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△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 10年後の彼女



「何!?」「何が爆発したの?」「早く警察!!」

「どうしたんですか一体!」「火事にはなってないの?」

「田畠さーん!!」


 夕闇の校舎は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。

 学校に残っていた文化部の生徒や教師たちがどんどん集まってきている。


「せ、せ、先生! 殺人ですよこれは」


 テンパった科学部員一号は物理教師の白衣にすがる。

 二号も爆心地を見て絶句するばかりだ。


「教室が戦場みたいだ……」

「ええい! そんなことよりマシンだ、マシンを早く」


 元気なのはマッド物理教師ぐらいなのもので、彼は瓦礫の散らばる201に入り、手ずからタイムリープマシンを探し始める。


「しっかりして!」


 そんな人間のクズを余所に、広末くんは教室にいち早く駆け込み、奥に倒れていた田畠さんを抱き起して介抱した。


「アガガッ、体が痛い……」

「あ、あったぞ。無事だ、まだ起動している!」


 田畠さんが意識を取り戻すのと物理教師がマシンを見つけたのはほぼ同時だった。


「えっと、君は未来の人? それとも今の時間の君?」


 広末くんは彼女が床に手をつくと肩に回していた腕を外し、用心して問う。

 この時の中身は十年後の田畠さん、広末くんを殺すと聞かされた直後だからそりゃもうビックリ仰天した。


「だ、ダーリン、し、死んでない? どこか怪我したりしてない!?」

「そっちこそ大丈夫? 多少チリチリしてるけど」

「ええもう。……ちょっと膝を擦りむいてる。けど、全然平気!」

「よかったあ」


 ダーリンの人か……と、広末くんは少し渋い顔になったけど、それでも彼女が無事だと知れて安心した。それは田畠さんも同じで、虚心坦懐に彼が生きていることを喜んだ。

 んで、一方のマッド物理教師たちはようやくタイムリープマシンを取り戻したものの、それどころではなかった。


「全く……。愚か者どものせいでとんでもない手間を食った」

「そんなこと言っている場合ですか!」

「居残っていた生徒や先生たちが集まって来てます。僕らは無関係ですよ」


 幸い火事にはならなかったけど、野次馬の生徒たちや教師がぞろぞろと201を覗いていた。


「ダーリン、学ラン着てる。あ、ここはまた高校の頃なのね。でも」


 ここまでさっぱり状況についていけてない十年後の田畠さん。辺りを見回すにつれサーッと顔を青ざめさせた。


「こ、ここまさか201教室……?」

「うん」


 教室の机やロッカーはぐちゃぐちゃ、窓は全部割れて風がビュービュー。


「あの、若ダーリン、告白って……、もうした?」

「まだだけど」

「イヤアアアアッ!」


 田畠さんは身を跳ね起こして絶叫した。


「お、想い出の教室が台無しじゃない!」

「あっ、そんないきなり立って平気なの?」


 怒髪天を衝く勢いの田畠さんは身体の痛みも忘れてマッド物理教師どもを睨みつけた。


「誰の仕業!?」

「この人です!」


 科学部員たちは一も二もなくマッド物理教師を売った。


「お前かクソ松!!」

「お、おう」


 さすがにこれまでぼてくりまわされた苦手意識もあってかクソ松は押され気味だ。


「その人はヤバいって、田畠さん」

「ダーリンは黙ってて!」

「う、うん」


 怒り狂った田畠さんの前では広末くんもタジタジだ。

 彼女は物理教師に迫る。


「どういうつもりでこの教室を吹き飛ばしたの!?」

「ボクの大願の為には已むをえなかった。タイムリープマシンにはその価値がある」


 外野たちがざわめく。ガチのヤバい人だと、教室に入ろうとしていた者はみんな後ずさった。


「大願って、それで何するの?」


 これは実のところ誰も知らないことで、科学部員たちも食いついた。


「そう言えば、どうしてこんなマシンを作ったんですか?」

「過去とか未来を変えるのは絶対やるなって言ってましたよね」

「もちろん。あの、あれ、シュタゲみたいにすごい危ないんだぞあれは」

「じゃあ何?」


 物理教師は頬を染め、髪の毛を指先でクルクルさせながら答えた。


「ボクが……将来結婚してるかどうか、確かめようと思って」

「将来って、先生今何歳なんですか?」


 ぎょっとした広末くんが話に割って入った。


「五十六」





 重い沈黙が校舎に訪れた。





「絶対してない!!」

「ひどい! 面と向かって言うなんて、あっ!」


 残酷なツッコミとともに田畠さんは教師の手からタイムリープマシンを奪い取る。


「こんなもの作る暇があったら婚活しろ!」


 弁当箱大のマシンを憎々しげに握りしめ、彼女はブンとそれを振りかぶった!


「こんなもののせいで……!」

「よ、よせ、なにするつもりだっ!?」

「お、落ち着いて」


 と、マッド物理教師と広末くんがそれぞれ抑えにかかる。


「ぶっ壊してやらあっ!!」


 しかし、間に合わずマシンは投擲され、ノーコンの田畠さんの腕からすっぽ抜けるように飛んだ軌道はあろうことか、広末くんの顔面を直撃した!


 スコーンッ!

「うわあっ」


 マシンが煙を吹いて弾ける。


 ボンッ!



 △0年後 / 放課後 / 201番教室 / 0年後の彼女



 いつも通り突然に元の時間に戻った。

 わたしの前にはへたばって頭から血を流す彼がいた。


「広末くん!」

「頭に弁当箱が直撃したぞ!」「誰か保健室呼んでー!」

「もう帰ったよ!」


 彼の元に膝をついて動かない頭に触れる、どうしよう!

 止血できるものは無いかと辺りを見回す。すると、教室は爆撃後のスラム街みたいな荒廃しよう。しかも周りにはクソ松や科学部だけじゃなくて、先生とか吹奏楽部とか演劇部とか生徒かとにかく色んな人が集まっていた。友達のサツキも目を真ん丸にしてわたしを見ている。

 何があったの!? いや、それより、


「誰が彼にこんな酷いことを!」

「お前だー!」


 科学部のアホ共がわたしを指弾する。あとサツキも頷いている。

 嘘!?


「目を開けて、広末くん!」



 ●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 10年後の彼女 ?



 ボンッ!


「元に戻っちゃった」


 アタシはキッチンの米びつに腰掛けていた。

 右手にはスマホ、左手に友達のくれたポプリ。


「……電話、してたんだ」


 もう通話状態ではない。誰と話してたんだろ?

 ていうか今までのやつは何だったの?


 ……ま、いっか。もう遅くなっちゃったし、夕食やりながら考えよ。

 そう思って立ち上がったわたしの肩に、手が置かれた。


「あらダーリン。どうしたの?」



 □20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 20年後の彼女 ?



 ボンッ!


「ああっ! 先輩が爆発するぅ」

「……」


 机の向こう岸でバカ刑事二人がじゃれあっている。

 背を苛む夕陽こそ弱まったが、元の時間だ。


 なーんだ。結局、変な夢を見ていただけか。

 残されたのは疲労感のみ。これからの取り調べをどうやって過ごそうか。

 椅子のクッションが堅くて尻が痛い。サツキと話しているときは米びつでも気にならなかったんだけど、ま、相手がおっさんどもじゃ当然か。


 ガタンッ!


 おっさんが威勢よく立ち上がる。顔面をプルプルと震わせながら机の上に手を付きワタシに顔を近づける。


「知らないぞ、もうどうなっても知らないからな!」


 若い方が何か囃し立ててくるが、どうだっていい。先ほどまでに比べれば多少殴られるぐらいどうってことない。

 まったく、なんて悪夢だったんだろう。





 おっさんの赤黒い唇がゆっくり開き、言葉を紡ぐ





『やっと、僕のことを見てくれたね』


 次に聞こえてきたのは、夫の声だった。


「――え?」



 △0年後 / 放課後 / 201番教室 / 0年後の彼女 ?



「広末くん……?」


 田畠さんは突如としてムクリと起き上がった広末くんにどうしたらいいかわからなかった。彼は何とも無さそうに立ち上がり、柔らかく微笑んでいる。

 彼女が動揺したのは、その姿が目を凝らすと小刻みにブレてみえたからだ。そして、また自分自身もそうなっていることに気付いて「ゲッ」と呻く。


「ッ! 何か変だぞ。タイムリープマシンが不審な音を挙げています!」


 おかっぱの科学部員の言うよう、四角い機械はプスプスと黒い煙に不穏な音を立てている。

 だが、異変はそれだけじゃない。

 初めに気付いたのは科学部員二号だった。


「ついでに目まで変になったみたいだ。光景がいくつも重なって見える!」


 焼け野原の教室に、オシャレな北欧風の家具がちらついたり、黄色い灯りのスタンドライトがチカチカ瞬く。

 物だけじゃない、人も現れては消える。幽霊のように透けた彼らは若い男や女、あと口臭そうなおっさん。


「……今ボクたちはどこにいる? 教室、人の家……それとも、どこだ?」


 マッド物理教師は絞り出すように声を出した。この場にいる全員が同じ疑問を共有していて、身じろぎ一つせず状況を見守っていた。


 やがて物が瞬き続けるうち、現れる人々だけが二人に収斂していく。


「文系男と文系女にそれぞれ別の時間の人物が合わさっていく……」

「男の方はなんか知らない口臭そうなおっさんも重なってるぞ!」


 科学部員一号がこの状況を作り出した原因に問う。


「先生ぇ! 一体何が起こっているんですか!?」


 マッド物理教師はすぐには答えず、半分割れた黒板に向い、チョークでカツカツとなにやら書き始めた。

 書きながら彼は仮説を説明しはじめた。


「……おそらくはマシンが壊れ、時空がひずみ始めたんだろう。

 このマシンは人の意識だけを移動させるはずだった。おそらくは、彼女と最後にマシンに触れた彼の意識を中心に、三つの時空は一つになりつつある」


 二人に重なっていく人々は大きくブレながら、その振れ幅はどんどん小さくなっていく。男は女の手を取って立たせ、二人は見つめ合う。


「え、じゃあ、あのどう見ても同一人物じゃないおっさんは?」

「知らんけど数合わせじゃない?」


 物理教師は書き終えると踵を返し、黒板の図を示す。




  △0年後

  +

  ●10年後

  +

  □20年後

  ||




「重なった空間が一つの時間に同期再生する。言わばこれは、」

「ッ! これは!」 


 閃いた様子の一号が教師の手から白墨を奪い取り、図を書きかえる。




  △ <どうも

 /●\

  □

  / \





「おでんマン! すべてお前の仕業だったのか!?」


 ポロリ、と一号の手からチョークが落ちる。


「違います」


 違った。

 衆目の白けた目に晒され、一号は恥ずかしそうに下がり物理教師の言葉は続く。


「言わばこれは『マッシュアップ』。

 決して出会う筈なき時間と空間が逢う束の間、オウマガドキだ!」

「先生! 何がなんだかさっぱりです!」


 威勢の良い二号の指摘に物理教師は口元にひとさし指を当てた。


「つまり、ここから先は二人だけの時間ということだ」



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