第3話

 

 どうせ暇だから、付き合ってやることにする。


「そうね。面白いところがいいわ」

「そうですか。あなたには何が面白いんでしょうねぇ」

「景色の良いところがいいね。それで、今度は、静かなところ」

「じゃあ、川にでも行きますか」

「嫌だわ。私、水は嫌いなの。それにあなたが連れていってくれようとしたのってすぐ近くの、ほら。あの川でしょう。あんなただ綺麗なだけのところじゃ、つまんない」

「わがままですね」

「ごめんなさいね。でも、どうせならもっとおもしろいところがいいんだもの」


例えば、地下とか。


「デパートですか?」

「いいえ。静かな、土の中みたいなところっていう意味」


 おもしろいことを言うババアだと思った。車イスの押手を取って、アスファルトまで押し出してやる。


「まあ土の中なんて、そのうち逝けるんだけどね」

「はは。ブラックですね」

「やだ、でも本当よ?あ!そうだわ」

「なにか思い付きましたか?」


うふふ、と笑って俺に耳を貸すように言った。


「私のための、素敵なお墓をひとつ、探しに行きましょうよ」









 その一言で今日これからの目的が決まったわけだが、これがまた面倒であった。さっきは地下がいいと言うので大きめの公園の地下通路に連れていったが、車の音がうるさいからやっぱり嫌だといい、次は静かなところで霊園を見に行ったが、空気が澄んで綺麗だけど幽霊になってからもたくさん人が居そうで嫌だと言う。このわがままなババアは、しかし楽しそうにわがままを言った。

 そして頭の方はしっかりしていて、俺がなにかの力を使って連れ回しているのに気がついていたようだった。


「静かで、綺麗で。土の中みたいに冷たくて心が落ち着く、そんな場所があったらいいんだけどねぇ」

「あなたの希望は難しいですよ」

「お寺なんて、どうかしら。行ってみましょうよ」

「いいですよ。でも、あそこは貴方の墓にはならないでしょうけどね」

「わからないわよ。もしかして私、死んだらすごく位が高いかも。仏像になったりして」

「そうですね」

「もう」


思ってもないくせに。

 思っていたことを当てられてしまったので、うっかりつられて俺も笑ってしまった。下らねーことを言うな、と本当は言ったつもりだったのだ。


「じゃあ、仏像になった気分を味わいに行きますか」


面倒だが。

どうせこの人は長くはない。人間など好かないが、それにしてはこの人は面白いところがあって久しぶりに楽しいのだ。

 日も僅かに傾き始めたので、急ぎ足で車椅子を押すと、子供のような顔で喜んだ。駅までの短い距離が何か惜しかった。



 四時過ぎに観て回れそうな寺に着き、誰もいないお堂の中をゆっくりと見回った。女はここをいたく気に入った様子で、なかなか車輪を前へ回そうとはしなかった。

 彼女の言うように、外とは違い寺の中は身震いするほど冷え冷えしていた。きん、と空気の糸が横に幾重も張られているようなこの上ない静寂の中で、彼女は飾られた像など見向きもせずじっくりと目を瞑っている。赤銅色の小さな仏の前で目を閉じたまま女は言った。


「ここだけの話よ?」


 声を潜めもせずに、空間に話しかけるように言った。空気がサクッと斬られて波紋のように声が広がった。


「私、もうすぐ死ぬの」


少しばかりの哀しみを含んだ声だ。

眠る場所を探していたくせに。所詮は人間か。


「ええ。知ってますよ。ご病気がよくないんでしょう?」


あら、やっぱり知っていたのね。今度は何か嬉しそうに目を開けて振り向いた。

椅子の軋みが小さく響く。

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