最終話 妖精が見守る物語

 あれからいくつもの季節が流れた。

 無事に花翁高校へと進学したふたりは、充実した高校生活を送り、そして。

「結婚、おめでとー」

「いつまでも幸せにねー」

 高校卒業と同時に式を挙げた。

 この春からふたりとも近所の工場で働くことが決まっている。

 と言っても光君はまだプロ野球選手になる夢を諦めていなくて、働きながら会社の野球部でプレイすることになった。

 紫苑ちゃんも光君との結婚で事務所と揉めて契約を解除されるも「だったら演技派女優になってやる!」と、こちらも働きながら劇団で自分を磨く予定だ。

 お互いに忙しく、職場は同じとはいえ、すれ違いになることも多いだろう。だからこの早すぎる結婚を、事情を知らない人は無謀だって笑い飛ばすかもしれない。

 だけど、ふたりを、ううん、ボクたちを知っている人ならば誰もが「絶対上手く行く」と信じてくれている。

「おおい、あゆむ。そんなところにいないでこっちに来い!」

「ええっ!? いいよぅ、ボクはここで」

「何言ってんの? あゆむの場所はここって決まっているでしょ」

 式を挙げた教会を前での記念撮影、ボクは気を利かしてちょっと離れたところにいたんだけど、ふたりに無理矢理腕を引っ張られて

「はい、やっぱりあゆむは私たちの間にいないとね」

「ああ、なんせあゆむは俺たちの大切な家族だからな」

 左に光君、右に紫苑ちゃんという、いつもの場所に配置されてしまった。

「え、えーと、じゃあ撮りますよー」

 光君の発言に、事情を知らないカメラマンさんが戸惑いながらもファインダーを覗く。

 きっとこんな結婚写真を撮るのは初めてなんじゃないかな。

 だって、新郎新婦の間に、まるで小学生みたいな幼馴染、そして今日からはふたりの養子となる、十八歳なのにいまだ幼生のボクが心からの笑顔で立っているんだから。


 あの日、お母さんの向かった先は、ボクたちの学校だった。

 先生に相談して、立会いのもと、お母さんは光君と紫苑ちゃんにボクのことを話した。

 ふたりはとても驚いたものの、ボクがお互いをひっつけようと画策していたことに気付いていたようで、実は何度かこれからのことについても相談していたらしい。

 正直なところ、ふたりともボクの変態をまだ待っていたそうだ。

 男の子になったら紫苑ちゃんが、女の子になったら光君が結婚して、もう一方はきっぱりと身を引きながらも友達関係は続けていく。そう決めたらしい。

 ちなみに目撃したデートシーンは、ボクの誕生日プレゼントをふたりで買いに行っていったんだそうな。ベタな勘違いだった。色々とごめんなさい。

 そしてお母さんからボクの話を聞き、ふたりが出した結論が「ボクを養子にして、将来は三人一緒に住む」というものだった。

 大胆な発想だったけれど、これならこれまで通りの関係に近いし、ボクも安心出来るだろうってことで、話がまとまったところで早速家に向かったのだけれど。

 ボクの命の灯火は消える寸前だった。

 そんなボクを救ってくれたのは、神様……なんだけど、ボクは相田さんだと思っている(神様、ごめんなさい!)。

 だって、ボクから本当の願いを引き出した相田さんは、その瞬間優しく微笑んで

「うん。それでいいの」

 とボクの頭を撫でると、声高らかに言ったんだ。

「神様、私、相田かなめの願いは、先ほどの上月さんの願いを叶えること。どうか奇跡をお願いいたします」

 途端にあたりが光の粒となって消えた。

 地面も消え失せて、まるで空中に放り出されるようになって、ボクは慌てて両手をじたばたと動かす。

 その手を握ってくれたのは、相田さんだった。

 ぎゅっと力強く握ってくれたので、なんだか落ち着いた。

「上月さん、スカイダイビングってやったことある?」

「え、ないけど?」

「私も。でも、多分こんな感じじゃないかしら」

 光の中を落ちるとも浮き上がるとも分からない、不思議な感覚。でも、落ち着いてくると、とても気持ちがよくて、ふたりして笑顔になった。

「……あ」

 そしてボクは見た。

 相田さんの背中に小さな透明な羽が生えてくるのを。

「相田さん、それ……」

「あ、羽があるわね。てことは、わたしも晴れて妖精になれたみたい」

「なれたみたいって……じゃあこれまで妖精じゃなかったの?」

「そうね。だって私」

 これまで叶えたい奇跡がなかったんだもん、と相田さんは言った。

「あ、でも、気にしなくていいわよ。神様だって困っていたもん。なんかあるだろう? って。でも、ないものは仕方ないわよね。むしろ奇跡を願わないと妖精になれないシステムを作った神様に問題があるって言ってやったわ」

 どこか勝ち誇ったような相田さん。神様もこれから大変だ。

「私ね、男の子にも女の子にもなりたくなかったの。男の子は野蛮だし、女の子は嫉妬深いのがイヤでね。でも妖精になりたいかって言われると、そうでもなかったんだけど……」

 と、不意に相田さんの握る手が弱まった。

「あ、そろそろお別れみたい」

「相田さん!?」

「じゃあね、上月さん」

 相田さんが笑顔のまま、指をゆっくりと離していく。

「妖精ってね、人間を見守って幸せに導くのが仕事らしいの。そんなの面倒だなって思ったんだけど……上月さんたちの作る物語を私は見たくなった。だから今は妖精になれてよかったなと思ってるわ」

 ありがとう上月さんと相田さんが言った。

「そんな、ボクのほうこそ! 相田さん、ありがとう! 本当にありがとう!」

「うん。じゃあ三人仲良くね。面白い物語、期待してるわ」

 そして相田さんは全ての指を離した。

 途端にボクはすーっと落ちていく。

 逆に相田さんは天へと昇っていくようで。

 光り輝く羽がとても奇麗だった。


「それでは三人の幸せな今後を祝って。ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

 結婚式に出てくれたみんなが万歳三唱をして、新婚旅行へと向かうボクたちの車を見送ってくれた。

 でも。

「お、おい、あゆむ。本当に大丈夫なんだろうな?」

「信頼してない、わけじゃないわよ。でも、はっきり言うわ。私、まだ死にたくない」

 車の後部座席に座るふたりの顔色は青ざめていた。

「ぶー。ふたりとももうちょっとボクを信用して欲しいなぁ」

 ボクはハンドルを握り締める。

 実はふたりにはナイショで車の免許を取ったんだ。

 春から仕事で忙しくなる光君たちに対して、ボクの役割は主婦(主夫?)として食事やら洗濯やらでふたりをサポートすること。

 だから職場への送り迎えにも便利かなって考えて、免許も取った。

 車にはあまり興味はなかったけれど、乗ってみると面白かった。このスピード感、やみつきになるよ?

「じゃあ行くよー!」

 ボクは思い切りアクセルを踏み込む。

 後ろでふたりが声にならない声をあげた。

 もう、大丈夫だって、ボクを信じて。

 それにボクたちの側には、いつだって幸運の妖精がいる。

 ボクの、ボクたちの物語を、ずっと楽しげに見守ってくれているんだから。


 おわり。

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妖精が見守る物語 タカテン @takaten

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