【13-08】〔魔力操作〕




「来たか」

「遅くなってごめん」

「その恰好で過ごすのか?」

「慣れようと思って」

「そうか」


 セスタギールがカウンターから出てくる。


「〔魔力操作〕について教えてやる」


 セスタギールの用件は僕に〔魔力操作〕を教えることだったのか。〔属性変換〕のときは教えてくれなかったけどどういう風の吹き回しだ。


「オロチ。お前の〔魔力操作〕はまだ未熟だ。昨日、急に眠くなっただろう?」

「うん」


 昨日は急に眠くなって部屋に戻るのが大変だった。


「それは〔魔力操作〕の練度不足が原因だ」


 練度不足か。


「基本的に人は常に魔力や気力を操作している。だから、気づきにくい。しかし、属性の変換は別だ」


 セスタギールが右腕を上げると炎が宿る。


「〔属性変換〕された魔力は操作がしづらくなることが一般的だ。だから、俺たち騎士はできる限り属性の変換回数を減らす」


 回数が問題ってことか。


「騎士の使う魔法剣は剣に込めた魔力を一度変換する。すると不思議なことに剣に魔力を込めるだけで魔力の変換が勝手に起こる。これは魔力の性質だ。覚えておけ」


 変換前の魔力は変換後の魔力に近づくと勝手に変換されるってことかな。セスタギールが体全体を魔力で覆うと次の瞬間魔力が騎士鎧に変わった。


「〔魔力鎧〕だ。原理は〔変装〕と同じだが、〔変装〕程の自由度はない。鎧の形を変えることもその性質を変えることもなかなかできない。昨日、俺が装備を着けずにオーガの討伐に向かったのはこのスキルがあるからだ」


 そうか。このスキルがあれば装備はなくても済む。このスキル、ほしいな。


「昨日のお前の〔変装〕はおそらく常に魔力の〔属性変換〕をしていた。どうイメージをしたかはわからないがそれが原因だ」

「属性変換の多用による疲労ってこと」

「そうだ。〔魔力操作〕の練度が上がれば問題なくなるだろうが、今のオロチにはまだ早い」


 そういう理由か。


「でも、今日は今のところ大丈夫だよ?」

「気づいているか? 今のお前は表情の変化がない」

「え?」


 そんなはずはない。いや、さっき〔変装〕するときにマスクのことはイメージしなかった。画像を見て顔を転写しただけだ。僕はマスクみたいに皮膚と連動するようにイメージする。


「表情が出たな。その状態だ。どうイメージしている?」

「魔力の顔がマスクみたいに顔に引っ付いているイメージ」


 確かにマスクのイメージは少しつらいかもしれない。少なくともさっきの表情の変化がないときは〔変装〕の維持を気にしなかった。


「そうか。〔魔力鎧〕は鎧という物質の具現化を意識しろと教わる。そのマスクを具現化してみろ」

「具現化?」


 具現化しろと言われてもわからない。魔力が物質になるということだろうか。でも、魔力は魔力だ。物質にはならない。いや、これは錯覚なのかな。いや、でも、魔力って物質じゃないよね。


「おそらくお前は顔を作り、その顔にマスクというイメージを追加している。つまり、二段階の属性変換をしている。それが大きな理由だろう」


 そうか。確かに昨日も今日の顔を作ってからマスクにしていた。

 僕は一度〔変装〕を解いて、再度〔変装〕する。次は顔の形をしたマスクを最初からイメージする。すると、さっきよりも楽になった。


「どうだ?」

「さっきよりは良くなったよ」

「いいだろう。常にそのマスクを意識しろ。このタイプのスキルは使えば使うほど負荷が減る。〔魔力鎧〕もそうだった」

「分かった」


 昨日の眠気がスキルの副反応だったとは思わなかった。これを知らずにいたら、大会中に眠って勝手にログアウトする可能性もあったわけだ。


「ありがとう。これで〔変装〕を使いこなせそう」

「では、次だ」

「次?」


 今の話で〔変装〕に関する説明は終わった気がしていたけど。

 セスタギールは〔魔力鎧〕を発動した。セスタギールの周りに陽炎のように魔力が可視化し、カットソーの【ふぁみりー】の文字が歪んで見える。


「これが一般的な〔魔力鎧〕だ。そして、これが修練を積んだ騎士の〔魔力鎧〕だ」


 セスタギールが言い終わると同時に陽炎のように揺らめいていた魔力が見る見るうちに色を持ち、鈍銀色の金属の鎧に変わった。


「俺の〔魔力鎧〕ではこれが限界だ。何が起こったかわかるか?」

「〔属性変換〕?」


 僕はセスタギールが魔力の色を変えたのかと考えた。その意味があるかはわからないが。


「いや違う。先にも言ったが、〔魔力鎧〕のスキルは自由度を減らすことでより簡単に発動できるようにしたスキルだ」

「じゃあ、最初の〔魔力鎧〕の時は未完成のスキルだったってこと?」

「いや、どちらも同じスキルだ」

「そしたら、後はイメージの差とか?」


 セスタギールは首を横に振る。


「二つの差は魔力の濃度だ」

「魔力の濃度」

「魔力には量と濃度がある。昨日俺は熟練者は魔力を纏和なくなると話したのを覚えているか?」

「うん。腕を上げていくと魔力を纏い始めて、その次には魔力の配分をコントロールするようになるって話だよね?」

「それだ。あの話は事実だが、すべてではない。熟練するほどに魔力の濃度が上がり、魔力の量が減っているように見えるのだ」


 魔力の濃度か。そういえば考えたことないな。色をつけるときに魔力の量を増やしたら色が濃くなったのは覚えているけど。


「魔力の濃度を上げると魔力の持つ属性が強化される。そして、魔力の厚みが減り、量が減ったように見える。オロチ、魔力の濃度を上げろ。そうすることで、魔力の量を増やしつつ魔力の薄さを保てる」

「やってみる」


 魔力の濃度と言われてもピンと来てはいない。顔の魔力の量をそのまま薄くするように圧縮してみる。確かに圧縮されている感覚はある。しかし、僕の技量ではたいして厚さが変わっている感じはしない。


「魔力の濃度を上げることは難しい。しかし、この意識を常に持つことが熟達への近道であり、〔魔力操作〕の醍醐味だ」


 セスタギールは言い捨てて、カウンターに入った。そのあとを追って僕はカウンターの方へと歩く。


「そういえば、なんでこれを昨日みんながいるところで言わなかったの?」


 セスタギールは僕の目を一度見て逸らす。


「誰にでも教えていい技ではないし、教えるべき技でもない」


 NPCとしての常識みたいなものだろうか。


「僕には教えてもいいの? 僕がみんなに教えるかもよ?」

「賞金稼ぎならいずれ教わるだろうから教えた。お前が誰に教えるかはどうでもいい。ただ1つ言っておく。誰かに教えることはやめておけ。魔力の濃度を上げろと言われてすぐにどうこうできる代物ではない。俺やお前のような才のあるものだけが辿り着ける。教えたところで法螺を吹いたと言われてもしまいだ」

「僕は才があるの?」


 僕は椅子に座ろうとするが、ドレスが邪魔で座りずらい。どう座ればいいんだ。


「ああ。このギルドのメンバーで魔力の操作において、最も才があるのはお前だろう。次が小狼だな。全体的にキメラ種は魔力の操作が得意な傾向がある。モンスターの能力を使うことから適性が高くなるのだろうと言われている」

「キメラ種の特性」


 大発見だ。そうか。確かにモンスターの力は最初から使えていたけどよく考えたらおかしい。〔魔力操作〕なしに〔隠密〕や〔猛毒〕を使っていた。


「賞金稼ぎは魔力や気力の操作が得意な者が多い。その戦闘能力や応用力は他を追随しない。だからこそ、この国では熟練した賞金稼ぎに│王宮公認ロイヤルの称号を与える。お前の持つ│王宮公認ロイヤルは軽いものではないのだ」


 セスタギールの本気を感じた。ここ数日のセスタギールとは少し違う。この国への忠誠とか奉仕とか騎士としての精神からにじみ出た凄みを感じた。


「早く強くなれ。オロチ」

「わかったよ」


 強くなることに異存はない。ゲームで強くなりたいのは僕の本心だし、代表選手になれそうなこともある。どうせなら選手になって活躍したい。賞金稼ぎの専売特許であるなら今度も〔魔力操作〕を使うことは多いだろう。今から濃度を上げるように意識しよう。

 

「今後も僕に力を貸してね。セスタギール」

「お前が│王宮公認ロイヤルである限りはお前に協力しよう」


 その後は特に話すこともなくセスタギールはカウンターで作業を続けて、僕はひたすらに魔力の濃度を上げることを意識していた。ここ数日セスタギールと一緒にいることが多いからついついセスタギールがNPCであることを忘れてしまう。黒川もそうだが、AIの進歩がすさまじい。

 結局、夕食の時間まで僕はカウンターで魔力の操作をしていた。




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