第4話 明日にきらめけ新選組

「よし、分かった!」


と、近藤は場の空気を一変させようと、自分のほっぺとかをばしばし平手で叩いてみたが、特に意味のない気合いだったので、その後が続かなかった。結局やったのは、責任転嫁だった。

「トシ…じゃなかった、土方副長、君は何も書いてないようだけど、今の新撰組に足りないものって何か、意見はないのかな?」

「ええ?おれかよお」

「そうですよ。土方さん、さっきから文句言って人の意見つぶしてばっかで、自分は何も提案してないじゃないですか」

沖田はここぞとばかりに抗議した。ちなみに子供好きの彼は、新撰組のイメージ払しょくのために『こどもなのに局長』を提案していた。しかし、

「お前それ、もう絶っ対流行遅れだし、もし士道不覚悟とかで切腹とかになったら親御さんにどう説明するんだよ。でなくても最近の保護者は何言ってくるか、分からねえんだぞ!どーせ尻拭いとか全部おれか近藤さんなんだからよ」

と言う土方の鶴の一声でほとんど検討する間もなく案をつぶされたのだ。正直、土方が自分の意見を出したらけちょんけちょんに言ってやろうと思ったのに、その機会がついにやってこなくて、ストレス溜まっていたのだ。

「そうですよ。副長、あんた本当はやる気ないのに皆にダメ出ししすぎでしょ」

「女にモテるからって何でも通ると思ったら、大間違いなんですよ」

「毎回局中法度復唱、正直うざいです」

「女子入れて下さいよ」

「男子でもいいから恋愛したいです」

「て言うか付き合ってください土方さん」

「なっ、なんだよお前ら、そこまで言いたい放題か!?」

ついでに皆のフラストレーションや欲望まで乗っかってきて、土方は耐えきれなくなったように叫んだ。

「だったらおれも言わせてもらうけどな、お前らさ、掃除や買い出しぐらい、ちゃんとやったらどうなんだよ!?トイレの電球とか、風呂の洗剤とか、言われなくても無くなったら買って来いよ、レシート持ってくりゃ経費で落とすんだから。それとな、スナック菓子食いながら局のパソいじるんじゃねえよ!いつも誰なんだよ!?キーボード、毎回おれが掃除してんだからな!」

「出たよ、細かすぎて逆にうざい意見」

「主婦ですか!?て言うか寮の管理人のおばちゃんですか!?」

「女の子だったら絶対、うるっさい生徒会長とかのタイプなんだよなー」

「『ダメって言ったらダメなんです!それが規則なんです!』みたいなあ」

皆言いたい放題もいいところだった。

「つうか土方さん、言うことちっちゃいんすよ!」

「夢がないんだよなあ、土方さんの言うことって」

ここぞとばかりに、土方の悪口を言う新撰組一同。なんだかんだ言って、この鬼副長に文句を言える機会って中々少ないので、この機会に日頃のストレスを発散しているのだった。

「わっ、分かったよ。おれにだってなあ、夢くらいあんだよ。待ってろよ…」

と土方は虚しい反論を試みるが、後は局のHPを今度新しくしたいとか、隊規を改正したいとか、夢があるなし以前に実質的で面倒くさい意見なので、皆は余計萎えた。

「なあトシ、実はお前が一番生活にまみれて劣化してないか…?」

振っといて近藤もドン引きの醒めた顔だ。

「スーパーのポイントカードとか地味に集めてるタイプだろ…?」

「うるせえよ!…それの何が悪いんだよ!つーか集めてるよ!お前らなあ、毎月好きに食って飲んだりし過ぎなんだよ!経理のおばちゃんとかに毎月文句言われるのおれなんだよ!そういうのまず何とかしろよ!お前らさあそもそも、今足りないもの探すより、今やってないのに出来ることやったらどうなんだよ!」

土方の意見はどこまでも萎える正論であった。

「だからそう言うのがうざいんですよね…」

「女にちゃらいのに、なんでそういうとこ正論なんすか…?」

皆は追及の手を緩めない。普段土方がいっつも、そうやって細かくひつっこく追及してくる復讐を今しているのだった。

「余計なお世話だよ!ほらなあ!おれが話したらみんな萎えたろ!?どうせ鬼の副長だよ、言うこと夢ねえよ。大体なあ、近藤さん、これあんたが言い始めたことなんだからな。そろそろ締めろよ!つーか責任とれよ!」

女のことがあって熱くなりたくなかったのに、無駄に熱くさせられた土方は、半泣きで叫んだ。そもそも近藤が厄介な話題を振ってこなければ、彼は今頃無事に女の部屋に湿気こめたのだ。

「えええっ!?なにおれに意見聞くの?局長のおれに!?」

と、いざ自分にお鉢が回ると、近藤はわざとらしく目を丸くしてはぐらかそうとした。

「えええっじぇねえよ!あんたが言いだしっぺだろ。おれの意見がないとか焚きつけてくれたけどな、近藤さん、そもそも最初にあんたの提案があってこそじゃねえのかよ」

「そうですよ。近藤さん、そう言えば近藤さん何にも提案ないじゃないですか」

「いや、おれは局長だしさ」

「局長関係ねえ!そんなこと言ったら、さっき恥かいたおれは副長なんだよ!」


「ようおしっ分かったあっ!!」


突然近藤が、びっくりするほどの大声で話を締め出した。

何だかんだ言って収拾がつかなくなってきた会議を締めるのにはこの手段しかなかったのだが、皆、正直、そんな大声出さなくてもなあ、と思いながら黙っていた。

「そんな言うんだったらなあ、皆にいい本紹介してやるよ!(と言いつつ袂をまさぐって怪しい本を出す)さあてお立会い、これが今メリケン国で話題の経営改革者、ドラッパーさんの経営改革書だ!皆が変われば組織も変わる!これを読めばすべてが分かる!どうだ、土方くんまずは君から!」

「いや、どうって言われてもな…」

土方以下、近藤以外は今までで一番、萎えていた。

「ここへ来てまさかのテンプレかよ。おれたちにさんざ意見出させといて!」

「しかもドラッパーってなんすか!近藤さんは頼山陽らいさんよう読んでりゃいいんですよ!それこそ胡散臭さ抜群じゃないですか!?」

「馬ッ鹿野郎!ドラッパーさんを馬鹿にするんじゃあねえよッ!なんと聞いて驚くな、このドラッパーさんの経営改革のご本を読んでだなあ、立派に立て直したんだぞ、日本の女子高生が人材に乏しい弱小ラグビー部を」

「それ、なんっか聞いたことある話じゃないですか…?」

学者の名前といい、誰が聞いても胡散臭さ抜群であった。

「微妙な上にパクリかよ!とっくに流行り終わってるし!あーもうっ、やってらんねえ!」

言いだしっぺの真打ち近藤が一番自分の意見がないので、皆ついにキレた。

「やめだやめだ、やっぱおれたちこのままでいいよ!劣化上等、このまま街の無頼派でいいや!」

「て言うか、なんかⅤシネぽくてむしろ良くねえ!?『俺たちに女っけはねえ』とかさ」

「それお前だけだよ」

藤堂平助の未練がましい意見には、誰も同調しなかった。

「大体近藤さんのお蔭で折角待機中なのに、えらい時間の無駄したよな」

「麻雀しよ、麻雀!気分転換しねえとやってらんねえや!おい、ビール出して!」

みるみる劣化していく新撰組一同。沖田総司はふてくされてコンビニ漫画の世界に戻り、後の皆は藤堂をメンツに加えて麻雀でビールである。着エロアイドルのDVDのケースの中身を鵜の目鷹の目で探すやつもいた。そのマネージャー不在の運動部なテンションで、むっさい部屋の中の複雑なカレーのような匂いの濃度がむっと増した。

「なんてことだ…おれの、おれの新撰組が、どんどん劣化していく」

近藤はその様子を見て愕然と頭を抱えた。

「半分はあんたのせいだと俺は思うけどな」

土方はここへ来ても辛辣だった。

「おれの何が悪かったって言うんだ…」

「近藤さん、とりあえず今度から、会津藩の人に怪しいシンポジウム連れてってもらうのやめなよ」

無駄だと思いつつも、土方は言った。

「でもトシよう、このままじゃ新撰組はおしめえだぞ!このままでいいのかよ、お前だって鬼の副長だろ!なんなんだよ、本当におれたちに足りないものって!」

「近藤さん…」

いかつい顔を涙で濡らした近藤の熱血教師テンションは相変わらずうざったかったが、土方も胸に期すものがあった。

確かに、この頃のこいつらは酷過ぎる。

尽忠報国の士、と言うよりは寮住まいの貧乏男子大学生である。このままやさぐれていけば来年は、ここは街金のオフィスか飯場のタコ部屋みたいになるに違いなかった。

(確かに、このままじゃまずいよなあ)

せめて何とか勤務中の麻雀を辞めさせる方法はないだろうか。

土方が厳しい局中法度を今の五倍の分量と厳しさにしようかなと思案を巡らせたとき、土砂降りの屯所の入り口が開いて、誰かが入ってきた。

この雨でも仕事をしていた探索方の山崎蒸だった。

「いやー只今帰りました。この雨で参りましたわ。でも首尾良ういきましたで」

「お疲れ様。で、何してきたの?」

山崎はきょとんとした。

「何って土方さん。ついにやりましたよ。捕縛成功しました」

土方は一瞬怪訝そうな顔をした。そうだ、この雨でも土方は山崎に仕事を頼んでいたのだった。山崎は探索結果を報告した。

「西木屋町に古道具屋を構える枡谷喜衛門ますやきえもん、その正体は、堺は丸太町に住む毘沙門堂門跡びしゃもんどうもんぜき家来、古高俊太郎ふるたかしゅんたろうその人でござりましたぞ!」


「でかした!!」


土方の上げた快哉が、むっさい男たちの動きを停めたのはそのときだ。

「え、なんすか土方さん」

「いつもテンション低い土方さんがそんな大声出すなんて…」

皆が思わず洗牌シーパイの手を停めたのも、無理はない。

「馬っ鹿野郎、これが興奮せずにいられるか!古高俊太郎だぞ!これ一大イベントだよ!」

ちなみに新撰組ファンはご存知。

この古高俊太郎、各藩の尊攘浪士たちを先導し、とんでもない陰謀を企んでいた。風のある晩に京都に火を放ち、混乱に乗じて御所にいるときの天皇陛下を拉致し、長州藩に連れて行って、幕府を差し置いて無理やり遷都してしまおうと言う計画である。

これに首謀者の長州ばかりでなく、土佐、肥後、その他名だたる尊攘浪士たちのビッグネームが加担していた。

そのための会合が、近々開かれる。

場所は、池田屋。

言わずと知れた京都三条木屋町にあった尊攘浪士御用達の旅館である。

「ええっ、池田屋って!おれたちの聖地、神イベントじゃないですか?何、今から!?いつから!?」

「いつかは知らねえよ。そいつを今から聞くんだからな、藤堂君。山崎君が捕まえてきた、この古高俊太郎からな」

その瞬間だ。

うおおおっ、と新撰組一同が突然やる気になったのは。

「来た来た来たあっ、麻雀おしまい!土方さん、じゃあそいつすぐ尋問しましょうよ!すぐしましょう!」

藤堂平助などは一気にやる気である。彼の目は池田屋で活躍できると、女子の好感度がアップするので余計にらんらんしていた。

「そうだな。ここはちょっと手狭だから」

「すぐ片づけます。おい、原田くん平助、テーブルこっち持って」

永倉などはいそいそと男臭い部屋を片付け始める。

「だからここじゃまずいって言ってんだろ。近所迷惑だし」

「だったら土方さん、裏の土蔵が空いてますよ☆」

きらきらとした目で言う沖田総司。

「あそこなら多少無茶しても声が漏れませんって!」

「う、うん。そうだな」

「ロープ物置にしまってありましたよね。すぐ持ってきます!」

てきぱきと漫画本を片付けて、外へ行く沖田。なんでそんなに楽しそうなのかは謎だが、突然、無邪気ないつものキャラが戻ってきたのだ。

「どういうことだ…皆、急にやる気に…?ドラッパーさんの本も読んでないってのに」

近藤などは愕然としていた。この人には、シンポジウムよりも根本的に認知とかを変えるセラピーが必要だなと土方は思った。

「まあこいつらも、やる時はやるってことさ。…とりあえず今は、それでいいんじゃねえかな」


山崎蒸が皆に言われるまま、高後手に縛り上げた古高俊太郎を連行してくる。雨の中ずっと同じテンションで仕事をしていた山崎は、不可解そうな顔だ。

「あの、皆なんでそんなテンション高いんです?雨やのに…」

「いいからいいから!」

「あ、土方さん、これ。渡すの忘れてましたよ」

それを見守る土方に、沖田がにこにこしながら何かを手渡してきた。

五寸釘と蝋燭ろうそくであった。

「使いますよね。先に用意しておきました」

沖田のいつもの罪のない笑顔が不気味だった。

「う、うん。それさ、本当は使う気なかったんだから、出来れば俺言ってから持ってきてくれないかな…」

古高が土蔵に引き立てられていく。テンション高い永倉や原田や藤堂にせっつかれて、この男はすでに半泣きだった。

「さあ、じゃあやるか!」

「皆でいっちょやりましょう」

「いざ」

新撰組一同は、高らかに叫んだ。


拷問ごうもんだ!」


「いや拷問って…そのテンションって、正直どうなのかな…?」

土方の切れの悪い突っ込みはもちろんなかったことにされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輝け新撰組リフレッシュ会議! 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ