第3話 会議はさっそく転ぶ

「じゃ、次な。…おっ、これは有効かも知れんぞ。かなり建設的な意見だ」

近藤は自信ありげにその提案を書いた紙を見せた。そこには読みやすいきちんとした文字でこう書かれていたのだ。


ゆるキャラ


「あっ、これいいかも」

一見して眉根をひそめた皆だが、反応は悪くはなかった。

「流行追った今さら感はあるけど、ありだよな」

「隊士募集のイベントとかでも使えますよ」

「これ書いたの永倉くんだ」

自信満々に手を上げたのは永倉新八だ。尊皇攘夷発祥の地、水戸出身の彼は考え方も何となくメジャーなのでやはり意見も正統派だった。

「実はずっと思ってたんだ。我ら新撰組は男所帯だから女子マネとかアイドルとかは無理だけど、ゆるキャラはありなんじゃないかなって。そこで似顔絵とか得意な監察方の山崎すすむくんに頼んで、いくつかイラストを描いてきたんだけど」

まめな永倉はすでに、色付きイラストまで用意していた。

そこには例の浅黄色のだんだら染めの羽織を着た、オオカミらしき犬っぽいゆるキャラが描かれている。

「これ…」

壬生狼みぶろちゃんだ。動物のゆるキャラって受けるから、まずはおれたちのイメージそのまま狼でデザインしてもらったんだけど」

そこには満面の笑みで犬歯を剥きだす壬生狼ちゃんが描かれていた。一応女の子設定らしくだんだら染めのリボンが申し訳程度につけられていたが、野生むき出しの凄まじい笑顔が、やはり微妙だった。現に子供好きな沖田総司はみるみる困った顔文字みたいな表情になった。

「永倉さん、これ怖いですよ」

「そうか?」

「にっこり笑ってるんですけどその分、牙とかむき出しで怖いです。って言うか童話とかだと大抵、オオカミって悪いやつじゃないですか。私たち、そういう面でかなり評判悪いのに、自分から悪者名乗ってどうするんですか?」

ねえ近藤さん、と沖田が意見を求める。近藤も難色を示した。

「ううんこれだと、会津藩から許可とるのがまず難しいな」

「狼じゃそもそも癒されないし」

持ち上げといて一気に落とされ、永倉は切なそうな顔になった。

「いや一応ね、『まことちゃん』て人間のキャラクターも用意してはね、あるんだけどさ…」

「ちょっと待てよ、そもそもお前らゆるキャラとか言ってるけどさ。うちにゆるキャラいらねえだろ」

新たなイラストを出そうとしている永倉に、突っ込んだのは土方だ。

「ええっ、そこ言っちゃうんですか?」

「言うよ。お前ら、新撰組局中法度第一条、忘れたか?」

出たよ鬼の新撰組副長のキメ台詞、と思ったが、全員で復唱した。


一、士道ニ背ク有間敷事あるまじきこと


「ゆるい野郎はそもそも武士じゃねえ」

普段は女の子のことばっかだが断固としてそこは譲らない土方だった。

「そんな!もっと時代の風を読みましょうよ」

「時勢読んでたら、お前たちそもそもこんなとこにいねえだろ」

身も蓋もない意見に皆は押し黙った。しかし沖田だけは諦めきれないようすだった。

「土方さん、じゃあ局中法度の方変えません?最初の一条つけ足して、『(ゆるキャラダケハ例外デス)とか』」

「総司、お前それ本気で言ってんだな?」

土方が物凄い顔で睨むので、さすがに沖田も負け惜しみを言いつつ、退かざるを得なかった。

「土方さん、さっきまで全然やる気なかったのに勝手すぎませんか…?」

「るせえなっ、この局中法度はおれが作ったんだよ!絶っ対例外は認めねえからな」

と言うわけでゆるキャラは、一気にボツ案になった。


ちなみにその後だが、会議はどんどん、ぐだぐだになった。

「次。これは三番隊組長斎藤一さいとうはじめくんかな。『人』って。これ人材のことかな?」

「いえ、最近人斬ってねえなってそれだけです。人斬らないとうずうずしちゃって」

「斎藤くんは、後で局長室に来るように。それだけです。じゃあ、今度は原田くんか」

十番隊組長原田左之助が書いたその紙には、大きく『酒』と書かれていた。

「何か最近飲み会集まり悪くないすか?出てきてもみんな飲みが足りねえって言うか、一次会でさっさと帰っちゃうし。ぶっちゃけおれ避けられてる気が」

「それはお前個人に問題があるからなんじゃないのか?」

土方の容赦ない意見が的を射ていた。原田を呼ぶと、長っ尻で絡み酒だし、話題と言えばいっつもお腹の切腹し損ねた傷のネタしかなかったからだ。しかも大抵会費は払えず、誰かにたかっていた。これで呼ばれると思っている方がどうかしている。

しかもそれから先はもっとひどかった。『給料上げて』や『局内恋愛希望』など極端に個人的で偏った意見しか出てこなくなった。

「どうするよ、近藤さん。これじゃ先細りだぜ」

と言う土方だが、意見箱をひっくり返してもう残りの意見は読まなかった。時間の無駄だと分かった限りは、とにかく一刻も早く、女の部屋にしけこみたかったのだ。

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