第60話:覚悟/死への
「うんがー!!」
身体全体に広がる打撲以外の痛みに、思わず伸びた声を出してしまう。ルビィさんに自由に身体を使われて、アイの躊躇のない攻撃に曝されて、俺の身体はボロボロだー。
部屋の真ん中で仰向けになって天井の光を見つめる。しばらくは保健室での生活であったが、今日からは元々の自分の部屋に戻ってきている。学校の授業も、公欠扱いらしく、破格の待遇だ。
正直、啖呵を切ったはいいがこれが正解とは思えていなかった。どこか自分の中に迷いがある、と。いや、たぶんそれはほんの少し、それこそ気にするほどではないはずの事だ。俺はやると決めたらやる男のつもりだ。だから、マルクと刃を交えても後悔はない。
問題は、どこか、説得する事はできないかと考えているのだ。
「無理だろうなぁ」
俺が知る限り、マルクという男はそんな甘い男ではない。冷徹なやつで、それでいて感情深いやつ。あいつの中にある俺への怒りが収まらない限り、説得をしたところで火に油だ。
戦いを避けたいと思っているのだろうか。あんなにもマルクに殺意を抱いたというのに。どこか、何かしらの想いを俺はあいつに抱いているのかもしれない。
……堂々巡りだ。あいつにかける情けなんてありゃしない。そんな余裕なんてない。俺は、絶対にソフィアを救い出す。そのために、マルクは倒さないといけない。
「はぁ……ん?」
と、自分の甘さ加減にうんざりしていると、扉がコンコンと音をたてている事に気が付いた。今は午後の十一時。整備組はまだ作業をしてくれているらしいから違う。
アイだろうか。だが、アイは整備組の応援をしに行ったはずだ。チキと一緒に作ったパンとジャムを差し入れに、俺との特訓の疲れなど知らないように。
「すまないが、入るぞ?」
「その声……」
聞き慣れた声だった。決して低音ではないが、だからと言って耳障りな高音ではない、親しみ深い声音。ゆっくりと開かれた扉の先にいたのは、黒のスーツ姿の先生であった。
アイとの特訓後も結局会わずに、そのまま帰ってきたのだが、まさか先生が訪ねてくるとは思ってもいなかった。
「とりあえず、元気そうだな?」
「えぇ、まぁ……ルビィさんに扱かれましたけど」
「だがおかげで、だいぶ身体を動かすのも楽になったろ?」
「はい」
俺は寝転がっていた身体を急いで起こし、先生を出迎える。立とうとすると先生が目の前で胡坐をかいたので、俺もそれに倣って胡坐をかく。
まさか先生と自室で二人っきりなんて考えもしていなかったので、いつもはない緊張感を覚えてしまう。
「硬くなるなよ。俺とお前は先生と生徒の間柄だが、あんな馬鹿な事言われたんだ、ただの男として接してくれ」
「馬鹿な事って……ソフィアの事ですか?」
「お前がソフィアが大好きな事」
この人は、本当にハッキリと臆面もなく言ってくるな……こちとら、女性陣を前に赤っ恥かいたというのに。
先生は既婚者で娘もいるのだから、俺の恋路を外から楽しみたいのだろう。普通は傍迷惑なのだが、実際は協力を惜しまずしてくれるので下手な事は言えない。ここまでの大掛かりなお膳立ては先生あってのものだ。
「正直、老婆心なのだがな。ただ、俺もまた人を愛した人なんで、どうしてもお前のその想いを無下にしたくなかった。何より、恋敵がいて、そいつから愛する人を取り戻すんだ。ロマンあるだろ?」
「先生……楽しんでるでしょ?」
「教師じゃなかったら、もう少し笑みは浮かべられるんだがな。少なくとも、そこに人死にが関わるなら笑顔は引っ込んでしまう」
寂しげに、しかし真剣な表情で先生は俺を見る。俺を心配しているのだろう。明らかに無理をしている俺を。自分だってそれが解っているのだから、先生が解るのも当然だ。
「一度決めた事だから変えるつもりはない。お前がマルクと戦い、倒す。そしてソフィアを救出する。その後は解らないが……俺は、お前が死ぬまで手を出さない」
「……はい」
「って、そんな事ができるほど人間は機械的じゃないんだけどな。お前が死にそうになった時、確実に俺は手を出してしまうだろう」
先生は頭に手を当てながら溜め息を吐いた。その人間臭さに緊張感が途切れてしまう。先生はどうにも、緊張感を保つのが苦手なようだ。
だが、先生は仕切り直すように咳払いをし言葉を続けた。
「だから、俺にそう思わないようにしてくれ」
「……死ぬな、じゃなくて?」
「それも含むが、何より諦めるな。死ぬってのは突然だが、それまでに至る過程がある。油断、気絶、緊張、そして絶念。お前が生きる事を諦めた瞬間、お前の死は確定する」
死に関して先生は真剣であった。やはり傭兵だからか。もしくは、彼自身がそれに強い拒否反応を示しているからか。どちらにせよ、先生の言葉は胸に刻まないといけない。
諦めるつもりはない。油断もするつもりはない。気絶は耐えきってみせるし、緊張はあるだろうが、それで戦闘の手を緩めるつもりはない。
だけど、それは不意に訪れる。俺は誰かが死んだところなんて見た事ないけど、死という物はそういうものだ。先生は、警告をしに来たんだ。再三の警告。お前は、死に間近なところで殺し合いをするんだぞ、と。
「一応、真面目に言います。俺は死ぬつもりはありません……けど、もし何かあったら妹の事、お願いしていいですか?」
「当然だ。彼女もまた俺の生徒だしな」
「あと、親父と御袋。うち、中小企業だから。贔屓してやってくれませんか? メーカーとしても歴史も浅いし、赤字ギリギリそうなんで」
「了解した。山口モデルス。お前に何があれば、そこで作った武器でずっと戦ってやる」
それを聞いて安堵できた。最悪、残せるものがある。
だからこそ先生に、この事件の原因となった一枚のプリントを渡す。ペラペラで、しかし確かに重要な契約が書かれている。これたった一枚で、実家の経営も楽になるかもしれないのだから――何より、俺もアイと同じで、戦う覚悟だけはできているんだから。
先生は黙ってそれを受け取った。表情は見せない。少なくとも笑みではない。だが、取り乱しもせず、涙を流すわけでもなく、先生はそれを折り畳んでポケットに収める。
「受け取った。死ぬなよ、瞬。お前は、これからを作り上げる希望なんだから」
「そんな大層な」
「いいや。俺達の時代は終わる。外敵との戦争経験者がいない世代がお前達の世代だ。それこそが、これからの時代を作り上げていく希望だ」
先生の語る外敵を俺達はよく知らない。情報統制がなっているらしくて、大人は皆、語りたがらなかった。俺達が知るのは、その戦争で人が大勢死んだのと、英雄が生まれた事だけだ。
先生もまたその戦争を生きた人なのだろう。だからこそ、俺達を希望と呼ぶのだ。
「先生の期待を、無駄にはしないように頑張って生き抜きますよ」
だから、俺はそう答える。この戦いは、俺だけの戦いではない。ヒューマゼミ、皆の戦いなのだから。
◇◇Skip◇◇
武蔵島の南端に存在する灯台。そこにやつはいた。藍色の鎧を身に纏った、赤き一つ目を浮かべた鬼のような姿のギアスーツ。三本角がマルクのプライドを示しているのか。大地には巨大な一振りの剣が突き刺さっていた。
「きたか? 瞬」
まるで長年の怨敵に出会ったかのような声に恐怖を覚える。なんとおどろおどろしい話し方をするのか。ねっとりとして、気持ちが悪い。だが、それは怒りが燻り続けて生まれた泥のような精神なのだ。
俺は新型のギアスーツを身に纏い対峙する。マルクはその一つ目で俺をじろりと見、明らかな嘲笑を声に出す。
「ハハハハハッ! なんだ、その混沌としたキメラティックなパッチワークは? マーリンで来ればよい物を、ゲテモノを用意してどうする?」
「ゲテモノ?」
マルクは恐らく俺のギアスーツに嫌悪を感じているのだろう。新型で拘りを有するあいつだ。純正品である事にも拘りがあるのだろう。だからこそ、メーカー品での改良が必須なカルゴやミスティアを使用せず、ロシアのベストセラー機であるユーリィを使用していたのだ。
それすらも、あいつにとってはどうでもいい機体なのだろうが。だからこそ、俺の機体をバカにしたのは赦せなかった。この機体は、俺とゼミの皆の想いが詰まった相棒の生まれ変わりなのだから。
「違う……こいつはパーシヴァル。お前と同じ、円卓の騎士の名を騙るものだ!」
オレンジ色と赤色の装甲を持つ、複合的にパーツを重ね合わせた俺の乗機――かつて相棒と言ったカルゴの頭を有する機動鎧装こそが、この三日間の仲間の成果であった。
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