 頭の後ろで手を組んだ颯太くんと鏡越しに目が会った。


 「危険な目につき合わせちゃって本当にごめん」ポケットからハンカチを出すと僕はふたりに対して謝罪した。


 「朝の急いでた時間だったし、気が動転してたんだと思う。きっと立ち上がるときにドアの金具にお尻をひっかけちゃったんだと思う」


 「それは...想像してケツがひるむぜ」

 「ケツがひるむってどういう言い回しだよ。野球部の坂松の件はどう説明つけんだよ?」

 「それがよ、坂松のヤロー、シンナーを常習的に吸ってたって噂があったんだよ」

 「シンナー吸って幻覚か。たく、付き合って損したぜ。学校の七不思議も全部嘘っぱちだしな」


 「颯太くん!」廊下を歩き始めた彼に向かって僕は声をあげる。


 「僕のために山広場くんと勝負までしてくれたのに、こんなことになっちゃってホントにごめんね!」


 「ああ?なーに」振り返らずに彼は言った。


 「あの変態オカマヤローが気に入らないからぶちのめしたかっただけさ。それに、楽しかったぜ。おまえらと遊べてよ」


 「このやろー、颯太!」川島くんが駆け出して颯太くんの肩に手を回す。僕はなんだか泣けてきて胸がじんとした。本当にいい友達を持ったと思う。


 「ところでよぉ、なんでオメー朝旧校舎に居たんだぁ?」「うぐ、それはだな」


 「わかったぞぉ~女だな!こないだカフェでナンパしたイズミちゃんだろ~」


 「ば、ちげーよ!まだそんなカンケーじゃねぇって!」


 僕を置いてけぼりでふたりは話を進めていく。はは、彼女持ちは死ね。苦しんで死ねばいい。


 てなわけで、僕らの七不思議はおしまい。ふぅ~なんだか尻すぼみな結末になっちゃたなぁ~。読んでくれてる人もほとんど居ないみたいだし。寂しいよ。


 次の日朝、僕はいつものように旧校舎のトイレを目指していた。本校舎のトイレはいつも満席だ。今日も少し調子が悪くてお腹がぐるぐる言っている。僕はいつも使っているトイレに足を踏み入れた。そっか、あの世界最強のウォシュレットは幻だったんだっけ。


 ため息をひとつついて奥のドアを開けると見慣れないトイレが置いてある。あれ?また新しくトイレ入ったんだ。僕はショッピングモールのガチャガチャを試す感覚でウォシュレットの起動ボタンを押した。


 清らかな心を持つ、選ばれた人にしか使うことを許されない世界最強のウォシュレット。次に現れるのは君の学校のトイレかもよ?あぁ~、お尻が痛い!!


<了>


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ウォシュレットさいきょう伝説 まじろ @maji

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