第3話 ワールドエントランス

市井隼人いちいはやとは一人だった。

「あれは、何だったんだろう。」

あれから1週間、駒葉友枝こまばともえとは一度も顔を合わせていない。

普段から紐の切れた凧のような振る舞いをしていた事もあって、友枝が姿を見せずとも、気にかける人間は少ない。

聞きたい事は山積していく一方で、隼人はそのやり場のないモヤモヤに悩まされていた。

「やはり、夢か。・・・うん、そう思う事にしよう。」

先日の出来事を夢だと片付けられたら、少しは楽になるだろうと、隼人は自分に言い聞かせるように独り言をもらす。

「残念。夢ではないのだなぁ。」

「ですよねー。」

と不意に入れられたツッコミに答えてハッとする。

「あれ?先輩!?帰ってきたんですか!?」

そこには友枝がいた。気づかなかったがドアを開けて入ってきていたらしい。

「あぁ。なかなかに面白い場所だよ。まぁ、お腹が減ったので戻ってきたわけだが。」

「お腹が減ったって・・・。あれからもう1週間くらい経ちますけど、どういうことです?」

「そのようだな。体感的にはほぼ半日くらいだったのだがなぁ。時計くらい持っていくべきだったな。」

「何だか理解が追いつかない事を平然とおっしゃっておられますが・・・。」

意味不明な事をさも当然の事のように話す友枝に、隼人はどう対応していいか戸惑いを隠せない。

「まぁ、そうだな。理解しろという方が難しい。というわけで、君にはお土産をもってきた。」

と、友枝は100円ショップで売っていそうな安物の水鉄砲をとりだし、隼人の前においた。

「何です?これ。」

「水鉄砲だ。」

「それは見ればわかります。」

「はたして、そうかな?」

友枝はにんまりとした笑顔を浮かべている。

何かあるのだろうと、視線を水鉄砲に移す隼人。それを見て、友枝は水鉄砲を手に取る。

「試してみるかね?」

友枝はずっと不敵な笑みを浮かべたままだった。



———————


「さすが生協。なんでも売ってんな・・・。」

友枝に付き合わされて、水鉄砲対決をする事になった隼人は、同じ水鉄砲が生協の購買部にあった事に驚きと少しばかりの恨みを込めてつぶやいた。

「さて、準備はおK?」

「いつでもどうぞー。」

「では・・・」

そういって友枝は隼人に向かって、水鉄砲を構え、

「勝負!」

言葉の終わりと同時に第1射を放つ。

それを軽やかな身のこなしで避ける隼人。小柄な隼人は運動神経が良い方だ。

かまわず友枝は隼人に向け、発射し続ける。

「そんなに連射してたら、あっという間に玉切れですよ。」

避けながら、玉切れを狙う戦法に出た隼人に対し、うっすらと笑みを浮かべる。

隼人に攻撃の隙を与えない距離を保ち、ひたすらに連射を続ける。


2分後。


(・・・おかしい。もう100発以上撃ってるはずなのに。なぜ玉切れしない。)

2分無駄に動き続けた隼人の足がもつれ、転倒。

そこへすかさず友枝の射撃。

勝負あり。

「私の、勝ちの様だな!」

ドヤ顔の友枝に対し、隼人は息も絶え絶えに納得いかない表情だ。

「なんですか、その水鉄砲。何で水なくならないんですか?」

「よくぞ気づいたな。」

友枝はなぜか誇らしげだ。

「これは無限に水の出る水鉄砲なのだ。」

それはそうなのだろうと、散々無駄に動き回らされた隼人はそれについては否定はしない。ただ知りたかったのはそういうことではない。

「いや、そうでなくて・・・。」

言いたい事はわかるぞと言った表情で友枝は隼人をニヤニヤしながら見つめる。

「何でも聞いて良いぞ。」

友枝はやたら楽しそうだ。

「じゃあ、・・・その水は何で減らないんですか?」

質問内容が少しものたりなかったのか、友枝は少しテンションをさげる。

「これは減ってないわけじゃないんだ。継ぎ足しているから減っていないように見えるだけで。」

「どこから継ぎ足してるんですか?」

「どこというと説明しづらいが、これを作った場所の近くからといったら正確かな。」

「つまり、ワープしていると・・・?」

「まぁ、平たく言えば。」

突飛な事を平然と言ってのける友枝についていけなくなり、隼人は頭を抱える。

それを意に介さず、友枝は続ける。

「この水鉄砲は実は3つのパーツからできている。一つは水を持ってくる君の言うの役割を果たすパーツ。もう一つはそのパーツを水に溶かして見えなくするパーツ。そして最後に、それらのパーツが動く様にする空間を維持するパーツ。この世界の物理法則ではうまく機能しないからね。この水鉄砲のトリガーのあたりからピンポン球くらいのサイズ分のところに、その3つが空間的に縫い合わされているの。」

「・・・よくわからないんですが、異様に詳しですね。」

「当然よ。私が作ったんだから。」

自信たっぷりに言い放つ友枝に、隼人は反射的に聞き返す。

「先輩が作ったんですか!?」

「・・・まぁ、正確には設計図通りに組み立てただけだけどね。」

「はぇ〜・・・。」

常識という概念が崩れ、隼人は今自分が夢を見ているのではないかと思うばかりだ。

友枝は続ける。

「じゃあ、案内するわね」

「へ?どこにですか?」

「これを作った場所。水辺の作業所アトリエへよ。」

隼人は、どんな返事をしたか覚えていない。しかし、連れて行かれた事は覚えていた。


————————


演習林に二人の人影があった。友枝と隼人である。

なすがまま友枝に連れてこられた隼人は、友枝にたずねる。

「やはり、ここにあるんですか。」

そこは、先日二人が初めて黒い『何か』に対峙した場所でもあった。

「そう。正確には入り口がここにあるのだけどね。」

「そういえば、あれって何だったんですか?」

「あれって?」

「あの黒いモヤモヤとした・・・。」

「あぁ、あれは、私・・・の一部かな。」

「・・・・どういうことです?」

全く意味のわからない隼人。

「もともと一つで過去の時点で切り離されていた私が、あの時触れたことで元に戻ったって言ったら少しわかるかしら。いろんな記憶や知識がその時戻ってきたのよ。」

「・・・そうなんですか。さっぱりわかりませんが。」

「まぁそれもよしでしょ。・・・着いたわ。」

目の前には気が一本。そしてそれに梯子が立てかけられている。

「ここ・・・ですか?どこに入り口が?」

隼人は疑問を言葉に出す。それ以外何もないのだ。

「入り口は・・・ここです。」

といって友枝は気から伸びる太い枝を指差す。

高さは2m弱くらいだろうか。かろうじて手の届く程度の高さに、太めの枝が一本伸びていた。

「・・・正気ですか?」

「まぁ、そういうのも無理はない。ノーヒントでたどり着くのは難しいだろうからなぁ。」

友枝は腕を組み、うんうんと頷く。

「百聞は一見に如かずだからね。やってみると良いよ。」

そう友枝に諭され、隼人は梯子を登る。

「その太い枝に足を置いて〜。そうそう。そうしたら、頭の上に手を乗せて、しゃがむ。」

(・・・何の儀式だこれは?)

隼人が意味のわからない儀式について思考しようとした瞬間、自分が落下していることに気づく。

——ドスン。

「いててててて。」

落下した隼人は、尻もちをついた部分をさすりながら、あたりを見回す。

「あれ?先輩?」

そこは以前、黒い『何か』と遭遇した、夕暮れの演習林だった。

隼人は立ち上がり、周囲に友枝の姿を探す。

そして・・・。

——ドン。

先ほど、隼人がいた場所に、誰かが落ちてきた。友枝だ。

「踏んづけなくてよかったよかった。説明が不十分だった。申し訳ない。」

「先輩、ここ、どこです?」

「ここはだよ。」

「入り口?ここ全部がですか?」

「そう。この有限空間自体が他の世界への入り口の役割を果たしているんだ。そして、今回の目的地である水辺の作業所アトリエはこの空間のから行くことができる。こっちだ。」

「あっ、置いてかないでください。」

二人は演習林を後にした。


———————


「・・・ここだ。」

二人は、農学部の所有する果樹園へとやってきた。

当然そこに入り口らしきものは見当たらない。

「・・・どこですか?」

隼人の疑問はもっともである。

「ここに、鍵がある。」

そういうと、先ほどまで何もなかった友枝の手の中に鍵が現れる。

「そして、ここに鍵穴がある。」

そういって、生えている柿の樹の幹をなでると、そこに鍵穴が現れる。

「あとは差し込んで回す。」

そういいながら、友枝は鍵穴に鍵を入れて回した。


——ガチャリ。


そういった瞬間。目の前の景色は一変した。

目の前には、大きな一戸建てのような建物。周りは野球場程度の敷地がひろがり、管理された庭の様だ。そしてその周りは海だろうか。地平線の果てまで水面が広がっている。


友枝は口を開いた。

「ここが、水辺の作業所アトリエだ。君にはここの留守を頼みたく、ここへ案内した。」

「・・・もうどうにでもなれ。」

自暴自棄になりつつある隼人に友枝は声をかける。

「時機になれるさ。」

「慣れて良いものかどうかわかりませんが・・・。ところで、なぜ僕に留守番を?」

「私はすこし、ここを開けようと思ってな。そうすると、誰かがここを嗅ぎつけて泥棒に入らないとも限らない。対策としてここでの時間の流れは元の空間よりかなり遅くなっているから、1日一回見にこれば、ここの時間ではおよそ3時間に1回見回りが来ることになる。それなら大丈夫ではないかと踏んだわけだ。」

「なんで、僕が・・・。」

「君は、もう巻き込まれてしまっているからね。中途半端に危ない目に合うよりも、どっぷりと浸かってしまった方がいっそ気が晴れるかと。」

そう言って建物の中へと入っていく友枝。

「え!?それどういうことですか!?先輩一体何するつもりなんですか?」

そういって隼人は友枝の後を追う。

「実は、先ほどと同じものをあと6つ作っていてね。」

建物の一室、作業台と思しき机の上に、並べられた6つの水鉄砲。

プラスチックのおもちゃを元にした水鉄砲はそれぞれ違った色をしている。

友枝が持ち出していた一つを机の上に並べ、7色の水鉄砲が並ぶ。

「これは今の世の中からしたら、完全なるオーパーツだ。どんな技術をもってしても、あっちの世界では製造不可能。もちろん解析もまともにできないだろう。でも無限に水が湧いて出る事実がある。これを欲しがる連中は世界に少なくないだろう。いくらの価値があるのかも未知数だ。」

隼人は友枝の気迫に押されて、ごくりと息を飲む。

「・・・そう。私は・・・。」

友枝は部屋の窓をあけはなち、宣言する。

「これを世界の欲しいという人間7人に売りつける!」

そして隼人の方を振り返り、不敵な笑みを浮かべる。

「これから、楽しくなりそうだろう。」


もはや隼人に考える力は残されていなかった。

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世界はそこにありますか? 国産野菜食べよう @surideae

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