AIが1日1万作のクソ小説を書き始めた

M.M.M

第1話

「もう限界だ!」

編集部に悲鳴に近い声が響いた。

「毎日毎日こんなにクソ小説を読まされる身になってみろ!しかも全部10万字以上の長編だぞ!」

そう言って机に原稿を叩きつけたのは編集長だった。彼の回りにはいくつもの原稿の山。周囲の編集者も机の状況と想いは同じだった。

「でも、応募してきた以上は読まないわけにはいきませんよ」

その中でおずおずと声を出したのは編集者の一人、カドカワだ。

「AIが原稿を書いちゃいけないというルールはありません。それに、人間が書いてるかもしれませんし」

「1回の小説大賞の応募に100万作も送られてくるか!今までで最大の応募でも7万作だったろ!ほとんどはAIが書いてるはずだ!」

編集長は顔を真っ赤にさせてカドカワに叫んだ。原稿が100万作。重さにして六百トン近い原稿が様々な住所から送られてきた。おかげで会社の倉庫では足りず、港の倉庫を借りなければならなかった。

事の発端は100日ほど前にチャネリング・カンパニーから発表された作家AI「BUNGO」だった。1日に1万冊の長編小説を書けるという宣伝に出版社は失笑し、人間のように書ける筈がないとあざ笑った。それは正しかった。発表された小説はどれも興奮も悲哀も恐怖も痛快さも驚きもないクソ小説ばかりで、読むに耐えなかった。しかし、何の嫌がらせか、その会社はBUNGOを誰でもインターネットを通じて使えるようにし、日本中のあちこちの人が出版社にその作品をほとんど(あるいは全く)修正することなく送ってくるのだ。原稿を審査する側にとって迷惑どころではない。

「少なくとも最後まで読むのはあきらめる。1枚目で判断しよう」

「そんなのまずいですよ!人間が書いてたらどうするんですか!?少なくとも、加筆修正してるものは作品と認めるべきです」

カドカワは反対しないわけには行かなかった。

「じゃあ、加筆修正してるかどうやって判断する?」

「面白さで判断しましょう」

「だからそれができないんだよ!」

編集長の目が血走ってきた。

「次の審査まで時間がない。みんなここ数日まともに家に帰ってないんだ」

「あのー、今回はどうしようもないですけど」

富士見がそう断りながら提案した。

「次回からは手書き応募に限るってのはどうでしょう?」

「その手があるか」

編集長が興味を示した。

「少なくともこの国では履歴書だって手書きが普通なんだし、こちらも手書きで送ってもらおうか?これならAI組を省ける」

「いや、それはまずいです」

そう言ったのは亜巣木だ。

「いまどき、手書きで送る人なんて少ないですよ。人間の応募が激減します」

「そうだろうな……」

編集長は椅子に座ってうなだれた。

「このAIのいる場所を教えてくれ。ハンマーで叩き壊しに行く」

「無理ですね。クラウドシステムで分散化されてるそうですから」

亜巣木がそう言うと編集部に絶望的な空気が広がった。

「お困りのようですね!」

いきなり編集部に入ってきたスーツ姿の男はそう言った。

「君は誰だ?」

編集長が聞いた。

「テラバイト社の神代と申します。AI作家にお困りの皆様に我々が開発したAI、HENSHUをお使い頂きたいのです」

「ヘンシュー?まさかAIの編集者なのか?」

「そのとおりです。我々のAIはBUNGOの作ったつまらない文章のみを感知することができます」

「AIじゃない作品を感知してしまう可能性は?あるいはAIの作品がすり抜ける可能性はないのか?」

「絶対は言いませんが、それはAIが優秀な作品を作るのと同じくらいの確率です」

「つまり、ほとんどありえないということだな」

編集長が頼もしそうに言った。

「よし、料金次第では考えよう」

「本気ですか、編集長?」

カドカワは編集長の言葉に自分の耳を疑った。

「そうだ。AIが書いたであろうクソ小説を見つけ出し、それを除外してもらう。これで人間のものだけを審査できる」

「いや、しかし……」

「AIが書いたもののうち1万作に1作くらい良作はあるかもしれない。それは認める。しかし、時間がなさ過ぎる。むこうは1日に1万作を書くんだぞ。こちらも1万作を裁ける編集者が必要なんだ。これが好きかどうかなど関係なく、我々に他の選択肢はない」

「本当によろしいんですか……」

カドカワはいやな予感がした。


そしてAI編集者は本当に1日1万作のクソ小説を裁き始めた。その後、クラウドシステムであちこちの出版社がこのAIを共有し、クソ小説を処理し続けたAI編集者は次第に凡作か良作かも判断できるようになり、自分で良作を書けるようになった。1日に1万作の良作小説を書くAIの誕生であった。



終わり。

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