第3発目

 「ああん?検証してみる必要があるだって?」


 松坂くんを床に置くと颯太くんが山広場くんに向き直った。肩まで伸びた長い髪を掻き上げながら山広場くんは僕たちにこう言った。


 「そうよ。今の彼の証言や菊岡君のお尻の怪我。実在するのよ。学校の七不思議のひとつ『最強のウォッシュレット』がね」


 「だったら今すぐ現場に向かって試してみようぜぇ!その世界最強のウォシュレットってヤツを!」「おっしゃー!」


 川島くんを先陣にクラスメイトがトキの声をあげる。「待った!待った!」


 教壇で僕らを見守っていた松戸先生が毅然とした態度で声を張る。


 「おまえ達授業を何だと思ってるんだ!そんなことで盛り上がる年齢でもなかろうが!もう高二の二学期、大学進学を考えているなら勝負時だ。全員席に戻れ!」


 「そうね。今旧校舎のトイレに行っても彼のような怪我人が増えるだけよ」


 ふと床に寝そべる松坂くんを見下ろした山広場くんに颯太くんが突っ掛かった。


 「歌ネェさんよー、さっき検証するっていったよな?このままビビッて逃げるつもりじゃぁねぇだろうな?」


 「ちょっと、颯太くん!」「逃げるですって?」


 仲裁する僕を挟んで山広場くんが鋭い視線を僕らに向けた。このふたりは普段から些細なことでも競い合う関係で今回もどっちがこの難事件を解決するかの空気になり始めている。


 「選抜メンバーを決めましょう」


 山広場くんが腕を広げて僕らに提案した。選抜メンバー?言葉を復唱する僕たちに彼が話を続けた。


 「3階にある男子トイレの左側ふたつがこの校舎で一番強い設定が可能なトイレ。そこでどちらが長く水流に耐えられるか勝負するのよ。勝ったほうが旧校舎のウォッシュレットを試す権利が与えられる」


 「おお、それなら無駄に怪我人を出さなくて済みそうだぜ。。。!」


 川島くんが納得するように頷くと山広場くんが颯太くんを見て微笑んだ。


 「私からの挑戦、受けてくれるわよね?颯太」

 「ああ、上等だコラ。腕力以外のバトルでオカマヤローに一泡吹かせてやるよ」


 「おい、おまえ達いい加減しろ!」


 我慢し切れない様子で松戸先生が教卓を叩いた。びくっとして僕は振り返ったけど目の前のふたりは未だにらみ合ったままだった。うわ~この人たちヤル気だ。これ以上怪我人が出なければいいけど。


 「お前たち聞いてるのか!?いい年して尻遊びなんかしてる時間なんてないんだ!席に戻れ!席に!」


 怒鳴りつけた先生に颯太くんが振り返った。


 「これは売られた喧嘩だ。学校の七不思議ってヤツも検証しなきゃなんねー。オトコにはやらなきゃいけねー時ってモンがあるんすよ。センセ」


「きさまら、、もういい。勝手にしろ」「だそうだ」「行きましょう」


 颯太くんと山広場くんを先頭に僕たちは教室から廊下へ移動を始めた。授業をサボるなんて初めての経験で僕はかなりドキドキしていた。


 「クソガキども、きっちり上に報告させてもらうからな」


 「ハッ、センコーがチクリとは学校教育も末だぜ。行こうぜみんな」


 川島くんが音頭をとるとクラスのほとんどの生徒が教室から出払って廊下を歩き始めた。いがみ合っていたふたりの雌雄が遂に決する時が来たんだ。皆見たいに決まっている!


 「三階の、場所はドコだったっけ?」「美術室と音楽室の間のトイレよ」


 誰かが発した声に山広場くんが応じる。


 「おお!あの描き主不明の『飛び出す悲哀の貴婦人』と夜中に突然鳴り響く『幽霊ピアノ』がある美術室と音楽室に囲まれたトイレかぁ!?」


 「一太郎、ムリヤリ七不思議ネタ入れなくていいから」


 颯太くんが突っ込みを入れると皆に笑いが起こる。颯太くんのこういう所、ホントに憧れるなァ~。


 「着いたわここよ」


 階段をのぼった渡り廊下の先にその場所は口を広げていた。僕は自由選択教科で二階にある書道を選んでいるのでここのトイレは初めてだ。手洗い場に入ると山広場くんが今回の戦場となる奥ふたつのトイレを指し示した。


 「このふたつのトイレは理科部の協力を得て市販のモデルよりさらに強力な水量パワーを出力することが可能となってるわ」


 「よろしくども」気の弱そうな理科部のひとが所在無さげに頭を下げた。


 「すげぇ!MAXの水量レベル5の横に更に目盛りが付いてるぜ」


 川島くんが便座横の操作盤を指差すと周りにどよめきが起こる。


 「どいてな一太郎。今日こそあのオカマヤローの上下の口ををねじ伏せてやる」


 「がんばって!二人とも!」


 個室に入るふたりに僕は声援を贈る。颯太くんは振り返ってぐっと、親指を立てて、山広場くんは僕に投げキッスを飛ばした...なんかヘンな気分だ。


 「覚悟はいい?」「ハッ、そっちこそ」


 ドア越しにふたりの声が響く。「やったれ!颯太!」「おねぇの根性見せてくれ!歌姉ェ!」


 クラスのみんながふたりにエールを送る。僕の胸にアツい気持ちがこみ上げてくる。


 「まずは用を足すところからだ」「出し惜しみなく行かせてもらうわ」


 決戦開始。ふたりの排泄音と強烈な脱糞臭がトイレ一面に広がっていった。

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