第2話 スイッチング・ポイント

「閉じこめられたってどこにですか?」

混乱が極まってショートしそうな隼人に友枝は応える。

「この大学といったらいいのか。大きな空間によ。」

どういう事だといった表情を浮かべる隼人をよそに、友枝は続ける。

「大学にこの時間誰もいないなんてありえないし、ここから見渡す限り、誰の姿も見えない。それに———」

友枝はポケットから携帯をとりだす。この世代には珍しく折りたたみ式だ。

「やっぱり、携帯も圏外。」

隼人はハッとして自分の携帯も確認する。

「本当だ、圏外」

「そして、あの太陽。たぶん動いてないわ。」

「え?本当ですか?」

「たぶんね、あと1時間もすれば確認できるんじゃない?時計は進んでるみたいだし。」

「・・・何が何だか。」

ますます混乱する隼人を尻目に、友枝は部屋にある小さなキッチンでお湯を沸かし始める。

「とりあえず、お腹も減ったし、ラーメンでも食べますか。」



————————


カップラーメンができあがり、友枝はズルズルとラーメンをすする。

隼人は、とりあえず言われるがままラーメンを食べているといった風だ。

窓の外には黒い『何か』が見え、ゆっくりとこちらへ近づいているのがわかる。

「あと10分もしたらここまでくるわね。」

ラーメンを食べながら友枝はを眺めている。

隼人は、不安げな表情で、友枝を見て、

「よく平気ですね。これからどうしたらいいかもわからないのに。」

「そう?やってみたい事ならいくつかあるわよ」

「・・・というと?」

その返答に、友枝は待っていましたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

「まず第一に、あれは何でこっちに来るのかって事なんだけど、移動経路から見るにどうも私たちを目指しているように見えるわ。」

「はぁ。」

隼人はそんなわけのわからないものに追っかけられて何ではしゃいでいるんだと言った風にため息まじりに気の無い返事を返す。

友枝はそれを意に介さず言葉を続ける。

「でも、私たち二人のうち、どっちが目的なのかしら?気にならない?」



—————


友枝の提案で二人は理学部棟の屋上へやってきた。

「本当に太陽、動いてないみたいですね。」

なんだかもう自暴自棄になりかけている隼人とは対照的に、友枝は屋上からゆっくりとこちらへ向かってくる黒い『何か』をじっと見つめている。

「では」

そういって、友枝と隼人は打ち合わせ通り、屋上のそれぞれ別の端へと歩いていく。

二人の距離を離す事で、黒い『何か』の動きがどちらへ向くか、屋上からながめようという算段だ。

「・・・はて」

思惑がはずれて、黒い『何か』の進路は変わらない。

まっすぐと理学部棟のを目指している。

「なるほど、ちゃんと階段を使うわけね」

「せんぱーい。どうしますかー?」

もう一方の端から隼人が呼びかける。

「検証失敗。さてどうするか。」

大きく手でバッテンを作る友枝をみて、隼人は友枝の方へ歩きだす。

考え込む友枝の元へ隼人がたどり着き、尋ねる。

「どうしますか?帰ります?」

「帰るってどこへ?」

「研究室とか、自分の家とか」

「研究室はともかく、自分の家は帰れるかどうかわからないわよ。」

「と、いいますと」

「誰もいない大学に沈まない太陽。状況から察するにおそらく、ある程度限定された空間の中に閉じこめられてるって可能性が高いと思うわ。だとしたらその空間の中に家があるかもわからないし、そもそも誰かが私たちを閉じこめたのだとしたら、出してくれるかしら?」

「うぅ。どうしたら・・・。」

「誰かの意図なのか、そうでないのかは今の所わからないし、わかったとしても対処のしようがないように思えるわ。現状として唯一の足がかりは——」

友枝は黒い『何か』を指差す。

「あれだけだと思うのよね。だから—」

「だから?」

「話が通じるか試してみよう」

少しワクワクしたような口調の友枝に対し、頭を抱える隼人がそこにいた。



————


友枝と隼人は理学部棟の入り口にいた。

黒い『何か』まではおよそ30mといったところか。

隼人は、やはり恐ろしいのか気が引けている。ただ、一人でいる方が怖くて友枝についてきたといったところだ。

「あのー。言葉、通じますかー?」

友枝は大きな声で、黒い『何か』によびかける。

「ここから出る方法、知ってたら教えて欲しいんですけどー。」

しかし、黒い『何か』に変化はない。

「言葉は通じないのか。」

少し友枝は残念そうだ。

そして、友枝は大きく回り込むように、黒い『何か』の後ろ側へ回り込もうとする。


すると、黒い『何か』は友枝の方へと方向を変えた。

「・・・私、なの?」

黒い『何か』の行動の変化に一瞬びくりとして、彼女はそうつぶやいた。

そして、友枝はくろい『何か』に向き合う。

「敵意は・・・感じないように思う。」

そう独り言をつぶやいて、ゆっくりと黒い『何か』へ歩み寄る。

「先輩!?大丈夫なんですか!?」

友枝の思わぬ行動に驚きの声を上げる隼人。

「・・・たぶん、大丈夫な、気がする」

そして友枝は近づき、すっと手を伸ばす。

それに呼応するかのように、黒い『何か』も手のようなものを伸ばした。

「交信の意思あり・・・ね。」

そう言って間もなく、友枝と黒い『何か』が触れる。


——その瞬間。

ブワッと風が弾けるように黒い『何か』がかき消え、中にものが露わになる。

「先輩が、二人・・・?」

隼人の目には、友枝が向き合って互いに手を伸ばしているように見えた。

その次の瞬間、の友枝は強い光を発し、隼人はその眩しさに反射的に腕で光を遮る。

光は一瞬でおさまり、そこには友枝が手を伸ばした状態で佇んでいる。

「・・・先・・輩?」

声をかけようとした、隼人は一瞬躊躇った。

そこに立っている友枝の頬を、涙が伝うのが目に入ったからだ。

「・・・なるほどな、まったく」

「先輩、大丈夫ですか?」

「ん?あぁ大丈夫だ。」

「でも、涙が・・・。」

「あぁ。これか。これはまぁ。そういうことだ。」

どういうことだよ、と隼人は思ったが、これは今は聞くなという事なのだと悟り、口を噤んだ。


気づけばあたりは真っ暗で、明かりのある部屋には人の姿が見える。

「とりあえず、戻れたのだ。よかったとしようではないか。」

「戻れたんですか?」

「そうだよ。」

さも、当然の事かのようにいう友枝にあっけにとられながらも、隼人は安堵のため息をついた。

「一体、何だったんですかね?夢でもみてたんでしょうか。」

そう話しかけてくる、隼人に友枝は、真面目な顔で答える。

「夢ではないよ。あれは特殊な空間だったんだ。」

「え?」

予期せぬ答えに少し動揺する隼人。

「何かわかったんですか?」

「わかったというか、知っていた事を思い出したというか・・・。何から話せば良いやらわからんが、まぁ、特に健康に影響はないから大丈夫だ。」

「どういう事です?そういえば少し口調も変わった気が・・・。先輩、本当に大丈夫なんですか?」

「ん?あぁ、これはあいつのいいまわしが少し移ったせいだろう。体調に問題はないよ。ただ、やる事ができたかな。」

「やる事?」

尾花深山おばなみやまの元へ行かなきゃならない。彼が待っている。」

「誰なんです?その尾花さんって」

「彼は・・・そう。時系列的には・・・」

友枝は少し躊躇いながらつづけた。

「彼は、未来の私の旦那様だよ。」


「へ?」

・・・隼人は置いてきぼりにされたと思った。

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