天使の囁き

 また山手線でのお話ですが、専門学校に通っていた頃のことです。

 通学で西日暮里←→高田馬場間を利用していました。

 高田馬場に向かう車内、田端の駅だったでしょうか? ドアが閉まる際に、持っていた傘の骨を1本ドアに挟まれてしまいました。

 電車のドアって一度閉まるとロックがかかるのでしょう。挟まれた骨は引いても引いても抜けません。

 ドアに向かって悪戦苦闘していると……男の子の大きな声が聞こえてきました。

「ねえお父さん、あのお姉ちゃん困ってるよ」

 ふっと見ると、吊革に掴まったお父さんと隣に7歳くらいの男の子。その男の子が、びしっと私を指さしていました。

 そう、あのお姉ちゃんとは私のこと。

「ねえ、かわいそうだよ。お父さん、何とかしてあげてよ」

 あのー君の気持ちは嬉しいんだけど、たぶんお父さんでも抜けないから……

 お父さんも、「いいんだよ」とか小声で男の子に返しています。

 見るからに抜けそうもないことが分っているのでしょう。

「でも、かわいそうだよー」

 さらに大声。

 私、思わず傘を背中で隠しました。たぶん、もっとかわいそうな事態に突入したことを自覚しながら。

 何故かというと、次の駒込駅から3駅ほど、そちらの扉が開かないからです。

 純粋な男の子の,私を案ずる言葉は、池袋までずっと車内に響き渡りました。


 とてもかわいそうなお姉さんに変身していた田端→池袋の旅でした。

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聞いてくれます、こんな話 たちばな @tachibana

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