第61話:駆引/怒りへの

『パーシヴァル……? なんだ、騎士道の真似事か?』


 案の定、マルクの嘲笑いを込めた返答が耳に届いた。こればかりは俺もそう思う。どうしてこうなったのだろうか。アイのネーミングセンスを疑うしかあるまい。

 出陣前に決める事となった、本機のコードネーム。名前はその時に決めればいいやと考えていた俺であったが、代わりに考えていたアイが付けたのだ。

 アーサー王伝説に登場する円卓の騎士、パーシヴァル。谷を駆ける者の異名を持つ、聖杯探索の騎士。どうにも彼女がその名前を選んだ理由が見つからなかったので聞いてみると、


「名前の由来に貫くという意味があるんです。瞬らしいでしょ?」


 と綺麗な笑顔で言われたのだから、喜ぶべきなのか怒るべきなのか解らなくなって受け入れてしまったわけだ。たぶんあれは、彼女なりに俺を信じてくれている証拠なのだろう。

 谷を貫く者――信念を貫けと言っているのであれば、この名前を背負う事は俺はアイへの期待も背負う事を意味する。まったく……願掛けをされてしまった。


「そういうお前こそ、なんだよそれ? 鬼か?」

『鬼……あぁ、そういえばこの国ではそういう生き物がいたらしいな。まったくもって見当違いだ』


 藍色の鎧にを身を包んだマルクは気分が高揚しているらしい。俺が鬼と思うのも、その機体には日本の角があったからだ。安直だが、鋭利なそれを見せられると日本人ながらそう感じてしまう。

 だが、その装飾やモノアイなどの特長を見る限り……あれは恐らく――


『こいつはギアーズシリーズだ。ギアーズ・オブ・ランスロット』


 やはりというか、最悪な予想が当たってしまった。ギアーズシリーズ。アイが使用するギアーズ・オブ・アーサーの兄弟機……というべきか。

 覚悟はしていたさ。ギアーズ・オブ・マーリンを使用していたオットーと一緒にやって来た二機のうちの一機なのだろうから、あれは恐らくそういう物だろうとは。マルクの事だ、ハッタリではないだろう。あいつはハッタリをかまして脅すよりも、どんなに相手が最弱であろうとも持てる最大火力で圧倒するタイプだ。


『ランスロット……円卓一の騎士と呼ばれた、円卓の崩壊の原因』


 近くに潜んでいる先生を中継して、俺とマルクの会話を聞いていたアイは小声で俺に囁く。こういう知識はアイが詳しいし、何よりその単語を聞いて納得した。


「円卓一の騎士か……お前らしいな、マルク」

『……円卓最強の騎士だ。なぜお前がそんな事を』

「なるほど。最強の騎士の名を賜ったわけだ。そりゃ、浮かれるよなぁ?」


 赤く輝く一つ目がギロリと俺を睨んだ気がした。悪いが、お前が俺と同じで感情的であるなら対処法はよく解るのだ。自分が短気で良かったと思う日が来るとは思わなかったが……精一杯、冷静さを欠かせてもらう。


『でも、最強は最後まで続いたわけじゃない。後半では息子のガラハッドにその座を譲るの』

「だが、その最強伝説は過去の物だ。俺が知る限り、ランスロットより強い騎士がいたと聞く」


 アイの助言を聞き、俺は出来る限りマルクの自尊心を傷つけようと努める。自分が嫌だと感じる事をするのは気が退けるが、今はその良心の呵責を覚える時じゃない。

 如何に自分に優勢に持っていくか……戦闘経験も技量も、機体性能でさえ劣っているであろう俺ができる一手だ。冷静に。冷静に……ソフィアへの想い、マルクへの怒りを抑え込んで、対話を続ける。


『……お前、通信をしているな?』


 マルクの冷たい声に、俺はカルゴのヘルメットの中で小さく舌打ちをした。こうも早く、通信の事がバレるとは思っていなかった。こればかりは、マルクの洞察力の高さを見くびっていた俺が悪い。

 一筋縄ではいかない、という事か。ギアーズシリーズの知識を有するアイをアドバイザーに戦闘をしようと考えていた俺にとって、その情報がバレるのは痛い。


『沈黙か。図星のようだなぁ?』

「……どうかな?」

『おせぇんだよ。大方、アイかヒューマ・シナプスと通信をしていたのだろう。卑怯な奴め』


 ぴきり、と額に青筋が走る錯覚を覚える。そう、錯覚だ。この感覚は嘘だ。この心の揺らめきは間違いだ。そう思い込まないといけない。冷静になれ。こちらが嵌めようとしているのだ。自分が嵌まってどうする。

 そう……落ち着け。これは駆け引きだ。説得ではなく、如何に自分を殺して相手を貶める、そのための――


「卑怯? ソフィアを人質にとってよく言うぜ?」

『あいつは元々俺の奴隷だ』

「残念ながら、日本には奴隷制度は赦されない」

『どうだっていいなぁ? あいつは、俺の物だ』


 あぁ、クソッ。向こうも同じ考えらしい。考えてみれば、あいつは俺のこういう部分を煩わしいように感じていたと思う。同族嫌悪、もしくは無自覚ゆえに格下に見ていたのか。負け犬の遠吠えが煩かった、という可能性も十分にある。神経質だからな。

 好きな相手を所有物のように言われるのが、こんなにも胸をざわつかせるなんて思ってもいなかった。心の内で吐き出した悪態はその証拠だ。あの鬼の兜の中にあるであろうニヤついた笑みを想像して、更に琴線がキシキシと軋む。


『瞬、落ち着いて……』

「落ち着くさ。大丈夫……」

『心配されたか?』

「あぁ。おかげで、まだお前と話す余裕はある」


 アイの囁きに沸き立つ熱が治まった俺は、次の沸騰の瞬間を恐れながらも最悪の相手と対話を試みる。これ以上は自分の方が持たないと知りつつも、この場で切りあげたら、それこそ終わりと知っているがゆえに。

 弱さを知った。だからこそ、俺は正攻法ではなく、お前を怒らせて勝つ方法を選ぶ。


『それで? お前は、今からお前を殺す敵に、何を話すのだ?』

「単純さ。ソフィアはどこだ?」


 だからこそ、俺とお前にとって最もデリケートな繋がりを会話の主題に置く。

 俺が彼女を好きになり、彼女は俺に助けを叫んだ。その関係をこいつは知っている。だからこそ、ソフィアの話になると、自分の所有物を奪われるような感覚に陥るはずだ。支配欲の塊……こいつが俺以上に厄介なのはそれだ。


『ふんっ。聞き出したところでどうする? アイを使って探し出すか?』

「それもいいな。だが、教えてくれないんだろ?」

『当然だ――と、言いたいが』


 予想外な言葉に俺は警戒心を覚える。その赤きモノアイがぐにゃりと笑み歪んだ気がした。

 そしてその瞬間――俺の後方で大きな爆音が響き渡る。


『きゃぁぁあああ!?』


 アイの悲鳴が聞こえた。俺はどうしてもその光景を振り返りたい欲に駆られるが、目の前のマルクから目を離すわけにはいかない。

 何かをした――俺の隙を見出したという可能性が、俺の直感に響き渡るのだ。


「何をした?」

『なーに、簡単な事だ。ここを使ったんだよ』


 そう言って、マルクは自分の頭を指さす。俺に足りない部分だと言わんばかりのジェスチャー。だが、ありがたい事に警戒心がその刺激された感情を抑圧してくれる。


『お前達が助け出そうとする相手が、もし、この島を破壊しまくればどうなると思う?』

「……ソフィアは、そんな事はしない」

『だが、するんだよねぇ! あいつは、俺の、奴隷だ。少し躾ければビクビク震えながら尻尾を振る。島を破壊しろと命じれば、喜びの涙を見せながら嬉々としてやってくれる』


 俺には、その価値観が解らない。ソフィアはそんな軟弱な奴じゃない。あいつは、俺に言ったじゃないか。俺に、助けてと言えた。マルクに抵抗できた。そんな奴が、こいつに屈するわけがない。

 だが、ざわつくのは心の裏側。もし、という暗い仮定の話が頭に過ぎる。


『さぁ……どうする? 後ろを向けよ。そしてその目で見ればいい。そこにいるのが、本当にソフィアか。なんなら、仲間に聞いてもいいぞ? まぁ、十中八九、ソフィアだがな』


 最悪の仮定を想像してしまう――考えるな。思考するな、想像するな。ソフィアは、そんな弱い女の子じゃない。そんなわけが……ない、けど……。

 ――ふと、彼女が震えている姿を思い出してしまう。その姿は、とても弱々しくて、どこにでもいる、女の子だったはずだった……


『さぁ、絶望しろよ! さぁ……さぁッ!!』


 込み上げてくる怒りが抑えきれない。もう、俺を諌める彼女の声も聞こえない。

 俺の右腕は、もはや制御できないほどに震えていた。

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機動鎧装RR 銀鎧のアイ 紅葉紅葉 @inm01_nagisa

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