【13-09】告げる



 夕食の為にログアウトした僕は夕食を食べようと思ったが、まだ早い時間だったから先にシャワーを浴びるために部屋に戻った。シャワーを浴びていてから食堂に向かったが、それでも夕食としてはまだ早い時間だったみたいだ。食堂はまばらに空いていた。まあ、混んでいるよりはいいや。僕はいつものように肉か魚かで魚を選んで受け取る。


「若。矢澤様から連絡がきています」


 イヤホン越しに黒川が報告する。そういえばイヤホンを付けたまま過ごすことにも慣れてしまったな。


「内容は?」


 そして、一人で話すことにも慣れてしまった。


「近々会って話がしたいから空いている日を教えてくれとのことです」

「どこか都合の悪い日ってあったっけ?」


 思い返してみるが特にない気がする。明日から学校が始まることは矢澤コーチも知っているだろう。


「武闘大会期間中はダメか」

「では、そのように返答します」

「お願い」


 そういえば、リンカーをもらってからメールを打った記憶がない。黒川に内容を伝えてお願いしているだけだ。


「黒川、メールの文面ってどうなってるの?」

「確認いたしますか? リンカーの画面に映しました」


 ポケットからリンカーを取り出す。リンカーには堅苦しい感じの文面が並んでいた。「お世話になっております」って、僕、使ったことあるかな.でも、失礼にあたることはないだろうから別にいいか。


「ありがと。これで送っておいて」

「かしこまりました。それと、今日の分の活動報告を追加しておきました。確認をお願いします」


 僕はリンカーを操作して追加された部分を読む。元々のレポート自体が黒川のまとめた活動報告を元にしているから追加されても違和感はなかった。


「これでいいと思う」

「明日の分をまとめて、最終的に1つのファイルに出力します」

「分かった」


 黒川の能力がすごすぎる。もはや依存している気がするが、やめられそうもない。


 僕がリンカーをポケットに戻して夕食の続きをと思って箸を持ったところで前から拓郎が来るのが見えた。


「瑠太もごはんか」

「うん。拓郎は今日も肉?」

「ああ。瑠太は魚か」


 僕は比較的魚を選ぶことが多く、拓郎は反対に肉を選ぶことが多いのは半年の生活で分かったことだ。


「瑠太は武闘大会どうするんだ?」


 拓郎の何気ない質問が僕にクリティカルの判定を出す。僕は一瞬どう答えようか考えたが、ここで話すことでもないと思ってはぐらかすことにした。


「武闘大会中はクエストを受けることになってるんだ」


 嘘ではない。護衛の仕事は騎士団からの依頼とも言える。いや、違うか。


「へー。それは残念だな」

「賞金稼ぎのクエストだから仕方ないよ」

「そうか」

「拓郎はどうするの? 参加するの?」

「ああ。もちろんだ」


 拓郎は満面の笑みで参加を表明する。その笑顔を見て僕は決心する。


「拓郎はまだ【ふぁみりー】に入りたいの?」

「【ふぁみりー】? なんだそれ?」

「カズさんのギルド」

「ああ! 【ふぁみりー】って名前なんだな! もちろん!」


 そっか。


「それにしても【ふぁみりー】って名前なんだな! 瑠太、よく知ってたな」

「名前自体はすでに広まっているみたいだよ」

「そうなのか」


 ギルドで声かけられたときにギルド名を言っていたからそのはずだ。


「拓郎。この後、予定ある?」

「いや? 今日はソロで動いてたし、特に予定もないな。あるとすれば活動記録を書くことか?」

「ちゃんと書いてたんだ」

「当たり前だろ」


 僕と拓郎は軽く笑みをこぼした。


「拓郎はまだ王都にいるの?」

「ああ。ちょっと本当は騎士国に向かおうと思っていたけど、武闘大会が始まるからってやめた」

「そっか。騎士国なんてあるんだね」

「あれ? 知らないのか?」

「最近、情報集めてないから」


 この夏休み中はこれまでと比べたら情報を集める時間は確実に減っていると思う。特に後半はギルドやスキルのことで頭がいっぱいだった。


「今AW内で見つかってる国は3つある。俺たちが最初にログインする国で、ゲーム内でもっとも歴史を持つ国、古代国家オペニング。騎士王を主に仰ぐ騎士たちの国、騎士国キャメロット。そして、魔術師ギルドが収める学徒たちの国、魔道国家ウィズダム。それぞれが1つの大陸を支配しているんだ」

「へー」

「オペニング自体まだまだクエストが隠されているんじゃないかって言われてるし、それが後2つもあるとか。ほんとこのゲームはいつまでたっても飽きなくて済みそうだ」

「そういえば、拓郎は旅がしたかったんだったよね」

「ああ。すでに空だけならオペニングの三分の一は回ったところだな」

「結構回ったね」

「通り過ぎただけの町が大半だよ。今はスキルを上げて、長距離を飛べるようにする必要があるんだ」


 拓郎も僕とは違う方法で楽しんでるみたいだ。僕は拓郎の近況を聞いて、僕のこれまでとは全然違っていて楽しそうだと思っていた。もちろん、これまでの僕の冒険がつまらなかったわけではない。でも、AWの世界を旅するのも面白そうだと思った。

 話を聞いていると最後の1切れになった。僕は気持ちを切り替えて、最後の一口を入れ、席を立つ。


「拓郎、話したいことがあるから部屋で待ってるね」

「お? どうしたいきなり。ここじゃダメなのか?」

「うん。部屋で話したいかな」

「そっか。食べ終わったら部屋に行くよ」


 拓郎は首を傾げつつも了承してくれた。

 僕は真っ直ぐ部屋に向かう。


「若。話すのですか?」

「うん。拓郎はこの学校に来て一番の友達だと思ってる。部屋も一緒だし、早めに言っておこうと思う」


 部屋に戻って歯を磨きながら僕はTVをつけた。特に見たいものがあるわけではないが、静かに待つこともできなかった。こういう時はどう告げるのがいいのだろうか。もしかしたら、なんでもないように笑って流してくれるだろうか。それとも、とても怒るだろうか。

 無意識でも歯磨きは終わる。それでも、すぐに口をゆすぐ気にはなれず、シャカシャカとすでに磨いた歯を磨く.TVの番組がコマーシャルに入ったタイミングで僕は口をすすぎに洗面所に向かった。口をゆすいでいると拓郎が戻ってきた。


「もどった」

「おかえり」


 洗面所から顔を出す。


「すぐ終わるから」


 僕は事実を簡潔に言うことにした。口を拭って共有スペースの椅子に戻る。


「で、話って?」

「うん。実は拓郎に言わないといけないことがあるんだ。僕は【ふぁみりー】のメンバーだ」


 拓郎は予想していなかったみたいだ。でも、納得したような表情に変わる。


「ああ」


 拓郎は静かにうなづいた。


「拓郎が【ふぁみりー】に入りたいと言っていて、言うべきか悩んでいたんだ。でも、いずれはバレることだから今言うことにしたんだ」

「そうか。剛田選手に誘われたのか」

「うん」

「うらやましいな。なあ、俺も、いや」


 拓郎は立ち上がって部屋の外へと出た。


「先に寝ててくれ」

「うん。おやすみ」


 ばたんと部屋のドアが閉まる。


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【仮題】僕のVR競技専門高校生生活 -だからこうして、僕はVRオリンピック日本代表選手になった- 星井扇子 @sensehoshii

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