/ 逢間が時 /    / 彼女と彼




 ここはほんのりタイムの香りがして、

 焼け焦げた机や椅子とか溶けた壁材の臭いもして、

 おっさんのキツい口臭なんかもただよっていたりして、

 田畠さんと広末くんがいる日の沈むほんのひと時。


『今、時間大丈夫かな?』


「……」


『聞いてほしい。今言わなきゃ間に逢わない、二人とも一生後悔する気がする』


「……どうぞ」


『僕はあなたのことが好きです。大げさに聞こえるだろうけど、ずっと君の傍にいたい』


「……」


『君に始めて出会ったときからぞっこんなんだ。君といると幸せでたまらないんだ。

 君の笑顔をもっと見ていたい。その為だったら何でもしたい。

 一緒にいれば、大変なことだってあるだろうけれど、二人なら大丈夫だと思うんだ。だから、どうか、僕を君の傍にいさせてくれませんか』


「無理だよ」


『……』


「いつも傍にいるなんてできっこないよ。私も貴方に告げなければならない」


『どうぞ』


「私たちがずっと幸せでいることはないんです。そうでないときが必ず来る。

 貴方は必ず罪を犯すし私はそれを許せない。それからの苦痛を貴方は知らない。

 貴方は知らない。

 うら若い私からは想像もできないものをこの腹の底にうねらせることを。

 それは私たちに絶望をもたらす。好き合う二人が別れるのは必定。

 こんなことなら最初から出会わなければよかった。

 ……私と、貴方は、一緒にいちゃ、いけない……」


『……』


「だから、無理だよ」


『ははは、君って実は心配性なんだね』


「そうじゃない、私は全部見てきたの」


『それなら僕も見ているよ』


「調子いいこと言わないで。貴方にわかる訳ないんだから!」


『わかるさ、君が恐れているのはあやまることだろう?』


「えっ」


『違う?』


「嘘、だって貴方は……。待って、それ、どっちの意味?」


『どっちでも同じだよ。この先に絶望が待っていても僕はそれでいいと思うんだ』


「わからない、これは何の話なの? 昔? 今? それとも未来?」


『君と僕の話だろ。何時かなんて関係ないさ』


『タイムマシンなんかなくとも、君に告白できた今ならわかる。

 僕たちは付き合っていて別れていた。僕たちは幸福の絶頂にいて絶望のどん底にいた。

 その全てがこの逢間が時の僕と君との告白で、始まっていて、終わっていた』


「全てが、一緒に?」


『そうだよ。

 僕らは幸福で始まって絶望で終わるんじゃない。幸福と絶望で終わるんだ。

 だからもう大丈夫。何度でも誤ろう、何度でも謝ろう。

 僕らはずっと、一緒に、幸せだから』


「……私は、あやまってもいいのかなあ」


『当然だろ? 君の中にあるものは僕のものでもあるんだよ。

 僕もあやまるからさ』



 彼は膝を付き、そっと彼女のお腹を撫でた。

 彼女は、くすぐったそうに笑った。



「そっか、二人とも、あやまるんだ……」


『うん。これで答えになったかな?』


「……嗚呼、やっとわかった……私、本当は……」


『じゃ、改めて。君の傍にいさせてくれませんか?』


「――ごめんなさい」






「――ごめんなさい。私がやりました」



 スタンド以外の光源を失くした仄暗い部屋で、一人の女が頭を下げた。

 その部屋にいる二人の男のうち、若輩の方は態度の急変に目を剥いた。


「は? え、自白? ていうか、せ、先輩、今のこっぱずかしいのは?」

「……」


 わけのわからなさは同じはずなのに、訳知り顔で女に頷きつつ先輩は黄ばんだYシャツの襟を正した。


「夫を殺したのは私です。これから全てお話しします。

 私一人の身で償いきれる罪とは思えませんが、どんな罰もお受けします」

「……」


 掛ける言葉の見つかない後輩に先輩の威厳を見せつけるべく、中年の刑事は皮肉気に女に言い放った。


「……あんたは一人なんかじゃないんだろ?」

「……はい」


 うつむく女の目は毅然とし、あとは静かに聞かれたことに答えるだけだった。







「――ごめんなさい。嬉しいのは分かるんだけど、そんなに強く抱きしめないで」



 日のとっぷり暮れたキッチンで彼女は夫に申し訳なさそうに告げた。


「あっ、ご、ごめんよ、ハニー」


 顔を腫らした若い旦那さまは奥さんからすぐに離れて手を合わせ謝罪した。


「フフッ、いつのまにか秘密がバレちゃってたのね」

「うんまあ、産婦人科どうこうの時点で正直半分ぐらいは」

「ありがとう、ダーリン。変な夢を見て不安だったけど、今の言葉とっても嬉しかった」


 彼は頭の後ろを掻きながらはにかむ


「うん、でもメチャンコ恥ずかしかったから、これも秘密にしておいて」

「モチロンよ。あ、でも……、」


 彼女は少し背筋を伸ばして夫に提案した。


「親になるんだから、いい加減ハニーとかダーリンは止めましょう」







「――ごめんなさい」


 田畠さんが黙りタイムマシンが完全に壊れ、201番教室で音を立てるは風ばかり。


「……」


 広末くんも、物理教師も科学部員も、外野も口を噤む。

 みんな固唾を飲んで田畠さんの言葉を待っていた。


「……」


 田畠さんは友達の方をちらりと見て、下唇をぎゅっと噛み、手をグーパーして。

 田畠さんは口を開く。


「これはきっと大いなる誤りだと思う。

 この先の言葉は言うべきじゃないんだと思う」


 真っ赤な頬を伝う涙をぬぐいながら、頑張って喋る。


「でも、この気持ちと時間には逆らえない。だから、ごめんなさい。

 私もあなたのことがす、好き……あ、あなたの傍に、いたい……」


 声が裏返って、まともに出てこない。

 思いを伝えたくて、広末くんに一歩、二歩とあくがれいづる。


「ど、どうか、よろしく……おねがいします」

「はい!」


 広末くんは顔がほころばせ、しっかり彼女を抱き留める。


「おめでとう!!」


 誰かの祝福を皮切りに生徒も教師も教室になだれ込み、騒ぎ始めた。

 みんなの穏やかな拍手に包まれて、苦笑いの広末くんと泣きじゃくる田畠さん。





 オワリッ!

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告白マッシュアップ! しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang

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