第4発目

 いよいよ始まった颯太くんと山広場くんによるボットンバトル。どっちが世界最強の水圧を誇るウォシュレットに挑戦しうる肛門を持っているかを決める争い。


 ウォシュレットからの水圧を当てる前にまずはうんこを出して用を足すことからだ。用もないのにウォシュレットを使うことは常識的に禁止されている、はず。


 「おい、耳澄ませて聴いてみろよ」クラスの誰かが山広場くんの入っている個室に耳を近づけた。ぽちゃん、ぽちゃん。お尻から溜め水への無駄のないキレイな着水音。


 「他者へのストレスを最小限に抑える気遣いを感じる排便」

 「芸術点をあげたいね」「それに比べて...」


 僕たちは颯太くん側の個室に目を向けた。大雨で土砂災害が起こっているような汚らしい大爆音が辺りに響き渡っている。


 「颯太ァ!オメーはもっと静かに糞できねぇのかぁ!」「うっせー!黙ってろ一太郎!」「うるせぇのはオマエの糞だっつの!」


 「あらあら、ヤンキーがお腹を下しているなんて日本のオトコも弱くなったものね」


 言い争いを始める颯太くんと川島くんの間を隣で用を足している山広場くんのせせら笑いが通り抜ける。


 「ハッ、馬鹿にしてられんのも今のうちだぜ歌姉さんよ」

 「大丈夫かな颯太くん...」


 僕はこめかみから流れる汗を拭った。

下痢による排泄は肛門を著しく痛めるんだ。

これから吹き出る水流に颯太くんのお尻は耐えられるだろうか...?


 「心配すんなってぇ、モン太ぁ」


 川島くんが僕の肩に手を回して笑い声を上げた。


 「颯太のケツの穴の強さは尋常じゃねぇ!アイツがトイレ借りに訪れる近所のパチンコ屋からはあまりの轟音に『爆撃機』なんて呼ばれてっからな!」


 「パチ屋に爆撃?それって普通にバッドマナーなんじゃ...?」


 「もう終わりかしら?早くしないとお尻が乾いちゃう」


 便を出し終えた山広場くんが颯太くんに訪ねた。


 「お、おう。ちょ、ちょっと待て。。。ふぅ、いいぜ。始めようか」


 「それじゃ、まずは水圧レベル3から~!」


 川島君が仕切りをとるとふたりが入っている個室から水が吹き出る音が鳴り始めた。


 「うお、何も押してねぇのに水が流れ始めやがった!」


 「不正防止のためにコッチから遠隔で水を流させてもらってます」


 驚く颯太くんに理科部の人が持っているコントローラを見ながら説明する。


 「水圧3、まだまだ一般のトイレの通常と同じ水量だ」


 「ああ^~この感じ、ホント最高~」


 山広場くんの個室から嬌声が聞こえ始めた。山広場くんは中学まで外国にいて日本に来てからウォシュレットにありがたみというか、お尻に水が当たることに対しての快感を知ったようで、長くウォシュレットを使い続けられる彼のウンチングスタイルはまるでトイレの独占権を得たと表現され、僕らの間では『皇帝』と呼ばれている。


 「大丈夫か颯太ぁ!」「なーに、心配すんなって。もっとアツいビート頼むぜ」


 「で、ではリクエストに答えまして~...」理科部の人がコントローラの設定をこの学校のトイレ最強の水圧レベル5まで上げた。


 「くぉお!」「颯太くん!」


 食いしばるような声が聞こえて僕は思わず彼側の個室に声を出す。下痢による排便で肛門を痛めている彼にはこの水圧は激しい痛みを伴うはずだ。

 

 「あらあらもう降参かしら~?お楽しみはこれからよ、うふ♪」


 「ハッ、水が金タマに当たっただけだっつの。まだフツーのレベルだろ?もっと強いの寄越せボンクラァ!!」


 「ヒィイ!そ、それではここから市販のトイレでは味わえない領域、レベル6!」


 理科部の人が更に持っているコントローラの設定を強めた。流れている水の音がさらに大きくなっていく。


 「ひゃっ!」「なんだ女みたいな声出して」


 クラスの誰かが甲高い声を出してからかわれていた。「いや、なんか背筋に冷たいものが流れてよ」「そりゃーオメー学校の七不思議のひとつ天井裏の『老婆の舌なめずり』ってやつじゃねぇのか?」


 「いや違う!」手に落ちた水滴を見て僕は声をあげた。


 「水だ!トイレから出てる水量が多すぎてしぶきが個室の上から噴き出してるんだ!」


 僕が指差すと個室の隙間から水蒸気のように跳ね上がった水が辺りに飛び跳ねている。「うわ、きたねぇ!」「これ!これよ!この強さを求めてたんだわ!」


 飛び退いた僕たちを再び引き付けるように山広場くんが声をあげた。


 「市販のトイレでは味わえないお尻を弾くこのパワー。でもまだまだ足りないわ、もっともっと頂戴!」


 「まじかぁ!」「こ、これでも市販のモノの2倍の強さなのに!」「2倍だって!?」


 「さぁ、早く。未体験のゾーンに一緒にイキましょう颯太ァ!」


 「くっ、誰がオメーみたいなオカマヤローと...」


 「これが最後!水圧レベル7!」「颯太くん!」


 僕の呼びかけむなしくコントローラの端際のボタンが押され、流れる水流は一層激しさを増して飛び跳ねた水しぶきは漂う水分と結合して僕らに短い虹を見せた。


 「昔よぉ、オヤジとホエールウォッチングってのをしたことがあんだけどよー。それを思い出したぜ。この闘いは」


 「う、ぐ、わ」


 片側の個室から声にならない音が漏れる。「止めて!」「いや、でもまだギブアップはまだで」「あのふたりがそんなこと言えるわけないだろ!」僕がコントローラを理科部の人から取り上げて『切』のボタンを押すと流れていた水流が次第に鳴り止んだ。


 「大丈夫かよ...」


 バタン!突然ドアが開き、髪の長い生徒がふらふらと歩き水溜りとなったタイルにその体を投げ出した。


 「歌姉ぇ!」何人の生徒が崩れ落ちた彼に群がった。川島くんが膝まで落ちたズボンを上げて局部を隠すと僕は胸の前で十字を切った。


 「あは、あはははは!。。。日本のウォシュレットさいこー...」「歌姉ぇ!」「ダメだ、完全にイキかけてる...!」


 「なんてことを...」にへら顔を浮かべて両手でピースサインを出す彼を見て思わず僕は目を伏した。


 「ふー、あぶねー所だったぜ」もうひとつのドアが開き、崩れた髪形を整えながら颯太くんが姿を現した。


 「颯太ァ!オメーあれだけの水量を受けてもなんともねーのかァ!?」


 「ああ、別になんとも。これで勝者が決まったな」


 廃人と化した山広場くんを見下ろしながら颯太くんは笑った。すごい。事前にお尻を痛めていたハンデがあったのに勝つなんて。惜しみない歓声が颯太くんに向けられる。再び川島くんが音頭をとった。


 「これにて、ボットンバトルは颯太の勝利!旧校舎のトイレへの挑戦権は颯太サイドへ与えられるぜぇ!」


 「颯太サイド?」

 「そうだ。モン太、おめーも今夜一緒にあのトイレに行くんだ」


 驚いた僕を見て颯太くんが僕の肩に手を置いた。


 「ぼ、ぼくも!?」

 「前回のリベンジを果たすんだ」

 「立会人としてオレも行くぜ。世界最強のトイレがどんなモンか見届けてやっからよ」「うん!」


 もう一度あの場所へ。僕と颯太くん、そして川島くんが水浸しのトイレで決意を高めるハイタッチを交わした。


 そして外は次第暗くなり始め終業を告げるチャイムが廊下に鳴り響いていた。

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