輝け新撰組リフレッシュ会議!

橋本ちかげ

第1話 新選組劣化中

「おめえらにゃ俺ァ、つくづく失望したっ」

新撰組局長、近藤勇こんどういさみのつっけんどんな上州弁の説教が炸裂したのは、祇園祭も近い元治元年(一八六四年)のある梅雨どきのことだ。京都では連日雨が降り続き、泣く子も黙る新撰組の面々もインドアで時間を持て余す、そんな昼下がりのことだった。

こんな日でも基本的には朝晩の市中巡回が仕事としてはあるにはあるのだが、この長雨で尊攘浪士たちも外を出歩いていたりしないし、へたに斬り合いとかするとびしゃびしゃ泥が袴にはねて泣きそうになるので、適当に切り上げて、昼から麻雀マージャン大会を楽しんでいたのだ。もちろん給料を賭けてニギっていたし、皆、だらだらしていた。

それでも最初は和気あいあいとやっていたのだが、そのうち中間ちゅうげん上がりで博打にはアツい原田左之助はらださのすけと手堅くこなす驚異のデジタル打ち永倉新八ながくらしんぱちとの間で点数を巡ってつかみあいの喧嘩になった。

土方歳三ひじかたとしぞうなどはつまならそうな顔して黙っていたのだが、原田は今いち麻雀の遊び方が分かっていないようなのだ。それでも博打は詳しいふりをするので誰も文句を言えなかったが、点数は数え間違うし人の河から牌は拾ってくるし、上がり牌を間違えるしでいい加減うんざりされていた。

せめて早くやめさせようと、永倉が集中的に原田を狙ったので、原田はこの局でハコテンになり、すでにふんどし一丁だった。流局が迫り、いらいらしながら原田がイーピンを切ると、

「お、原田くん、それアウト。ロンです」

「なっ、嘘だよ!永倉さん、そりゃねえよ。大体なんで俺ばっか狙うんだよっ」

「原田くん、もう半荘ハンチャン出来ないでしょ。オケラだもん。麻雀向いてないんだよ」

原田はそこで、ぷちっとキレた。

「っるせえんだよっ、やんのかくそったれ」

ちなみに麻雀はほんの暇つぶしでやってたのである。さすがに新撰組のメンバーは生活に響くほどのレートでやるはずがなく一局千円とか穏便なラインの純粋な親睦麻雀だった。

しかし誤算だったのは、原田がすでによその賭場で負けていて生活費五千円くらいしか持っていなかったことだ。千円単位の金でアツくなる原田を見てみんなドン引きしたことは言うまでもない。揉み合いののしり合う二人を、誰もとめなかった。

中でも喧嘩を止めるべき副長の土方歳三は、外で馴染みの女とLINEしながら煙草を吸っていた。男臭い押忍オス部屋でしみったれた賭け麻雀で時間を潰すんなら、このままこっそり消えて女のいる隠宅にでもしけこみたかったのだ。

そこにちょうど町内会の寄り合いから帰ってきた近藤勇が、怒鳴り込んで来た。

「おめえら自分の今の姿を見ねえかっ!恥ずかしくねえのか!」

怒濤の近藤の説教に、全員はしょんぼりうな垂れて言葉もなかった。

「朝酒して昼から麻雀て、お前ら昭和劇画の無頼漢かっ。街のごろつきかっ!最近お前たち、劣化が激しすぎるんだよ!上洛したあの頃を思い出せよっ、俺たちァもっときらきらしてたじゃないかあっ!」

いかつい顔にだらだらと涙を流す近藤をみて、みんな絶句した。近藤の泣き顔がぎょっとするほど怖かったのもあるが、近藤の言う通りお互い、うんざりするほど劣化していることをしみじみ自覚しているからだ。

「ふん、なんですか、今さら」

と言う、局中筆頭の沖田総司おきたそうじですらがずっと、寝そべっちゃマンガを読むしかすることのない毎日ですっかり腐っていた。この雨で、人を斬る機会もめっきりなくなった沖田はここ最近で三回も『バガボンド』を全巻一気読みしていたのだ。

「近藤さん、私たちはもう手遅れですよ。て言うか、ははっ笑えますよ、新撰組って…名前は新しく見えるけど、すっかり劣化して、とっくに新鮮じゃなくなってるんですよ。賞味期限切れてますよ。フレッシュじゃないんですよ!」

「総司、お前、目を覚ませよっ」

「目ならとっくに覚めてますよ、さっきまで昼寝してたんだから!大体、そんな…うざいって言うか、近藤さんは暑苦しいんですよ。昔の教育ドラマの熱血教師じゃあるまいし。…私たちなんてどうせ、腐ったカボチャなんですよっ」

「馬鹿野郎っ」

近藤はふてくされる沖田をビンタした。なんだかんだ言って二人とも、意外とこう言うノリが好きなのだった。

「総司、目を覚ませよ。おめえだって、下は女子中高生からアラサー、アラフォーの歴女さんまで幅広いファンの皆さんに支えられて、今があるんじゃねえか。劣化してる場合じゃねえんだ。いいからそこのコンビニ漫画をさっさと片付けろっ」

近藤に怒鳴られ、沖田はそそくさとそこにある、中華料理屋や雀荘の待機所に放り出されていそうな男臭さ抜群のコンビニ漫画どもを片付けた。

「どいつも、分かっちゃいねえ。忘れたのかっ。俺たち新撰組は、常に清く正しく美しくだ!」

それは宝塚タカラヅカだろ、と思ったが、皆は黙っていた。

「だからこそ時代小説や映画、舞台に大河ドラマばかりじゃなく、萌えゲー乙ゲーに、コミックスにアニメ、果てはコミケ同人誌からもお声が掛かるんだよ。皆さんあってこその新撰組なんだよ。ファンを大切に、皆さんのイメージを壊しちゃなんねえんだ。いつも言ってるよな。なあっ、トシよ」

「ああ、うん。そうそう。それ、大事だよな」

土方は聞いてなかった。スマホで彼女とLINEしてたのだ。

「でもよ、近藤さん、俺たちだって人間なんだぜ。そりゃあ悪いところはあるだろうけどよ、今さらどこを直しゃいいんだよ」

ふてくされる原田に、近藤は言った。

「左之助、そう思うだけでもお前はまだ見込みがある!人間てなあな、いくつになっても勉強だし、試行錯誤なんだよ。そこでお前たちに提案だ」

近藤は半紙を広げると、そこに堂々とした毛筆で題字を書いた。

「どうだ」

全員が、それを覗き込んだ。

「なんすかこれ?」

「会議だよ」

近藤はむしろ晴れやかな顔で言った。

「これからかがやけ第一回、『新撰組リフレッシュ会議』を始める!」


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