さとらぬが花

めらめら

さとらぬが花

「あーあ。金もねーし、酒も切れたし、全くやってらんねーぜ」

 最後のカップ酒をチビチビ大事に飲みながら、俺は今夜の寝場所を探していた。

 今日はとにかく冷える。少しでも暖かい場所がいい。

 そう考えながら人通りの無い暗い路地裏を歩いていると……


「少しでも、暖かい場所がいい、と思ったわね! おじさん」

 と、不意に呼び止められて振り向けば、道端にしゃがみこんで俺をジッと睨め上げているのは、一人の女だった。

 まだ若い。長い黒髪、黒眼がちな切れ長の目。

 占い師か? だがおかしい。今の言葉、口に出した覚えはないぞ?

 そう思った途端、女がニタリと嗤って、


「口に出した覚えはない、と思ったわね!」

 読心術? ドッキリか?


「読心術、ドッキリか、と思ったわね!」 

 まさかこいつ……『さとるの化け物』か!


「さとるの化け物か、と思ったわね!」

 まずい! 考えることが無くなったら、俺はこいつに喰われてしまう?


「あたしに喰われてしまう? と思ったわね!」

 ならば、これならどうだ! 俺は一計を案じた。

 ……東京特許許可局局長今日急遽休暇許可拒否


「とうきょうとっきょきょかきょくきょくちょう、きょうきゅうきょきゅうかきょかきょひ! と思ったわね!」

 言いきった! なんて女だ! だったら……

 ……巣鴨駒込駒込巣鴨親鴨子鴨大鴨小鴨


「フン。すがもこまごめこまごめすがもおやがもこがもおおがもこがも! ぜぇぜぇ……と思ったわね!」

 ……魔術師手術中、手術中集中術著述


「まじゅつししゅじゅつちゅう、しゅじゅつちゅうしゅうちゅうじゅつちょじゅつ! と思った! ちょろいちょろい!」

 ……美術室技術室手術室美術準備室技術準備室手術準備室美術助手技術助手手術助手


「びじゅつしつぎじゅつしつしゅじゅつしつびじゅつじゅんびしつぎじゅつじゅんびしつしゅじゅつじゅんびしつびじゅつじょしゅぎじゅつじょしゅしゅじゅつじょしゅ! と思ったぁ!」

 すげえ! マジでパねえよ、あんた!


「ふくくく……まだまだ! かかってこんかい!」

 俺と女の熱い戦いは、始まったばかりだった。


  #


 8時間後


 ……寿限無寿限無五劫の摺り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る所に住む所やぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助


「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ! と思ったわね!」

 苦し紛れに俺が思い浮かべた最後のお題を、女は完璧に復唱して見せた。


「だめだ……! 敗けた!」

 俺は万策尽き果て、白々と夜も明けかかった路地裏にガクリと膝をついた。

 もう逆立ちしても次のお題が浮んで来ない。(そもそもさっきの『寿限無』も、早口言葉ではないのだ)


「ふふふ……勝った!」

 女が路地から立ちあがると勝ち誇った顔で俺の方に歩いてくる。

 もういいや。煮るなり焼くなり、すきにしろ。

 俺は女の実力に敬意を払いながら、自分の死を覚悟した。


 (´・ω・`)ショボーン……


 敗北感に打ちひしがれる俺の脳裏に浮んで来たのは、なぜだか例のアスキーアートだった。


「くくく悪あがきを……! まるかっこあくさんてぎゅなかてんおめがなかてんぎゃくくぉーとまるかっことじしょぼーんさんてんりーだーさんてんりーだー! と思ったわね!」


 いや、もういーから。

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