鏡を飲んだ男

おそば

第1話


 その鏡というのは、実にすばらしい発明品なのでありました。何しろその鏡が写し出すすべてのものはそのものその通りではなく、全く反対のものになって写るのです。それがどんなに美しいものであっても、全く真に醜く、おぞましく恐ろしく、汚なく悲しい姿になって写るものですから、そういうものが好きな悪魔の連中の間で大変人気になったのでした。

 その大きな鏡に醜く写る人間の世界を見て喜ぶ悪魔たちに気を良くした発明家の悪魔は、また面白いことを考え付きました。鏡があまりにもうまくいったので、調子にのって鏡を神様にも見せてやろうと計画をしたのです。

 でも、人間の町がまるごと写せるような、大きな鏡です。天上の世界へ持って昇るのは手伝いの悪魔を遣っても簡単なことではありませんでした。案の定、運び上げる途中で鏡は砕け、細かく割れて人間の世界に散らばってしまったのです。

 でも、結果的にはそれも悪魔たちにとって面白い結果でした。人間たちに突き刺さった鏡が人間たちをおかしくしたからです。

 鏡の欠片が目にはいったものは世の中がみんな汚なく冷たいものに見え、体に刺さったものはそこが病気になり、顔に刺されば世にも醜い姿となってしまうので、世界中がみな深く悲しみました。悪魔にとってこんなに面白いことはありません。

それがあんまりおかしくって、笑い転げるうちに、悪魔博士のお腹の皮は破裂してやぶけてしまいましたって。                    

                                    』



 さて。

 アンデルセンの「雪の女王」では、悪魔の博士の出番はここまでです。しかし本当に可哀想なのは、大きな口を開けて笑い続けたせいで、落ちてきた一番大きな鏡の欠片を博士は自分で飲み込んでしまったことでした。それも、悪魔のなんでも溶かしてしまう強靭な胃袋です。人間のようにいずれ体の外に出てしまうのならまだよいものの、悪魔の胃は鏡をすべてきれいに消化してしまいました。悪魔の体に吸収された鏡は悪魔の血となり細胞ととなり、悪魔の心以外の前身にすっかり回りきって嫌な変化を起こしたのです。それでそれ以来、見るもの感じるもののすべてが悪魔の見たくない、大嫌いな美しく素晴らしいものとなって感じとれるようになってしまったということです。

 心は悪魔のままだというのに、自業自得とはいえ、可哀想ですね。




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