ウォシュレットさいきょう伝説

まじろ

第1発目 

 キーンコーンカーンコーン。始業5分前を知らせるチャイムが辺りに響く。


 僕はお決まりのフレーズを口の中で呟きながら横引きの鉄ドア校門をくぐった。


 「こらぁ!菊岡きくおか!授業に遅れるぞ!」「はぁい!すいませぇん!」


 体育教師のイビリを適当にあしらう。おー、あぶない、あぶない。こんなトコで足止めなんかさせたら大変だ。僕は玄関に向かう生徒の列に一度混じり、しばらく前の生徒達の歩幅に合わせた後、皆の視線が向いていないことを確認して中庭に続く横道に入った。


 「便は腸に留まるぞ。便は腸に留まるぞ」


 昔トリビアの泉で覚えた魔法の言葉を呟きながらやや駆け足で(でも内股で、走ることはしない)僕は木製の壊れたドアノブを引いて旧校舎の中に入った。


 え?なんで授業前にこんなところに来てるかって?そりゃー、キミ。うんこするために決まってんじゃん。


 朝の時間帯、学校のトイレはいつも全部埋まってる。僕みたいに腹が弱い人もいるだろうけど中には用もないのに携帯電話を長い時間イジったり、個室の中で動画を見たり、あまつさえカレーパンを食べるぼっちのヤツまでいる始末なんだ!


 そのせいで先日危うくうんこを漏らしそうになった僕はその教訓を生かしてこの旧校舎のトイレで用を足そうと思ったわけ。きぃきぃ鳴る板を踏みしめて天井からぶら下がるくもの巣を払いのけて進むと冷えた水処に男子トイレを見つけた。


 無意識に僕は周りを見渡した。あたりまえだけど近くには誰もいない。僕は人の気配があるとおしっこが出なくなってしまう体質なんだけど、ここならその心配もいらない。よし。思う存分用が足せるぞ。始業のチャイムが鳴ってから授業が始まるまで約10分の待ち時間タイムラグがある(教師が授業の準備をするためだ)。 校門をくぐってしまえばこっちのモンさ。僕は汚れがこびりついた和式を避けて奥の方へ歩みを進めた。


 するとそこにひとつだけ色の違うドアを見つけた。引っ張られたカギとドアの隙間から中の様子が伺えてそこには洋式の便器が置かれていた。真っ白で目立った汚れもなく、まだ新しい。奥のほうにはタンクがあり、電源ケーブルと水のチューブが本体に繋がれている。こんな所に新品のトイレがあるなんて妙だな。今思えば不思議だったけどもうそろそろ便意も限界だ。ぼくはズボンのベルトを外し、おしりを便座に付けた。電源が入っているおかげでちょうど良い暖かさだ。僕はひとつ、ゆっくりと深呼吸をするとお腹に力を入れていままで必死にセーブしていた内容物をその真っ白い陶器に思い切り解き放った。


 旧校舎の廊下の方まで、描写できないようなひどいオノマトペが鳴り響いていく。昨日食べたチキンカレーの肉に火が通り切ってなくて朝起きたときから腹具合が最悪だった。二チチ、細長い軟便が体を離れて黒く濁った水沼に落ちていく。肛門からは次の出演者を待つようなバイクのエンジン音を彷彿させるおならが轟いている。こんな音を皆に聞かれたらクラスの笑いものだ。ここで用を足して正解だったよ。快楽に似た開放感にしばらく体を預けていると今度こそ始業のチャイムが校舎から鳴り響いてきた。いけない、思い出した!一時間目は時間に正確で一秒の遅刻も許さない現国の茶渋ちゃしぶ先生の授業だ。僕は脱糞を切り止めておしり洗浄のボタンを押した。ジィィィ。チューブに水が補填される音が鳴る。


 「あー、早く拭いて教室に行かなくちゃ。紙はあるみたぃッ!!?」体を貫く衝撃波。「な!ぁにぃ!?」声も出せずに中腰を取る。でも依然としてその尖った痛みはもの凄い勢いで体に突き刺さってくる!これは!水だッ!!僕が押して起動させたウォシュレットの水流!視線を下に向けるとビシャァア!とダムが決壊するよう勢いで水が僕の肛門に向かって噴出している!


 「は!はやく『切ボタン』をッ!!」手を伸ばすけど肛門からは残りの便があふれ出してきてそれを水流が弾いて水気の多い鳥の皮が僕の頬に張り付いた。ウ、うげぇーッ!!体勢が変わったことで水の当たり場所が変わり、肛門の端から暖かいものが流れてきた。ああ、分るよ。これは僕の血だ。体の力が抜けるとぼくはその水流に押し出されるようにドアを突き破る勢いで汚れたタイルに投げ出された。目が合ったカマドウマが僕の姿を見て逃げるように跳ねていった。ぷしゅぅううう。主を失った便器が閉館間際の公園の噴水みたいにその勢いを沈めて消えた。


 これは僕が味わった学校の七不思議のひとつ。“旧校舎の世界最強ウォシュレット”のお話。僕は必死の思いでズボンを上げると指に付いた血で『たすけて』とまだ乾いている方のタイルに指を引いた。べぼり、と尻から水があふれ出す感覚を味わうとしだいに意識が薄れていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る