第2発目

 「それで旧校舎の廊下に倒れてた、ってわけ?」「はい。その通りです」


 校舎隅にある保健室。例のトイレでお尻に超強力な水圧を受けて気絶してしまった僕はその後匿名の生徒によりこの保健室まで担ぎ込まれた。この男子校唯一の女性である堀池先生から軟膏を受け取ると僕はそれを自分の尻に塗り(見れなくても指の感触で肛門の周りがただれる様に裂けているのが分った。うわ~どんなカタチになってるんだろ。帰ったら鏡で見てみよ~)堀池先生に事のいきさつを説明したのだった。


 「ふ~ん。あのオンボロの旧校舎にそんなトイレがあるとは思えないんだけどねぇ」


 「そ、そうですよね。ハハッ夢でも見てたんですかね...」


 堀池先生はそれほど若くはないし、僕の好みのタイプではなかったけど女性にこんな話をするのはとても恥ずかしくてなんともいたたまれない気持ちになった。ぐるるる。僕の腹の下が鳴り、肛門に尖った痛みが走る。


 「もうそろそろ授業終わることなんで教室戻ります」


 よっと、体の片側で腰掛けていた丸椅子から起き上がる。


 「えっと、菊岡くん」


 堀池先生に呼び止められて振り返った。黒タイツをはめた長い足を組み変えながら聞きづらそうに先生は僕に顔を向けた。


 「キミ、旧校舎でその、なんかヘンなことしてないよね?たとえば女子生徒を連れ込んだりとか」


 「ああ」それを聞いて僕は先生に笑みを作った。


 「見てくださいよ。このずんぐりむっくりのイケてない体系を。勉強もスポーツも出来ない、顔もイマイチの僕が女子高生をオトせるわけ無いでしょ」


 「それもそうね...あはっ、ひどかったかしら!」先生は僕を見て笑うと「気をつけてらっしゃい」と僕を保健室から送り出した...なんだか体も心も傷だらけだ。


 ここは僕たちが通う大句曽根川高校おおくそねがわ。地域で一番偏差値の低い男子校で他校の女生徒からは相手にされず、卒業生は就職先が見つからず、いつからかOBや保護者なんかの間ではこの高校は『青春の墓場』なんて言われている。


 僕はまったく勉強が出来ないので(毎日熱心にノートを取っていると言うのに!)ここしか通う学校がなかったのだけれど、マックなんかで過ごしてると僕の制服の襟章を見て「クソ高のヤツだ!」って喧嘩を吹っかけられることがたびたびあった。


 でも僕はこの学校での生活が気に入っている。男子だけで周りにあまり気を使わなくて済むし、休み時間の馬鹿話はそこらの芸人のトークより面白い(実は僕、深夜のラジオを良く聞いていて友達の話をネタにして書いて送ったら有名芸人に読まれたことがある。僕の16年の人生、最大の誇り!)。今日も皆のいろんな話を聞いてみたい。はやる気持ちで僕は休み時間中の教室のドアを開けた。


 「お、旧校舎でケツを掘られたっつー噂のモン太じゃねーか」


 僕が席に着くと隣に座る草なぎ颯太君が僕を見て二カっと笑った(※なぎの字は弓に前に刀)。彼はクラスのムードメーカーでこんな僕にもフツーに接してくれるとってもいい人なんだ。ちなみに僕のフルネームは菊岡門太っていうんだ。よろしくね!


 「いや、女連れ込んでヤラしいことでもしようとしてたんだじゃねーのか?スミにおけねーなー」


 颯太くんの後ろからクラスイチのおバカ、川島一太郎くんがひょいと顔を出した。


 「そんな訳ねーだろ。コイツがそんなことできるタマじゃねーって」


 颯太くんが僕を茶化すとクラスに笑いが起こった。言葉は少し乱暴だけど端々から優しさを感じる。颯太くんにイジられるとぜんぜん嫌な気持ちはしない!僕が背もたれに深く腰掛けると肛門にピリリと痛みが走る。


 「んねぇ、モン太くん」「うわぁ!」耳元に息が吹きかかって振り返る。


 「あなた、旧校舎で使ったっていうんでしょう?例のトイレ?」「例のトイレ...」


 口の中で言われたことを繰り返す。僕に顔を近づけたのは山広場歌花やまひろばうたか。なんとなく説明しにくいニュアンスなのだけど、彼はおネェだ。目にかかる長い髪をかき上げると彼はぼんやりと正面を向いて発言した。


 「旧校舎にある選ばれたモノだけが用を足せるという幻の超強力トイレ。一体どんなトイレなのかしら。私もそこでぶっといの、受け入れてみたーい♪」


 彼の言葉を聞いてクラスの皆が色めき立つ。もう一度言っとくけどここは男子校だよ!男同士でそんなのなんて、ダメなんだからね!何言ってんだ僕は。


 「ハッ、オカマキャラ装って他校の女子と親しくなろーだなんてセコい考えのヤツが何いってんだか?」「あ?」


 颯太くんと折り合いの悪い山広場くんが彼を見て睨みを利かせた。


 「なんだオメー。やろうってのか!?」「いいよ、やってやるよ!こいよテメェ!」「ちょ、ちょっと!」


 「ほら!お前ら授業時間だ!」立ち上がるふたりを仲裁しようとすると大きな音を立てて理科教師の松戸先生が教室のドアを開いた。


 「ちっ」「覚えてなさいよ」「さー、始めるぞ。教科書開けおまえら」


ふたりが席に戻り先生が黒板に向かうと僕はほっと息を吐いた。するとばぁん!と廊下の向こうで大きな音が轟いた。


 「な、なんだ!」「アレ見て!」山広場くんの声で僕らはすりガラスのドアを見つめた。「手!手だっ!手が赤けぇ!」川島くんが飛び上がるとクラスにどよめき

が起こる。「もしかして学校の七不思議のひとつ、『血濡れの右手』?」


 「落ち着け!まだ真昼間だ!」松戸先生が思い切りドアを開けた。すると入り口にどさっと大きな音を立てて生徒の体が崩れ落ちた。


 「オメーは...野球部エースピッチャーの...『勝ち運』の坂松じゃねーか!!」


 颯太くんが駆け寄ると見覚えのある丸刈りの生徒が息も切れ切れに僕たちに言葉を繋ぎ始めた。


 「硬便かちうんが...完全にノズルの上に落ちたっていうのに」

 「やめろ!もう喋るな!」「話させてあげればいいじゃない。面白そう」


 山広場くんが笑みを浮かべて坂松君の前で膝を追った。僕らは坂松君の次の声を待った。


 「旧校舎の...一番奥...」


 「僕が使った場所と同じだ!」思わず飛び上がっていた。僕がお尻を怪我したトイレ、夢じゃなく本当にあったんだ!


 「おい、しっかりしろ!」「ダメね。完全に気を失ってる」


 颯太くんが体を揺らすが坂松くんは白目を剥いてブラックアウト。「あらあら。これは検証してみる必要がありそうね」山広場くんが舌なめずりをしてその場を立ち上がった。


 どうしよう、これ以上犠牲者が出ると大変なことになる...!事態の深刻化を受けて僕の菊門がひくひくと、うずき始めていた。


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