第2話 トップバッター空振り

近藤が縦書きした題字が、まるで犯罪事件の捜査本部のように戸口に張り出されている。そんな中でいまいち近藤のノリに戸惑いを覚えたまま皆が最初にしたことは、麻雀卓の後片づけだった。

「ったく、いい年してなんでこんなことしなきゃならないんだ」

ぶつくさ吹いているのは、藤堂平助とうどうへいすけである。平助はパチンコ帰りだった。おれ、麻雀やってねえしーとかぶうぶう言いながら、卓を片付けていた。

「ぶつくさ言うな、平助。近藤さんの言うことも一理あるじゃないか。俺たち最近、劣化が激しいもんな」

永倉新八は素直な人柄なので、近藤の説教にすっかり感じ入っていた。

「さすがは近藤さんだ。俺たちもリフレッシュしなきゃ。なあ、斎藤くん」

「俺は別に酒飲んで人が斬れれば、それでかまわねっすけど」

感動屋の先輩に比べると、斎藤一さいとうはじめは打っても響かないクールなやつだった。

「どうせ、自己開発セミナーとかの影響だよ。近藤さん最近よく行ってるんだよ。会津藩が金出してくれるから。経営者向けのシンポジウムとかセミナーとか」

付き合いの長い土方はもっとしらっとしていた。この男は会議なんかせず、さっさと彼女の家にばっくれたかったのだ。


「さて、皆準備は出来たかな」

近藤はそこに集まった新撰組一同の顔を見直した。みんなまるで夜明けまで飲み屋でだらだら飲みしていたかのように、劣化していた。

「さて」

そんな皆の前にホワイトボードを置いて、近藤はノリノリで会議のお題を書いた。その様はまるで三浪まみれの受験対策コースで無理くりテンションを上げようとする、カリスマ予備校講師のようだった。ちなみにホワイトボードにはかすれた黒マーカーの乱暴な筆跡でぽつんとこう書かれていたのである。


今の新撰組に足りないもの!


「ようっし!じゃあ、皆の意見をばしばし検討して行こうじゃないか!まずは八番隊組長、藤堂平助くんが書いてくれたご意見から!」

と、近藤は勢いよくその投書をめくったのだが、一読したあとはみるみる醒めた目になって、なかったことにした。

「…っと思ったけど、やっぱり次は二番隊組長、永倉新八くんからのご提案!」

「ええええっ!?ちょっと待った!」

当然、藤堂平助が手を上げる。

「いや今のおかしいですよね!?なんでトップバッターの私の意見が読み上げられないんですか!?私だって、今の新撰組に足りないもの一生懸命考えて書いたんです。それを、完全スルーってぶっちゃけありえないでしょ!?」

「だってなあ…」

近藤はあくまで浮かない顔だ。

「いや、今のはひどいぜ、近藤さん」

土方は珍しく藤堂の肩を持った。スマホをいじりながら。

「後の人が萎えますよ。のっけから皆で話さないうちから、没なんて」

と沖田総司が口を尖らせる。

「いや、でもなあ総司…」

「沖田くんの言う通りですよ。つかそう言われると逆に気になるし。そもそもなんて書いてあったんです?」

永倉に言われて渋々、近藤は藤堂が書いた紙を皆に見せた。そこには確かにひどいテンションのきったない字で、大きくこのように書かれていた。


絶っ対何が何でも女子マネ!(アイドル系希望☆)


「無理だ…」

下手に肩を持った土方の表情が一瞬で後悔に青ざめた。

「萎えるわ。平助、まじ萎えるわ」

他の隊士たちもドン引きである。この重苦しい空気に藤堂平助はいたたまれず叫んだ。

「なんでよ!?みんなのニーズを直球まっしぐらで書いたのに!?欲しいでしょ、女っけ!?ここむっさくて一日いらんないもん!」

「だからパチンコ行ってたんだろ、分かるよ平助。けどな、よく自分の身の回りをみてみろ。ここ今、女の子を迎えられる環境か!?」

近藤のもっともな指摘を受けて、新撰組一同は自分の足回りを見渡した。そこにあったのは散らばったコンビニ漫画誌と風俗案内誌とギャンブル系雑誌のジャングル、さらには着エロアイドルのDVDの空ケース(中身は行方不明)に、食べ棄てられたままのカップラーメン(スープ入り)や焼きそばの空き容器(ソース臭い)。しかもそんなカオスのそこかしこに薄煙をまとった吸い殻で山盛りの灰皿が宇宙コロニーのように点在し、何だか部屋の空気も煙たくなって視界が黄ばんでさえいた。

「確かに…うぷっ、これひどすぎる」

女子マネージャー不在の運動部の部室より数段ひどかった。

「でっ、でもでも!…乙ゲーとかでよくあるじゃん!?かわいい女の子がさ、何かの偶然で男ばっかの新撰組に入ってきてさ、おれのこと好きになっちゃって、京都の町中デートしてウハウハとかさ!」

「いい加減現実を見ろよ平助ぇっ!!」

ばちん!と近藤のビンタが炸裂した。そこまでやらなくても、とは思ったが、皆は黙っていた。

「こんな新撰組に女の子が棲息できるわけないだろ!?それにな、いたとしても平助、その子がお前と、恋愛するとは限らないんだぞ!?」

「はああうっ!?」

気づいてはいけない事実に、気づかされてしまった藤堂は頭を抱え膝から崩れ落ちた。

「だよなあ。確かに、ちょっぱやで土方さんあたりが食っちゃうかも」

原田が余計なことを言って、藤堂を追い討った。

「あの人、いい男だからってやたら手早いんだよな…」

と、皆がじろじろと土方を見る。

「ばっ…(半笑い)お前ら、変な噂流すんじゃねえよ!?」

土方は皆の白い眼に気づいてあわてて、言いわけした。

「そもそもさあ、新入りが女の子だからってどうってことねえだろ!おっ、おれに惚れるとも限らないし?お前ら、長い付き合いなのにおれのこと分かってねえな!おれはさ、いつもそう言うとこはちゃんとけじめつけてんだよー?」

とか言いつつその頃土方は、ちょうどLINEで彼女の女友達をちゃっかり口説いているところだったのだ。皆が言うことはほぼ当たっていたのだ。

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